奥州へ行く
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「で、たかが一杯以下で酔いつぶれ寝んねと」
「某も知らなかったのでござる…!」
「せっかく楽しみにしてたのによッ!つまんねーなぁオイッ!!」
「政宗様、悪酔いはおやめください」
月が夜空を照らす頃合いに始まった歓迎の宴からまもなく。
不服な現実。宴の場で客人と大勢の部下達の目も憚らずジタジタ暴れ出そうとする政宗を取り押さえる小十郎がため息を吐いた。
その暴れる原因を作った彼女は叫び声にも妨げられる事無く、畳に寝そべり安らかに寝息を立てている。
「よもや、こんなにも酒に弱かったとは…」
「甲斐や上田で飲んだ事はなかったのか?」
「病み上がりでござったがゆえ…ほどほどにするとは先に言っていたが、」
「酌諸々してもらってねーぞまだ!!」
「諸々!?朱音に何をさせるつもりであったのだ!」
「男として当然のアレだ!――――ッてぇ!頭殴りやがったな小十郎!」
「政宗様、御節度を!あまりからかってはなりませぬ!」
機嫌が悪いと早く酒が回るのか、駄々をこねるように危うげな発言を重ねる政宗を小十郎は後ろから羽交い絞めにして抑えた。
自らの羽織を朱音に被せ膝下に抱き寄せて避難させた幸村が警戒の眼差しを政宗へ向けた。すぐにその視線に気づいた政宗が不愉快そうに拘束されつつも乱暴に身を乗り出して来た。
「朱音寄越せ」
「否でござる!」
「アンタが大事そうに抱いてんのがムカつく」
「政宗様、いじけない!」
「オメーもいい加減離しやがれ小十郎ッ」
「いい加減にするのは政宗様の方です!何故そんなにも朱音に絡もうとするのです!」
いつも以上に厄介な酒飲みと化している政宗に小十郎の額に若干青筋が浮かび始めている。
拘束する腕の力が強まり、流石に許容される行為から枠出ている事を自覚したのか、抵抗を和らげた政宗が振り返った。
「だってよ、おもしれーだろ、こいつ」
「……はい?」
「なんっつーか、次の行動が読めねぇんだよ。常識におさまらねぇっつうか。察しが良い癖に誰よりもpure!It`s gap!」
「はぁ…」
「絶対ェ毎日退屈しねぇだろ!寄越せ!」
「尚更渡すわけにはいかぬ!」
「Ha!だったら力ずくで行くぜ!」
「おやめなさい政宗様ッ!」
酔いも相成ってやはり聞く耳を持ち合わせなかった。政宗の腕が眠る朱音の身体へ伸びたところでついに鉄拳が政宗の後頭部を抉った。不意打ちの打撃だったのか受け身も取れぬまま身体が大広間の畳の上にひしゃげた。
「大勢の部下の前でそれ以上羽目を外されては示しがつきませぬ!真田、朱音を部屋へ連れていけ。これ以上俺がお止めできるかわからん」
「あ、あいわかりもうした!寝かせて、すぐに戻りまする!」
「~ッてぇな!なに勝手言ってやがんだ小十郎…っ!」
派手に額をぶつけた政宗が食い下がるが、静かに睨めつける小十郎の視線に気づくと言葉を詰まらせ頬を膨らませた。だが、それも束の間。幸村が朱音を抱えて大広間を出て行った途端に、ニヤリとして不敵に笑ってみせた。
「……狙った通りだぜ」
「どういう事でございますか」
「二人きりになった時の真田が見てみたかったのさ!オマケに朱音は酔いつぶれてるんだぜ!?」
常日頃と比べると、確かに酔い回りが速すぎるとは思ってはいたが、どうやら多少演技を入れていたらしい。意地の悪いことこの上ない政宗の笑顔が接近し、小十郎の視界の大半を占めた。
「尾行する!」
「………半分は偶然でしょう。朱音が酒に弱い事は知らなかったはず」
「まーなぁ。どっちにしろ潰れるまで飲ませるつもりだった!」
「素直に最低でございます」
「言ってろ。……で、お前はどうすんだよ、小十郎」
「……はい?」
「お前も気になるだろ、あの二人がよ」
*
宴会が始まる前に一度案内されていた朱音の客間に戻ると既に布団が敷かれていた。
一口飲んだ瞬間、すなわち開宴とほぼ同時に潰れたのだが、既に用意してもらえていたことはありがたい。
それまで姫抱きで抱えていた朱音の身体を敷布団の上に静かに乗せる。肋骨の骨折で身動きが出来なかった頃、身体の寝返りを担っていた経験が活きて、幸村は苦も無く行えた。
(前より少し重たくなっていた…きっとよい傾向だ)
腰から下だけ横たえて、肩を抱くように朱音の身体を支える幸村はじっと眠る表情を見詰める。
身体の自由を幾分失って、これまでの問答無用の絶対安静生活を強いられてきたお陰で朱音の体調も安定してきていた。
何日も眠り続けて、その後も寝たきり生活が一月以上も続いた為に今度こそ筋肉も根こそぎ落ち衰弱しきっていたが、その頃より体重が増えていた。順調に回復している証だろう、と幸村が安堵の息を吐いた。
「無事生きているな、朱音」
小さな声で呟いたはずだったが、朱音の目蓋がゆっくりと開かれた。しまった、と幸村は狼狽えるものの気づけば身体を支えたまま朱音の右手を握っていた。
「すまぬ!起こしてしまったか…!」
「いつも、目を…覚ます、と、傍にいてくださいますね、幸村」
うつらうつらとする瞳にうわごとのような声色。またすぐに眠ってしまいそうだ。それでも握られている右手には僅かに握り返す力を込められた。
「ありがとう、ございます、ほんとうに…」
柔らかい笑顔だった。
気分は大丈夫か。頭痛や吐き気はしていないか。そんな事も訊ねる前に目蓋はまた閉じてしまった。
「………仕方ない子だな、そなたは」
気遣いは出来る癖に基本的にはマイペース。我が道を行く彼女はその自覚がないのかもしれない。
言いたい事だけ言ってまた勝手に眠り出した安らかな表情に幸村は思わず苦笑を浮かべた。
そんな姿に惚れた自分も大概だ、と。
これ以上は眠りを妨げないようにと、朱音の頭を枕に預けて、離れようとした身体は引き留められる。
握り返されていた手をほどきたいと思えなかったのだ。
(一緒にいたい、と。かつてのように思ってくれているのだろうか、)
握られたから握り返した。そんな反射的な行為かもしれないが。
『――――――…一緒にいたい……、こわい…それがしが変わっていく。それが、なにより、こわいでござる…!』
「大丈夫だ、朱音。そなたはそなたのままだ、ずっと」
安らかな寝顔は落ち着いた呼吸を刻む。
できることならいつまでも眺めていたいのだが、あまり長く居座っていては今度は宴会を催してくれた政宗たちに心配されるかもしれない。
名残惜しみつつも、幸村は朱音の右手をそっと布団に戻して部屋を出た。
襖を開けた先には奥州双竜が佇んでいた。
「よぉ、Kissの一つでもしたか?」
仕込んだ悪戯が成功した、といわんばかりに片手をあげニヤニヤ笑う政宗に幸村は心底殺意が湧いたという。
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