奥州へ行く
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枝豆を打って、砕いていく。
豆打(ずだ)。それが訛って、
「ずんだ餅って呼ばれるな」
「初めて食べます!おいしいです!」
「発案者はこの俺だぜ」
「なんでも出来るのですね、政宗!」
「haha~苦しゅうない、だぜ」
そんなこんなで出来立てのずんだ餅を頬張る朱音の表情は幸せそうに輝いている。
本来は野菜である枝豆と餅を一緒に食べられることが新鮮で、味も好みだったようだ。小食気味の彼女にしては珍しく次々と手が進んでいく。
「焦るな。餅なんだからちゃんと茶も飲め」
「むごご、」
「飲み込んでからでいいぞ」
こういうところは真田と瓜二つだな。と考えると同時にその真田へ目を向けると未だに赤面したまま項垂れていた。
「美味いかー?真田幸村」
「……も、申し訳ござらぬが……い、今の某には、食べ物の味など…わかり申さぬ…」
「真田いらねぇってよ。残りも全部やるよ、朱音」
事故とはいえ、朱音の指を咥えてしまった衝撃から立ち直れないでいる幸村からの元からさっさとずんだ餅を取り上げると朱音の前に並べた。
朱音も今は食べることに夢中になっているのか幸村への関心が若干薄れているらしい。
「枝豆も色んな食感がしておいしいです!」
「いつもだったらもっと粒の大きさは纏まってんだけどな。ま、不器用な真田にしては上出来だろ」
「上田でも作ってもらえないか、またお願いしてみます。でもお土産にも欲しいです、このずんだ」
称賛する声も彼にまともに届いているのか怪しいところだ。
結果的に諸々おいしい役回りをもらったわけではあるので引き立て役を一部買って出た政宗は悶々としている幸村をこれ以上は放っておくことにした。
*
「はやいものだな。もう帰るか」
「短い間でしたがお世話になりました。お土産のお野菜もご用意してくださってありがとうございます」
政宗と幸村がずんだ餅を作っていた一方で、小十郎は前日に獲れた野菜を選りすぐって纏めてくれていた。
初日の幸村の依頼通り、佐助に託された巨大な籠いっぱいいっぱい…に留まらず新たに台車に乗せなければならない程の野菜がおまけとして添えられていた。
「本当に良いのですか?こんなにたくさん、お代をお渡しした方が…!」
「いい。遠いところまでよく来た礼だ。ずんだ餅も美味かったことだしな」
「本当にありがとうございます。皆と大事に食べますね」
「それで十分だ。よーく味わえよ」
小十郎と朱音が話している場所から少し離れた位置で幸村と政宗も言葉を交わしているがこちらからでは内容までは聞き取れなかった。やがて戻ってきた幸村は小十郎に深々と頭を下げた。
「ご厚意感謝致しまする、片倉殿!」
「猿飛にデカい貸、これでつけたからな。そう伝えておけ」
「了承致し申した!食べ物の恨みは恐ろしいとあやつもかつて申していた故、必ずや!」
「若干意味ズレてねぇか」
まぁいいか。と腕を組んだ政宗は突っ込むことを放棄したらしい。
ずんだ餅作りと荷造りから更に一日明けている。空はよく晴れて、出立にはちょうどいい日だ。
「Hey,朱音、まだ別れの挨拶してねぇぞ、こっち来い」
不意に政宗に呼ばれそちらへ向かうと、幸村が制止する間もなくぎゅうっと身体が抱き締められた。
「こ、これが、別れの挨拶…ですか…?」
「異国流だぜ。Hugっつーんだよ。」
「はぐ……?………あれ、」
やっぱり政宗に触れていると身体が温まるような感覚がある。と腕を回されてる状況で不思議な熱を感じていると不意に違和感が走った。
今後一生、もう何も感じることはないのだと、ここ数ヶ月で痛いほど実感していた部位。そこに暫くぶりにピリ、ピリリと軽い稲妻が走り抜けるような…。
まさか、と朱音はそこへ恐る恐る意識を向けた。
「………朱音、そなた…!」
動いた。動かせた。
覚束無いが、左腕が、左の掌が、自らの意思で政宗の肩に触れられた。
稲妻は電気信号として身体を駆け巡り、『代償』として失った機能をも蘇らせた。
「とんだmiracleだ……俺は別に何もしてねぇぞ」
機能した要因と思われる政宗自身も驚いている。
まさに奇跡。奥州にやって来た時からの不思議な違和感が、こんな現実をもたらすとは。
朱音自身も驚きながら、政宗から身体を離すと左手を握ったり開いたり動かしてみる。ぎこちなく、ゆっくりとしか出来ないものの確かに思う通りに動いている。
「本当に……、あ、あれ、」
それも束の間、また左腕がだらんと垂れ下がってしまった。やはり奇跡など長くは続かぬか。
それでも少しの時間だとしてもまた動かすことができて嬉しかった。満足そうに微笑んでいる朱音の傍で顎に手を当てて状況を観察していた政宗が不意に自身の掌を朱音の左肩に触れさせた。
「なら、意図的に流してみるか」
パチリ、と誰の目にも視認できる程の蒼い雷(いかづち)を纏わせた。
ビンゴ、だ。朱音の左腕に再び意思が通うようになった。
別れ際にとんでもない新事実が発覚し、一同大わらわだ。
