Marry me!(後編)
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応えなくては。応えたいんだ。
その資格はないのだとしても、この想いだけはどうしても伝えたい。
誰の身にも纏える軽装。
けれど、これこそが己の原点だ。
暫く整えることばかりに奮闘していた癖髪も構わず右手で散々に乱した。
これが私だ。朱音なのだと。
その姿を目にしたお市は優しく微笑んで、最後に袴を腰前で蝶々結びにしてくれた。
身なりを整えたところで、急いで再び襖を掴む。もう遠慮はしない。大きく、強く襖を払った。
まだこちらに気づかない彼は、どうやら事態を知って出てきた慶次と話しているらしい。どうしてかこの二人は相容れない面があるので、彼の気配はどことなく荒れているようにも感じられた。
ここは城を為す無数の屋根瓦の更に更に更に上。
天守に相応しいほどの高所に位置する。
……あの時の安土城の天辺と、同じか、それ以上だろうか。
今度は逆だ。幸村は地に、朱音は天に。
大きく、大きく、息を吸う。
想いを寄せる彼へと絶対に届くように。
「―――――――――――幸村ぁぁぁああぁぁああぁああああああああああああああああああッ!!!」
間髪を置かず、吸い寄せられるように。待ちわびていたかのように。
幸村は天を見上げた。
視線がかち合った。
決意の表情に笑みが浮かんだ。
朱音はどうだろうか。
同じように笑んだかもしれない。心底嬉しいと思ったかもしれない。安堵したかもしれない。
けれど、けれど、それ以上に勝る気持ちは―――――――
「ッ!?朱音――――っ!!」
誰かが呼び止める声が背後で聞こえた。それでも身体は止まらない。
柵を飛び越え、僅かな屋根瓦を走り抜けた。
踏み出すことに、恐れはなかった。
飛び出した身体は、万有引力を以って急降下する。
振るう刃より限りなく速く、空を切り裂いて落ちていく。
最短の近道で彼の元へ向かう。
高速以上の速さの落下の最中、猛風に阻まれ流石に視覚が機能せず瞳を閉じざるを得ない。
暗闇で待つ間もなく、聴こえた。
「―――――――朱音!!」
落下する身からすればその声は舞い上がるように聴こえてきた。
無茶を通り越した無鉄砲。命の重みを知る、命知らず。
それでこそが彼女だ、と。
駆け出しながらそう逡巡したのは自然なことであった。
なんの示し合わせもなく、文字通りの無茶振り。だが、成し遂げない道理は無い。
彼女の推定落下地点までを一足に駆け抜けると、天に翳した二槍に轟々とした本気の焔を纏う。
「駆けよ幸村―――朱雀の如くゥウウウウゥッッ!!!」
地面を砕き潰す勢いで強く強く振り下ろし、思いっきり蹴り跳んだ。
限界以上に増幅された炎がブーストのように機能し、一気に空へ爆進する。
落下し続ける朱音の身体に熱が迫る。
強く逞しく、そして翼のように包む優しい炎だ。
背中が熱い。けれどどうしようもなく心地良い。
身に馴染んだ、あたたかい存在に抱きかかえられた。
「必ずや!もう!決して離しはせぬッ!」
炎に囲われながら共に落下していく。
片腕で一方の槍を任せた朱音を抱える幸村はもう片方で握る槍を地に向けて旋風回す。
着地への緩衝を試みる。雄叫びを上げながら回転は更に更に増していく。
「しかと掴まっておれ!朱音!」
「―――はい!」
可能な限り速度を削ぎ終えると、迫る地面の間際に幸村は己が回した槍を先に投げ刺した。
接地まで僅か数秒。朱音の身体を両腕でしっかりと抱え、己の脚に全神経を集中させた。
*
足場となった大坂城の地面は派手に盛り返り、舗装されていた石畳は荒々しく砕け四方に飛び散っていた。
それでも、荒らした要の二人には傷一つなく、無事着地できたのは必然といえよう。
幸村が衝撃を受け流してくれたお陰で朱音には微塵の痛みもなかった。着地以来一向に離す気配のない彼の腕に溢れる想いは増していく。
それでも、己の性分は察している。
今この熱が冷えてしまえば、この想いは伝えられなくなる。
だから預けられた槍を置いて間を置かず、朱音は右腕で幸村を強く抱きしめ返した。
真正面から向き合うように、抑えきれない気持ちごと、何処までも強く。
「幸村…!……好き、です!大好きです!特別な好きで、幸村がわたしの一番の、好き、です!たくさん幸村のこと、誰より、考えています!そばに、いたいです!ずっと、一緒に…いられ、たら…!」
足りない。言葉だけじゃ上手く伝えきれない。
そう思い、更に腕に力を入れようとするが、どうにもままならない。満足のいくような抱きしめ方が出来ない。
動かせない左腕をこれほどまでに恨めしく思えたのは初めてだ。
「……っ、ほんとうに、大好きで、す…!ゆき、むら…」
もう風圧はないのに視界が掠れ、喉が焼けて詰まりそうになるのも、お約束だ。
幸村は黙って朱音の言葉を聞いていた。
嗚咽が出る度に、宥めるかのように身体を強く包み込んだ。
朱音が、自分の意志で決意に応えてくれた。自分の言葉で心を伝えてくれた。その姿で在りたい姿を示してくれた。
想像以上の現在に、幸村も混乱と歓喜が入り混じって言葉が詰まった。先に告げたように、もう離しはしない一心で身体を寄せ合う。
「……上田に戻ろう、共に。朱音」
抱きしめる身体が強張ったのが直接的に伝った。
やはり、そうなのかと。素直に全てを打ち明けられたのはそうした意図だったのだろう、と、幸村は察する。
「また、切り離すつもりか?」
「………」
「己の意思と、現実は相容れられぬと。ゆえに今だけは、言葉と為せようと、今が過ぎれば、また………そう切り捨てるつもりなのか」
朱音の腕の力が弱まる代わりに、幸村は一層強く抱きしめる。
「だがそうはさせぬ。此度はこの俺をここまで巻き込んでおるのだ。そなたの声はしかと受け止めた。二度と、離さぬ!」
「………言うつもりなんて、なかった…!言っちゃいけないって、わかってたのに…!」
いつからか、ずっと前から恋心を自覚していたのかもしれない。自覚を意識するよりこの時代の流れを理解していたからこそ。
掠れた涙声が、なおも本心を露す。
「好きだから、大切だから!誰よりも幸せになってもらいたいの!……それは、わたしじゃ!だ、」
「そなたでないとならぬのだッ!」
「……うぅ…!それは!」
「俺を、置いていかないでくれ!」
(おいていかないで)
(わたしも一緒にいく、一緒に戦う)
(ずっと側にいたいから!)
「ずるい、ばか…」
「この幸村の、本心でござる」
切り替えて、切り捨てねば。
なのにできない、この愛しい腕を、振り払えない。
苦しさが、募っていく。
「叶うのであれば……もう…捨てたくない、です…」
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