Marry me!(後編)
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「――――――――その願い、叶えよう!」
大坂城上空。響いてきたのは第三者の声。
幸村が見上げる前に、一人の人物が降り立っていた。
「………」
「隼人殿…!?」
散々に荒れた地面に、泣きながら推察想い人に縋りついている妹。それを抱える一応は妹の身柄を託した相手。
本田忠朝がまずなんと声掛けするかに決めあぐねているうちに、続いて家康と忠勝が降り立った。
「なんだ忠朝。儂の声を皮切りに真っ先に飛び出したのに何を言うか考えてなかったのか。よほど妹君が心配だったのだな」
「うるさい」
『ギュイギュイ』
「うるさい!」
「……兄上に、家康さま、忠勝さままで…なぜ…?」
相変わらずの和み態勢に入ろうとする徳川一派に状況が理解できない朱音は思わず尋ねると家康がパッと振り返った。
「おお、そうだ!此度の事情はお市殿より聞いて儂らも知っていたのだ!」
「そう……市がお手紙送ってたの」
ふと見回すと、お市を初めとする女性人も秀吉も半兵衛も慶次もこの中庭へ揃っていた。
今までの二人のやりとりも一体何処から見ていただろうか。
「……俺は、その、直前まで幸村と話してわけだから、全部……」
非常に珍しく黙って全ての成り行きを見守っていたらしい慶次が漸く立ち入れる間が訪れたことに安堵したのか、頬かきながら笑っている。
彼の周りも大量の飛散した瓦礫や土に囲まれおり、自力で回避したようだが額には汗が浮いていた。
「それにしても!なんて無茶をするの朱音ちゃん!もしも…!」
「もしもを疑わず信じて飛んだ、そういうことなのだろう、姫」
「……う、うう~!要するに、愛!ですか!?」
「うん、間違いないわ…」
「……とりあえず、ここの修繕費の請求は後に控えてあげようか、秀吉」
「うむ。頼むぞ、半兵衛」
また随分とにぎやかになった周囲に好き勝手な言葉が行き交う。
本来の目的を切り出せずにいることに痺れを切らしたのか珍しく声を張り上げたのは忠朝だった。
「話を進める!」
一気にその場の視線が自身に集まってくるが、極力気に留めず、朱音と幸村の目の前まで歩を進めた。
流石に幸村は腕を解いたものの、しっかりと朱音の右手を握っている。
兄が凄んだところで決して離さないことは察しがついている為、口出しはしない。
「……それでこそか、真田」
「……はい、隼人殿」
迷いなく応ずる幸村に未だやや譲り切れない思いこそあれど。今は件の妹と向き合った。
「面倒くせえ奴、」
「………わかって、ます…」
ほんのからかいのつもりが、目に涙を溜めた妹は項垂れた。
若干の後悔と、それほどまでに思いつめていることを理解するが、表には示さない。昔から変わらずそういう性分だ。
「身分とは世を回す為に作られた一種の形式、強制力を持つ外付けのものだ。だが、それ以上に強制されるのは、ヒトに流れる血」
「……?」
「お前の兄はこの俺、隼人だ。そして隼人は今、本多忠朝の名と身分を持つ」
「……ま、まさか……」
「親父を忘れろとは言わない。だが、前に進みたければ……今日から、養父さんの娘になれ」
徳川家康の一番の忠臣・本多忠勝。
過去に偶然彼とまだ幼かった家康に拾われた隼人は乱世で生き抜く決意を全うするべく、忠勝の養子となり己の身分を得た。
徳川軍が小さな国であった頃から仕え続け、共に戦場を駆け抜け、今日まで培った『絆』が、今この瞬間の願いを叶える一手に変わった。
「そういうことだ、朱音殿!乱世に名を響かせた者よ!その強さを是非、儂等と縁を結び、徳川の繁栄の為にも力を貸して欲しい!」
家康と忠勝も朱音の目の前までやってきて一時的に幸村の手を離して向き合うと、忠勝の大きな手が差し出された。
ギュイン、と機械のような軌道音の先の眼差しはどこまでも穏やかであることは感じて取れた。
「で、でも、こんな…!都合が、良すぎます!」
「嫌なのか」
「……、それは…!」
『ギューン』
「養父さんが、お前と手を取りたいそうだ」
こんなことがあってもいいのだろうか。突然の事態に頭がついていかない。
そんな風に戸惑っているうちに忠勝の手が朱音の両手を取った。
彼の篭手越しでもそのあたたかさは十分に伝わってきた。触れ合うのは初めてなのだが不思議と心地がよく、振り払いたいなどという無粋な思いは働かなかった。
『ギュギュイン!』
「……、…よろしく、お願いいたします、おとう、さま…」
すると古くより親しんだ、けれど今ではずっと大きくなった手のひらに頭を覆われた。
兄に頭を撫でられたのはそれこそ幼かった日々以来だった。
「相変わらず、手のかかる奴。」
「う…、そ、その、……」
「さて!養子縁組も終わって間もないが、朱音殿、早速だが頼みたいことがある!全ては人の温かみと絆の為!」
凛と響いた家康の声に全員の視線が寄せられる。家康は満面の笑みで朱音に『頼み』を命じた。
「此の度、徳川軍は兼ねてより真田軍も通じて親交のあった甲斐国と本格的に同盟を結びたい!その証として、君は真田家に輿入れを頼みたい!……引き受けてくれるか?」
彼が語るカタチこそ、一番の妨げとして長く朱音の心を隔たっていたもの。
一瞬にしてその苦難が取り払われ、跡形も無く消えた。だとしてもあまりにも急展開すぎて、まだまだ頭が理解を拒みそうになる。
根付いた頑固さは相変わらず。尚も一歩下がろうとしたのを察した忠朝が朱音の背、左肩付近に手を当てると一瞬で雷を通わせた。
「行ってこい、朱音」
自由を取り戻した朱音の左腕。妹の背中を忠朝が押した。
「―――――朱音、」
あたたかくて眩い彼と再び向き合う。どうしてか頬までもが勝手に火照る。
かしこまった雰囲気を纏う幸村が礼を重んじ、真正面に向き合う。朱音は目を離せない。もう、離さなくて、いい。
「某は、武田信玄が家臣、真田幸村と申す者でござる。………何卒、」
固執し続けたカタチに沿って、恭しく頭を下げてくれた。
これ以上ない程、求めた愛しい姿に、震えた息が零れる。
「……わたしは、朱音、と、申します…婚姻のお話、とても、嬉しく存じ上げます」
「――――――お慕いしています、幸村」
憂いが晴れた瞬間の幸村は、いつよりも晴れやかな笑顔を浮かべた。
なんて素敵な笑顔だろう、そう思った次の一瞬には再び身体を引き寄せられ、今度こそお構い無しに熱く抱きしめられた。
「……ぉ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
喜びを表す雄叫びが、朱音の涙まで一瞬で吹き飛ばす。
どこまでも真っ直ぐで、純心で。ただ一直線にここまで目指してくれた。
それが嬉しくて、嬉しくて。
彼の情熱に応えたい一心で、朱音も負けじと、一時的に自由を取り戻した両腕で今度こそ全力で抱きしめ返した。
「ありがとう…幸村、ありがとう…っ!」
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