その後いくつかの検証の末、把握できた事と仮説をまとめていく。
「となると、政宗殿の稲妻だけが…朱音の左腕を動かせると」
朱音が身体の機能を取り戻したことは嬉しく思うものの、複雑な思いがせめぎ合っている幸村の視線が朱音を向く。
「そうみてぇだな。俺や他の雷の婆娑羅者では反応は見られず、だ」
小十郎や伊達軍に属す雷の力を宿す他の者にも試してもらったが、朱音の腕が反応する事はなかった。
「Ha!It's a destiny!マジで俺だけとはな!」
「恐らく、小田原で朱音の命を繋いだのが政宗様であったが所以かと」
「だろうな。あん時は相当delicateな加減が要ったからな」
小田原城にて秀吉と対峙した末の、正真正銘の救命活動。
征する為ではなく、繋ぎ止める為に。既に彼岸に片足を突っ込んでいたであろう者への運命を引き戻す為の行使には、かなりの集中力が求められた。無事成功した頃の政宗は身体以上に精神が消耗しており暫くの療養生活を強いられた。
「そん時の雷が残ってんのかもな、お前の中に」
言いながら朱音の肩に手を添えてまた雷を送り込んでいる政宗。
死の際の頃とは違い、当人が痛がらない程の加減ならよっぽど問題ないようだ。
暫く雷を流して貰うと動きのぎこちなさも消え、機能を失う前と同じような感覚にまで戻った。政宗の手が離れても不自由なく動かせる。
「たしか、わたしも雷の力が使えていたとの事でしたね」
「マジで痛かったぞ、あん時の不意打ち」
「すみません、自覚が無かったもので…」
「ったくじゃじゃ馬girlめ。で、どうする朱音。今送り込んだ分もそのうち切れるだろ。このままここに残ってもいいぜ」
はた、と動きを止めた朱音、と幸村。
確かに政宗の近くにいればいつでも自由に身体を動かせる事になる。
「そんな、毎度動かなくなる度にお手間をかけてしまうのは申し訳ないですし」
「俺は構わねぇよ。そもそもお前には借りがある」
政宗の指の背が朱音の布を覆った首元に触れられる。
本人はとうに慣れて気にしていないものの、人目につく場所に消えないであろう傷を負わせてしまったと悔いる政宗。それに奥州に残れば朱音にとっても日常生活が楽になるだろう。
「、朱音…」
利点を考えるならば奥州に留まる方がいいのだ。だが幸村個人としてはその提案には同意したくないと感じていた。
朱音を見遣ると、彼女は視線を彷徨わせており、政宗の提案に自身も惹かれる思いがあるのか答えに迷っているようだ。確かにこれは朱音が決める問題だ。そうは思うものの、どうにももどかしい。
互いに大怪我をしつつも生還し、経過を見守り共に過ごし、これからもせめて暫くはそうして穏やかに暮らせるものと思っていた。危うげな彼女を傍で見守り、護りたいという決意もしていたが、そんな想いなど圧倒的に凌駕し彼女を救えてしまう政宗の提案だ。奥州から甲斐や上田は遠く離れている。気付かぬ内に俯いていた幸村の手が不意に握られた。
顔を上げると目の前に朱音がいた。
「幸村、」
朱音の両手が幸村の手を握っている。大事そうに、寄り添うように。
「……良いのか?政宗殿の…」
「左腕が戻ってしまうと、わたしはまた戦場を目指してしまうかな、と……」
「それは、確かに……」
「あの時、薩摩であなたはわたし達の想いを受け止めてくださいました。今もあなたの思いを信じています。おねねさんが信じ続けていた、人を信じる事を心から実感できたあの時の気持ちを忘れたくないから……よければ、もう少しだけ、」
また人の心を信じられない弱虫に戻らないために。
頭を垂れつつ瞳を伏した朱音の背に幸村は手を添えた。
「それに、わたしも上田の皆さんにお土産の野菜をお届けしたいです。いってまいりますと言って出てきましたし」
「ったく、面白くねぇな。なら、音に聞こえしその実力。腕が使える内に1回俺と手合わせしてくれよ」
「ハッ!それは何たる好機…!朱音、是非俺とも!今度こそ本気の手合わせを!」
「あの、動かせても使っていなかった分、左は筋肉も落ちてしまっていますので…」
「なら戻るまで滞在するか?」
ちょっとしんみりしたやり取りなんてどこへやら。朱音が再び戦える状態になるのなら是非に!と蒼紅に詰め寄られてしまった。抑える為だけに培ってきた戦法で生粋のバトルジャンキー達の相手など出来るものか。
「本能寺にて端から見ていた者としての所見ですが、朱音は相手の動きを細かく読み取った上で急所に捨て身覚悟で突っ込んでまいります。力押しよりは技に優れ、相手をするには並々ならぬ注意力が求められますぞ」
「まさに、まさに、まさに!その通りでござる片倉殿!某と相対した時も鬼気迫る勢いで…」
「いいねぇ!俺も正面から味わってみてぇ!なぁいいだろ朱音!?」
「勘弁してください!」
「もうひと月程滞在を延ばせれば、左腕もあるいは…」
「話を聞いてください幸村!そんな事したら今度こそさしけの大目玉です!」
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