特別だからこそ
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「兄上……」
再び兄妹が向き合った。
朱音の呼びかけに、忠朝は居心地悪そうに弱く息を吐いた。
「ほらっ忠朝、負けは負けだろ。忠勝との約束を守るんだ」
家康が耳打ちするような声で背中を押そうとするが、忠朝は変わらず押し黙ったままだ。
兄が何を言おうとしているのかはわからないが、困った様子でいる事は朱音にも伝わってくる。
忠勝と親子喧嘩をするほどだったというし、今回の訪問は兄にとっては迷惑でしかなかったのかもしれない。
幼子のような気分で浮かれていた己が恥ずかしく思える。そもそも、生きてまた会えただけでこの上なく幸福であるというのに、つい高望みしてしまったのだ、と。
「………申し訳ございませんでした、兄上。わたしは自分のことばかり考えていました」
ぎゅっと、忠朝の眉間に寄ったままの皺が動いた。
結局己からは言い出せず、妹が先に謝り出してしまった事を恥じているんだと、見守る徳川主従はすぐに気づいた。
「お会いできて嬉しかったです……それだけで、十分です」
つい浅くなってしまう息と、掠れかける声をぐっと堪え、朱音は言い切った。
深く深く頭を下げると、兄から離れようと身体の向きを変える。
それでも己の想いを告げられない忠朝は、心が引っ掻き回されるような不快感に襲われる。
大事に思うが故の己の不器用さが極まるばかりで苛立たしい。一体何を恐れている。何をそこまで躊躇っている。何に憚られているのか己自身にもわからず、それがどうしようもなく不甲斐ない。
『迎えに行っておやり。きっと寂しがってるから、私の分までいっぱい抱き締めてあげて』
「……………!」
「あ、あにうえっ?」
漸く身体が動いた。
あの日以来……あの出陣前の時以来に、妹を抱き上げた。
歳の割には小さな身体だが、それでも記憶の中よりずっと大きく、重たくなっていた。
父が最後まで想っていた、誰より会いたかったに違いない最愛を抱き締める。
朱音の視界が兄の頭より高くなったが、顔は朱音の腹部付近に埋めるように伏せている為、彼がどんな表情をしているのかはわからない。
だがその手から、支える腕から忠朝が言えずにいる事が伝わってくるような気がした。
「兄上……、兄上、大好きです……」
朱音も忠朝の頭の後ろへ右腕を回す。
口にした言葉はきっと、同じ想いでいるはずと信じられるからこそ。
安心したように笑顔を浮かべる朱音は寄り添うように忠朝へ頭を傾げる。所謂甘える行動だが、忠朝は抱き締める力を緩める事はなかった。
じんわりと伝わってくるあたたかさが、やがて熱のように身体を巡る。
「やっぱり、でしたね」
巡る想いが全身を満たす程になると、朱音の左手がゆっくりと動き、忠朝の頭に両腕を回すことが出来た。
かの豊臣秀吉の進軍を食い止めた代償として失ったはずの左腕。その機能の再生に気づいた忠朝は思わず顔を上げた。
「お前……、」
「あの時、生を諦めなかったのは、兄上が生きていらしたからです。きっとこの腕が、その証です」
漸く落ち着いて二人の目が合った。
その喜びと共に朱音は兄に感謝を伝える。
生きていて良かったんだ。
生き続けていて、良かったのだと。
今を共に並ぶ存在だけでなく、過去の象徴がそう伝えに来た。
永遠に癒えないはずの痛みが和らいだ。
武士の矜恃を捨ててでも生き延びろ。
そう言った父の言葉がやっと、きっと正しかったのだと。