奥州へ行く
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明るく照らされた室内。眩しすぎる日光。
陽光が寒さをいくらか和らげている、そんな時間帯。
「だ、だ、だ、大寝坊です!!」
飛び起きたのは昼過ぎだった。まだ一人で着替えようとするとかなりの時間がかかるため、寝間着の上から慌てて上着を羽織り、身支度を整えるととにかく部屋を飛び出した。
外出先でこんな失態を起こした己が恥ずかしい。また皆に余計な心配を掛けてはいないかと申し訳なさが頭の中を駆け巡る。
慌てて駆けながら角を曲がると、不意に上体が傾いた。
声を上げる間もなくすっころんだ。
咄嗟に身体を庇った右腕に痛みが集中した。
(転んだの、久しぶり…いつもは幸村や皆が支えてくれてたから…)
息を吐くと、そのまま床にぺたりと腰を降ろしてぼんやりと思考する。
(まだ、駄目だ。何もできてない…一人じゃこうしてすぐにボロが出る)
やるせなさと悔しさが胸を燻らせる。今のままではただ生かされるばかりの皆のお荷物同然だ。何か自分にもできる事を探さなくては。そんな戦いに身を置いていた日々とはまた別の、けれど本質はよく似た焦りが己を支配する。
手伝ってもらえるのはとてもありがたいし、それで出来るようになる事も勿論嬉しい。でもそれとは別に全て一人で何かできるようになりたいのだ。それがきっと一番周りの人を安心させられるはずなのだから。
角の柱を支えにゆっくり身体を起こした。変に痛めてるところはない。
飛び出したものの宛てもつけずに進んでいたため、このままでは迷子になるのもいいところだ。部屋で大人しく待っていた方が良かったかもしれないと、ぼんやり考えていると後ろから声を掛けられた。
「そこに居るのは武田のお嬢ちゃんかな?」
振り返ると一人の青年が立っていた。軽装の彼は髪を後ろで一括りにしていて、少し下がり気味の眉が特徴的だ。
「俺、筆頭の部下の文七郎っていうんだけど、覚えてないかな…?前に伊達軍が武田のお屋敷で休ませてもらった時に会った事あるんだけど…」
「…もしかして、政宗の部下の人たちが攫われた時の…」
「そう、忍の兄さんに連れてってもらった奴だよ。あの時はありがとう」
「そんな、お礼を言われるような事なんてわたしは何も!……お久しぶりです」
うっすらと見覚えのあった顔が本人の話ですぐに思い出せた。爆弾兵に吹き飛ばされた後で出会ったものだからひどくボロボロの身なりをしていた人だ。
今は怪我もなく笑顔を向けてくれているので安心できた。
「真田の兄さんと一緒に来てるって聞いてたけど、こんなとこで一人でどうしたの?」
「……その、寝坊を、してしまって、」
「あ、筆頭達を探してるの?」
「は、はい」
「さっき見たよ、筆頭と真田の兄さん。一緒に炊事場に向かってたよ」
「炊事場ですか」
想定していなかった場所が出て朱音は目を瞬かせた。
その様子を見た文七郎が人の良さそうな笑顔を浮かべると手を差し伸べた。
「案内するよ、一緒に行こう」
*
文七郎に連れられて通った事のない廊下を進んでいくと何かが調理されている匂いが漂って来た。
「やっぱりアレを作っているんですね、筆頭」
「アレ?」
「筆頭の得意料理ってやつだよ。着いてからのお楽しみにしよっか」
うきうきした足取りで歩を進めていく文七郎の言葉から察するにどうやら政宗は料理を嗜むようだ。確かにこの城は畑から野菜がたくさん獲れるし出来ても不自然ではない。
最速最短で地産地消が叶うにしてもお殿様自ら料理をする状況とは此は如何に。
「さぁ、着いたよ。開けるね」
足を止めた文七郎が目の前の木戸を引くと一気に湿気を帯びた匂いが強まった。
中に一歩踏み入ると大きな炊事の設備が次々と目に入った。清潔な土間に石畳複数の石釜と鍋や蒸籠、大きめの机に流し台。
何かを茹でていたのか溢れる湯気の中に二人の姿が確認できた。
「筆頭!お邪魔しますっ」
