Marry me!(後編)
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「なんかさ、一晩明けていっそう覚悟決めちゃった顔してるけどさ、昨日何考えてたのさ」
「うむ、やはり俺がやらねばと思ったのだ!」
「は?」
夜陰の間にも情報収集に当たっていた佐助が翌朝停泊地に戻ると、自信に満ちこの上なく堂々とした雰囲気を纏った幸村が出迎えた。
「俺がこれより誘うのは彼女にとって、遠くにあったはずの世界だ。見守ってばかりで、自らは踏み入ることすら思考の内に無かった場所だ。永く求めていたはずなのにだ!」
「…なるほど?」
「半端な意志では為せぬ。まずは俺が誰よりも朱音にとっての標にならねばならぬのだ!それを、示す!」
余計小細工こそ必要はない。正面からぶち当たるのみ。きっとそれが何より強く、確実にその心に響く。
迷いはいらない。貫く意思と想う心だけでいい。
「はー、あっつくるしい~!ま、でもそれが旦那らしさだし、あの子らしさ、だね。いいんじゃない?さ、居場所報告するぜ?」
「応!流石は佐助よ!」
「頑張れよ、真田の旦那」
*
「いかにも、落ち着かぬといった様子だな、朱音」
「そ、そうですか…?」
「人の事を言える立場ではすっかりなくなったな。今からでも逢いに行くか?」
「…ッ、秀吉さんまで、そんな慶次みたいなこと…!」
「我でなくともそう言おう。それほどまでに、だ」
大坂城で厄介になり早3日目。朝の支度を一通り終えたところの出会い頭にそう言われ、朱音はまもなく赤面する。
その様子を表には出さねど微笑ましい思いで秀吉は見守る。
「逢いたいのではないのか?」
「……ですけど、好き、なのでしょうけど…」
あのハチャメチャな恋バナ大会の甲斐もあり、気持ちだけは素直に口にするようになったものの、自覚する度にしがらみの存在も思い出す。
それにそれだけではない不安にも気づいた。
「お前の居場所の情報は錯綜させておいた。いくら真田の情報収集が優秀であれど、このままでは正しき情報が彼奴等に届くことはない」
その気遣いに胸が軋んだ。
もうこれ以上感じたくない痛みに苛まれる。
「このまま避け続け、ほとぼりが冷めるまで匿うことも出来よう」
(いやだ、)
間髪置かず、想いが燃え上がる。
会うのが怖いと感じているのに、会えないと知るとそれ以上に尋常でない焦燥に襲われる。
「期待と不安、慶次が言うところの駆け引きか。身を以って感じているようだな―――――甲斐もあったものよ、」
「え?」
「じきに見えよう。お前の――――」
秀吉の言葉を遮るように慌しい足音が迫ってきた。
徐々に聞こえてくる音は増してくる。
「朱音ちゃん!きましたよっ!」
一番にやって来たのは恋に舞う鶴姫。続いて孫市、お市の女性三名だ。
異常な胸騒ぎを抑えつけるよりはやく言葉が続いた。
「真田さんです!」
*
(会いたい!)
(会いたくない!)
秀吉に方便を使われたことにすら気づかないまま、瞬時に対極の想いが衝突した。
凝固した朱音をじれったく思うのか、鶴姫は小走りで駆け寄り手を取った。
「ま、待ってください!わたしは…ッ!」
「もう!往生際が悪いです!お会いしたいことには間違いないのでしょう!?」
そうだ。そうには違いないのだが…!
伝えたいことはきっと沢山ある。けれど、今は何を彼に言えばいいのかわからない。
そんなことでは自分も立つ瀬が無い上に幸村へは申し訳ない一心になるに決まっている。心だけなら、確かに決まっているはずなのに。
「じゃあ、こっそり姿だけ見るっていうのは?」
目に見えて狼狽するのを見兼ねてお市が出した助け舟にひとまず乗ることでこの場の難を凌げた。
案内されたのは日ノ本各国の地図や情報の巻物が収納されている大規模な資料庫のような部屋であった。
確かにここの部屋の大きな襖窓からなら高さは十分にあるため、下を一望できる。こちらから身を乗り出し過ぎなければ下からこの場所の様子を窺うことは難しいだろう。
女性陣と秀吉に見守られる中、高鳴る鼓動を押さえつけられないままに朱音は遥か下方の城門付近を見やった。
恐る恐るの視線の先、居た。
争いが減りつつある昨今では久しく映った、彼の紅い戦装束。携えられているのは、戦場を共に駆けた見慣れた二槍。
それは、戦うための意図ではない。
彼の意思であり、決意であり、誠意である。
誰かを探すかのように城を大きく仰ぎ見た彼の表情は、朝の気配を残す日の光に照らされた。
その姿が目に焼き付けられる。同時に”その瞬間”が再び脳裏によみがえる。
まぶしい朝日が差し込むなか、
あなたはわたしとむきあって、
この名前をおくってくれた。
たくさんのことを教えてくれた、
たくさん心配してくれた、
一番に、一番認めてくれた。
明日が怖くて、己の事さえ怖くて仕方が無かった時、どうしてかあなたになら話せた。
願いを伝えられた、受け止めてくれた。
だから、きっと。
これが、わたしの、わたしの…
「秀吉さん、お借りしたいものがあります…!」
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