特別だからこそ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「×××、×××……」
激しい雷雨の中を一人の少年が歩いていく。夜でもないのに暗い視界をずぶ濡れのまま。身体を引き摺るようにたった一人で進んでいる。
『武士の矜恃を捨ててでも生き延びなさい。全てを私のせいにして、ここから離脱しなさい』
数刻前の言葉……きっと遺言が、少年の頭の中に絶えず響いている。父からの言葉だ。
温和な性格の癖に、この時ばかりは!いつよりも険しくも芯に徹する表情でそう少年に言った。
『私に似て聞かん坊だからね。あの子を迎えに行っておやり』
(ふざけるな、お前が行け。あいつは俺より親父に懐いてるんだ)
大勢の味方は体液を流しながら倒れ伏し、この視界の悪い曇り空の向こうには、迫り来る敵方の気配は嫌という程感じられる。
運命にまもなく追いつかれる。だからこそ父は息子を送り出した。少年に妹を迎えに行けと、いつよりも強く穏やかな笑顔で命じた。
『さぁ行け、隼人。頼んだよ』
「ばかが……!あの、ばか親父……!」
*
空気は最悪だ。
誰が言葉にせずとも、誰もがそう感じていた。
朱音が険しい表情で俯いていると、寡黙なはずの彼が追い討ちをかけた。
「運良く命を拾った結果になっただけだ。思い上がるな」
「た、忠朝!そんな言い方は……!」
重苦しい雰囲気に逆らい、家康が忠朝を宥めようと声をあげる。
ギュイン、と養父の忠勝も控えめな音を発し、心配しているようだ。
「朱音殿、違うんだ。忠朝はいつだって君の事を心から…」
「いいえ、お構いなく」
言葉足らずな忠朝を日頃からフォローすることもある家康が誤解を解こうとしたが朱音自身が遮った。俯いていた顔を上げ、張り詰めた声色で応じた。
「……それでこそ、わたしの兄上です」
誤魔化すための精一杯の笑顔。そのぎこちなさに、わざわざ浮かべる必要もなかったかもしれないが、それでも強がりたい一心で。
「大事に思ってくれているのは、ずっと知っています。それゆえなのでしょうね、やはり……認めていただけないのも……」
それでも小田原の戦線停止は朱音の人生の中で、最も大きな意味があったと実感できる功績だった。
戦を終わらせたいと、長く抱いてきた願いの成就、その足掛かりにはなるはずだと。死も厭わぬつもりで奔走し、周りの人々に助けられて生きて果たす事ができた。
誰かの助けを借りて成し遂げる。それはかつて心を固く閉ざしていた朱音にとって、大きく踏み出した出来事でもあった。
だからこそ、今回くらいは、少しくらいはと。
「また、だめ、でしたか……」
隣で見守っていた幸村が耐えきれず朱音の背に手を添えるが、本人は力無く微笑む。
この流れでは左腕の自由を取り戻す検証も切り出せるはずがない。
「何を為そうと同じだ。俺の考えは変わらない」
無表情に徹する忠朝と、途方に暮れた笑みを浮かべるしかない朱音。
誰より近しいが故に、家族であるが故に起こる確執。時の傷痕はいまだ深く、消えることはないのだろう。