「文七か、どした?……って朱音もいるじゃねぇか」
「寝坊してしまい申し訳ありませんでした。おはようございます…」
「朱音!起きたか!」
机上のすり鉢へ険しい顔を向けていた幸村がパッとこちらを振り返った。朱音の元へ駆けつけようとしたところ制止の声がかかった。
「Stop!真田。それが終わってからにしろ。アンタ手際悪ぃし」
「ぐ、ぬぬ…!すまぬ朱音、暫し待たれよ!」
「Surpriseのつもりだったが起きちまったモンは仕方ねぇな。こっちの釜側へ来い、朱音。文七、お前にも少し頼みてぇ」
「はい、何なりと!」
文七郎と共に呼ばれた方へ行くと大きな桶の中に甘い匂いを漂わせる白い弾力のある物体が目に入った。
「今回の餅も美味しそうですね、筆頭!」
「だろ?打ち粉使い切っちまいそうだから、納屋から持ってきてくれねぇか?」
「はい!」
「Thanks.取りに行きがてら、お前ら全員の分まであるから伝えに言ってくれるか?」
「勿論です、行ってきやす!」
炊事場を後にする文七郎の笑顔に得意げな笑みを返す政宗。三人になったところで政宗は打ち粉を撒くと桶の中の餅を一気にひっくり返した。
「これを縦に伸ばすんだよ。よく見とけよ、朱音」
「わぁ、手慣れていらっしゃいますね…!」
「趣味でな。これはふところ餅っつって、砂糖を入れたから冷めても固まらねぇんだよ」
「勉強になります!」
「見て盗む気だな。上等」
まだ湯気を放つ餅を慣れた手つきで細長く伸ばしていく政宗の表情は活き活きとしている。
意外な一面を目にして朱音は尊敬の眼差しで政宗を見上げていると小さな餅の切れ端が差し出された。
「熱いままでも美味いぜ。食べてみな」
火傷しないように受け取って口に入れると、想像以上のお餅の柔らかさと甘さが一気に広がった。
美味しさのあまり目を見開いて咀嚼する。
「と、とってもおいしいです!」
「この俺が整えてんだから当然だ。……で、向かいの奴の視線がいい加減鬱陶しいから、アイツにも渡してきてくれねぇか」
そう言われたふと視線を上げると机越しにすり鉢と戦っている幸村の諸々の恨めしそうな視線が目に入った。何に対して機嫌を損ねているのか大体予想のついている政宗は同じく餅の切れ端を朱音に託した。
(そうだ、幸村は甘いものが大好きだから、食べたかったんだ)
小走りで幸村の隣まで向かった。餅の切れ端を手渡そうとしたが幸村の手元にまですり鉢の中身が大量に飛んでしまってる事に気づいた。
「黄緑の色に、この匂いは…枝豆をすりつぶしておられたのですね」
「う、うむ。政宗殿に頼まれてな。しかしどうにもうまくできず…!」
手はおろか、机の上にまで飛散している様を見るに、如何に苦戦しているかはすぐに察した。
片づけを手伝う前に、と朱音は向き直った。
「はい、幸村の分です。ごめんなさい、わたしが先に食べてしまって…」
「真田の手、派手に汚れてるだろ。悪いが食べさせてやってくれ、朱音」
「あ、はい。そうですね」
ちょっと待て。真っ先にそう思ったのは他でもない幸村だった。
どういう事かと政宗の方へ視線を向けると、悪戯っぽく笑う政宗のウィンクが目に入った。
あわわわわ、と赤面する幸村を余所に朱音は餅を差し出してくる。
「少し熱いですから気を付けてくださいね」
俗にいう『あーん』のシチュエーションであるのだが、彼女には恥じらいもなければ躊躇いもない。
色恋沙汰に疎いまま無神経に近づかれ、幸村の鼓動が信じられないくらい早鐘を打ち鳴らす。
「いらねぇなら俺がもらうぞ」
「要り申す!」
「わっ!?」
割り込んできた野次に反射的に言い返した勢いのまま、強く目を閉じて餅にかじりついた。
勢い余って差し出された指まで咥えてしまい、流石の朱音も驚きの声を上げた。
一瞬遅れて状況を把握した幸村は何が甘くて何が柔らかかったか正直わからなかったと後に語った。
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