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「すまなかった、朱音殿」
「家康様が謝る事ではございません」
訪問の挨拶、時候の雑談から穏やかに話し始めていたはずが、お互いの信念に触れる話題に移り替わると、一気に雰囲気が変わった。
忠朝と朱音。二人が実の兄妹であると発覚する前から、何処か似ていると感じていた家康でさえ、対面して早々大喧嘩になる事とは予測していなかった。どこまでも頑固で強がりな兄妹だ。
「……本当はわたしも、心の端ではわかっていたのかもしれませんね。だから理由がないと来られなかった」
「そう、確かめたい事があると文にはあったが、一体何だったんだ…?」
項垂れた朱音は静かに首を振った。今にも泣き出しそうな表情だが、絶対に泣くまいと目元に力を入れているようだ。幼い頃兄から度々泣き虫とからかわれていたせいだろう。兄に突き放された後、今は家康と二人で縁側に腰かけている。
「きっと忠朝は朱音殿よりずっと不器用な奴なんだ。近しい間柄の相手にも素っ気ない言い方しか出来ないみたいでな」
三成ともまた違った厄介さなんだ、と。どうにかして朱音の気持ちを解そうと家康が話してくれているのがわかる。朱音だっていつまでも暗に引き摺られていたくはないと、ぐっと口を噛みしめた。
「…家康様はわたしが知らずにいた時間もずっと兄上と一緒にいてくださったのですよね」
「そうだ。出会ったばかりのあいつは本当に荒んでてな。打ち解けるのには時間がかかったよ」
「……ちょっと、聞いてみたいです」
「もちろんだ」
二度と仲直り出来まい、そう思ってしまうほどに険悪な雰囲気になっても、相手の事を尚も知りたがる。冷静に考えてみれば不思議な事かもしれないが、それこそが人であり、家族であるという事なのかもしれない。怒りも嫌悪も、それが相手を思いやるが故なのだと家康は笑みを浮かべた。
*
人質大名。
その呼び名が定着するほどに次々と諸大名に攫われては戦国最強と謳われる一の家臣、本田忠勝に救出される日々を送っていた幼い頃の家康。
その日も無事助け出され、三河の国への帰路の途中だった。
「当時の儂はずっと小さくてな。忠勝の片手に収まるほどだったんだ」
「十年以上前ですものね、」
「そうだな。それでその日は大雨だったんだ。昼間なのに夜みたいに暗くて、雨粒も大きくて…」
「ああ……、」
納得したように朱音は目を伏せた。朱音と忠朝のお家が滅びた直後の情景をすぐに思い出したようだ。
雨宿りしようにも丁度良い建物や森林も見当たらず、仕方なく忠勝は幼い家康が少しでも雨に晒されないよう、自らの身体と掌で覆いながら先を急いでいた。
今二人が進んでいる場所は直前まで戦があったようだ。少し離れた場所にまだ片付けられないままの、数えきれない死体が放置されている。
年端もない主に見せるには忍ばれる。そんな思いもあって家康を覆う掌に力が籠る。雨からも戦場からも遠ざかりたい一心で前進していた忠勝だが、暫くすると脚を止めた。
どうしたのかと抱えられている家康が目の前を見遣ると、一人の少年が佇んでいた。
忠勝には一目でわかった。先程通り過ぎた戦場の生き残りだと。
負傷している上に雨ざらしの少年は、初めて相見えた戦国最強と謳われる、誰よりも大きな体躯に恐れ戦いた。それでも何かを決意したように刀を抜き去ると、切っ先に忠勝を据えた。
忠勝は冷静に少年を見守る。主を抱えているため下手に刺激させない意図もあったが、何よりこの少年には刀を振りかざせる力すらも残っていないとわかっていたためだ。
ゆっくりと、一歩だけ。忠勝が踏み出すと、少年は身体を大きく震わせ、刀を取り落としその場に膝を着いた。
「……ただかつ?こいつは…」
それまで黙って見守っていた家康が声を掛けたことで、少年は忠勝が子どもを抱えている事に気づいたようだ。
少年から見て、家康と忠勝がどういった間柄なのかはわからない。ただ幼い家康の姿に城に残してきた妹を重ねた。幼子を守るように抱えるこの武人ならばあるいは。そうでもしないと、最早己自身では……。
「……×××………」
雨粒に遮られ、その名前は二人には届かなかった。だが少年の焦燥と悲壮に染まった表情が言葉以上に語っていた。
「……さ、探してくれ……」
「?」
「妹が……城に、まだ残っている。待つように言いつけたんだ……俺が、迎えに、」
「……いもうと、おめえの家族か?」
「頼む、どうか……」
力無く項垂れる少年は既に何時間も大雨の中一人で歩き詰めており、心身共にここで限界を迎えた。泥水の中に倒れ伏し、気を失った。