IF:井伊と武田と
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「………斯様な具合じゃ。どうじゃ、井伊谷城主」
「……………、」
同じく、朱音の幸村の戦いを見ていた二人も武器を下ろしていた。
お館様が視線を向けると、直虎は眉間に皺を寄せ佇んでいた。
決して愚弄する意思はなく、幸村が朱音を思ってこそ抱き止めたのは、他人から見ても明白だった。
流石の直虎も認めざるを得ないようで、少し居心地悪そうにしている。
「誤解は解けたようじゃの」
「………フン、あの暑苦しい男も少しはやるようだな」
「あやつらは苦楽を共にしてこそ、今の関係があるのじゃ」
朱音を抱えながら、佐助にじりじり歩み寄っていく幸村。佐助は両手を上げて降参ポーズを取っているが、2人とも容赦する気はないようだ。
「……確かに、井伊に居た時より安らいだ表情をしているな、朱音」
彼らを見守る武田軍の兵達もお決まりのやり取りを見るかのように穏やかな雰囲気が漂っている。
「して、お主はどうする?儂との一騎打ち、まだ続けるか?」
「……興が削がれた。今回は見逃してやる。朱音に免じてな。聞け!井伊全軍!撤退するぞ!」
マントを翻した直虎は自軍勢に高らかに指示を出すと歩き出した。
「直虎様…!」
戦場を去ろうとする直虎に声を掛けたのは、まだ息が整わぬ朱音だった。
一旦佐助への仕置きを止め、幸村の肩を借りながら追いかけてきていた。よそよそしさはなく、自然に寄り添う二人に直虎は最早誤解のしようがない。
「少し意外だったぞ、朱音。誰かに肩を貸すことはあれど、お前が素直に他人の肩を借りる姿を見られるとはな。いよいよ信じるしかなくなったじゃないか」
「……沢山ありましたから、この方とは。だからこそ、なのかもしれませんね」
本人は無論、朱音の頑固さは短期間共に過ごした直虎も承知していたようだ。
だからこそ、正直に他人に頼る姿は意外であり、隣で支える敵対相手もこれまでとは少しだけ違って見える。
「後は守りきれる気概がそいつにあるか、だな」
「な、き、貴殿に言われるまでもなく!」
鼻を鳴らしながら言ってのけられた幸村は直ぐに言い返す。が、『守る』という単語には朱音が反応した。
「わたしも、ちゃんと護れるようになりたいです」
「そ、そなたは十分だ!」
「いいえ、流石に持久力が無さすぎます……」
「それは、確かに…体力が付けば長く手合わせも出来ようが…!」
「そういう意味じゃないです……」
「こら。そういうのは家でやれ、お前たち」
呆れた笑顔で直虎が二人の額を指で弾いた。幸村への力加減はしなかったようで、呻いている間に直虎は迷わず背を向けた。
「そいつらに愛想を尽かしたら井伊に来るといい。お前ならいつでも歓迎するぞ」
「そのような事は有り申さぬ!」
「お前には言っていないぞ暑苦しいの!」
「……もしまた大喧嘩したら、お邪魔させていただくかもしれませんね」
「朱音までそのような……!ぐぐ、」
「それ見た事か。ゆめ軽んじるなよ、真田」
「一件落着、って事でいいんですか?お館様」
「うむ。思わぬ奔放の種のお陰じゃな」
「示し合わせたんでもなく、その場で状況を読んで敵大将の気性を的確に突くなんてさっすが。俺様は殴られ損っすけどね」
「何を。お主も楽しんでおろう、佐助」
斬り合い、殺し合いに比べたら遥かに穏やかなやり取りを交わす朱音達を見守る佐助とお館様。
避けきれず数回は殴られた顔をさすりながら佐助は苦笑した。
争いを留め、諌める。それが少女の本来の願い。それが今回奇しくも叶った自覚はまだないようだ。
経験と共に渡り歩き、出会う先の人々と親交を深め、有事にはその蓄積が彼女の志を後押しした。地道ながらも確実な手段が、まずは目の前の戦を止めた。
どこにも士官せず、国も軍もない一個人。
ただの一人として、目の前の一人ずつと向き合っていく。途方がない。けれどそれが少女の最も望む形の叶え方。
「な、このまま我らと武田には戻らぬのか!?」
「はい。まだ途中で井伊様の元へ赴きましたので、その先に行こうかと」
「そ、そんな…!そこを何とか!」
「武田で何かあったのですか?」
「そういう訳ではないのだが…!」
「なら大丈夫ですね。わたし、もう少し諸国を巡って様々な人に会ってみたいのです。その後に甲斐へ戻りますから」
「う、ぐぐ……」
随分のあっさりとした別れ方だが、朱音にとっては帰る場所があるからこその態度だ。幸村もそれを理解はしているが、それにしても少しも朱音に惜しむ様子が無いことには不満を覚える。
「ちゃんと待っててくださいね、幸村」
「………ああ、」
「信じてます。いってきます」
夕陽に照らされた穏やかな笑顔のなんと眩しき事か。
紛れもなく信を寄せる表情についに幸村も見送る決心がついた。赤く染った頬もこんなに眩い陽射しに照らされれば気づかれることもないだろう。
目を閉じたくなるほど眩しい夕陽。
だからこそ幸村は真っ直ぐに朱音を見つめ、旅の無事と志の成就を祈った。
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