Marry me!(後編)
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眩しかった。
荒削りのまま、身も心も削り落として、それでもいつしか自身の生も自ら望み、信じて俺へとぶつかってきた彼女が。
羨ましかった。
己も全ての物事に正面から向き合ってきたと思っていたが、彼女はその比ではなかった。
ずっと昔から清濁の基盤を完全に自身に基準していたがゆえ、公に見れば大義もない行いでも一貫して、貫き通した。自分自身が悔いのない選択ばかりを取り続けていた。
絶対のないこの時代、だからこそその儚い閃光が俺を灼いた。
あの薩摩での一瞬を一生忘れないだろう。
今は身体の機能が欠け落ちた以上、あの時間は二度と訪れはしない。それが心より惜しいと思う。
それを彼女に告げれば怪訝そうな視線を寄越されるに違いはないだろうが。
一応条件が揃えば一時的に左腕の機能を取り戻せるのだが、あくまで限定的であり完全回復は望めまい。
その太刀筋が彼女の生を言葉以上に物語る。何を求め、何を伝い得た強さなのか。かつてより何者よりも激しく訴えかけてきた。
本能に準じ、冷静さと野生的感覚を均した実に正直な戦闘姿勢。
その姿に尽きぬ興味が、知り尽くしたい貪欲さが、数年経ても尚途絶えぬと自覚をしている。
こんな感情を所謂、
「恋慕」
と兼ね合わせてしまった己自身も相当な奇人であるのかもしれない。
上田に住まうようになり、幾度か話を重ねるうちに朱音は「戦う自分を心から肯定してくれる相手が欲しかった」のだと教えてくれた。
孤独に戦場に立ち続けていた当時の彼女にとってその肯定には「死に奔走することも許容してくれる相手」という意味合いが強かっただろう。だが一度記憶を手放し、再生させた魂は明日を望むようになり、死の意味は大いに薄れた。
それ故に、俺はあの時決戦に向かう朱音を肯定できた。それは間違いようのない事実だ。
『あなたが待っていてくれたから。あなたを目指して帰って来られた』
彼女にとってはこの俺が眩しく見えたという。
だが実際はどうなのだろうか。俺が迷いの淵に彷徨っていた瞬間でさえ、信じ続け引き上げてくれた。救われているのは俺の方かもしれない。
だからこそ、俺は対等でありたいと願う。
何事も全力で立ち向かい、その姿勢で示しきる。紛れも無い強さを持つそなたに認められ、隣に居たいのだ、朱音。
俺で不足であるのならば、未だ世の形式より枠出ることができぬ存在であらば、更に修練を重ね、枠など飛び越えてみせよう。
*
「ここに居たいです。また会いたい人たくさんいます。……わがまま、でしょうか」
時折、躊躇いがちに投げかけられる本心は実は幸村にだけにしか告げられないものだ。
彼女なりの信頼は、本人すら自覚の無いまま共に過ごす内に確かに築かれていた。
「あ…、ああ~ぁ!み、見てください幸村!あちらで金木犀が咲いてます!先日はまだ葉だけだったんですよ!」
不意の油断で零れたらしい言葉で我に返る。慌てて話題を逸らし不自然極まりないがこうした思い切りのよさも”らしさ”のひとつだろう。良し悪しはさておき。
「……不安なのか、朱音」
聞き流してはならないと判断した幸村は静かに彼女を見つめた。
幸い今は上田城近くの野山を二人で気晴らしの散策中だ。彼女にとって幸村が心から信頼する相手であるのならば偽る必要のない空間に相違ない。
「きんもくせい…」
「先に答えてもらおう。心配だ」
深層に触れる際ははっきり言い切らないと彼女は向き合ってはくれない。逆の立場だった場合も、きっと彼女は強気な姿勢で幸村に問いただしてくる。見落としてはいけないことだと理解している故だろう。
そして此度は茶化す為のふてくされた表情はしまってくれたようだ。かわりに幸村には表情が見えぬよう背を向けた。
「結局、わたしには戦うことしか、ありませんでした。戦うことが一番だったんです」
戦の根絶を望んだ。漸く大きな戦禍の渦を鎮めることができた。
代償として片腕の機能を失い、戦乱から切り離された日々に身を置くようになった。
「不安、かもしれませんね。とても懐かしくて、嫌な気分になる息苦しさを感じています」
「幼い頃に切り離したもの、か」
「……おそらく、そうでしょうね」
弱さを痛感した彼の日の幼子は望みを叶える為に。強くなる為にいくつかの感情を犠牲にした。長い時間をかけて、戦場での怯みに繋がるものを全て切り捨てるよう己に言い聞かせやがて強力な暗示となっていた。
戦乱が一時的に停止した今、己を取り巻くものは一変し、積み上げてきた『己』は不要になった。
何ができるのか。何の役に立てるのか。
本当に、まだ生きていていいのか。
「どうしたらいいか、わからないんです。きっとそれを……わたしは不安に思っています」
「争乱は絶え行く。戦で特攻することばかりを考えていた俺も、きっとそなたと同じ思いを抱えている。だが、未来を恐ろしいとは思わぬ」
堂々と言い切る様子に興味を引かれたのか、振り返った朱音の揺れる瞳が幸村を映した。
「どうしてですか…?」
「それはそなたが―――」
流れるままに己が何を言わんとしていたかに気づき、慌てて口を噤んだが、目の前の朱音は不安を抱えたまま、じっと見詰めている。まるで…救いを求めるかのように。だから、と。ぐっと構えて、続きを口にする。
「そなたが安らいで今の日々を過ごせること。それが新たな俺の望み故だ」
心底面食らった表情を浮かべられたが、幸村も伝える準備もつもりも無かった言葉を咄嗟に述べたことで冷静さを保つことで精一杯だ。
身体中、焼け落ちてしまうのではないかと錯覚しそうになるほど熱い。
せめてこの時、もっと気の利いた言葉を添えられれば、彼女も幸村と同じように明日の希望を抱けていたのかもしれないが、流石にそんな余裕はなかった。
あの心底面食らった顔、そう、あの時、こんな出来事の比でないくらいに伝えることに苦心したあの求婚の瞬間にも同じ顔をしていた。
思考が停止したかのような、『何を言っているのか理解できない』、…理解したくないという表情。
求めて生きてきたはずなのに。
目の前の赦しが、恐ろしいと。
また失ってしまうのがこわいのだろうか。
それだけじゃない。
「………ほら、やっぱりわたしは強くない」
動き出した感情が忙しなく内側を駆け回る。
吹き抜ける夜風がかろうじてこの逡巡が溢れ出すのを鎮めてくれていた。
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