Marry me!(後編)
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「こんな目に遭うなら、直接幸村に会った方がマシでした…!」
「わお、珍しく朱音が恨み節……あ。
ふっふ~ん、実はそれが狙いだったのさ…!心あらわに思い出と想いを皆に打ち明けることで…」
「騙されません!」
「まあバレるよね~、ごめん!でも皆楽しめたことだし!」
「わたしと秀吉さん以外ですッ!」
流石に弄りすぎたかと、慶次が頬を掻く。
真昼に始まった恋バナ大会は陽はとうに暮れ、月が煌々と光る時間帯まで続いた。
漸く解放された朱音は夜風に当たって大半が羞恥で火照った身体を冷ましたい一心で大坂城の屋根瓦へ飛び出していた。
天守閣ほどではなくとも、一般的な屋敷の屋根とも比べるまでもない高所だ。
なんだかんだ心配してくれてたのだろう、晴れ渡る星天についてきてくれた慶次と二人で佇んだ。
「かわいいねぇ、朱音」
まだからかうか、とバッと振り返るけれど、今の慶次は穏やかな表情だった。
「いや、他に上手く言えないんだけどさ。ほら、何度も言うけど、俺、ずっと君を見てきたから」
あの大雨の日から、隔たれた日々の先に、向き合えるようになった今日まで。
あの日出会わなかったら、悩むことも、悲しむこともなかった。でも今日この日を迎えることもできなかった。
「……さっきまでのこともあって、慶次には文句を散々言いたいところですが、」
むくれ面を解いて、まっすぐに彼を見た。
「文句を言いたいって思えることも、わたしが変わった証なのでしょうね」
何もかもを閉ざしていたあの日々だったなら、何度も関わろうとするこの人から逃げたいとばかり考えていた。
言葉を交わすなんて。と。
「慶次はいい人です。優しいくて、あたたかい人。出会って間もない頃から、そう思っていましたよ」
「え…っ、う、嘘!?だって俺にそんな素振り……!」
「慶次だけがはぐれた夏祭りの時に、秀吉さんにはそう伝えましたよ」
怯えられて避けられるばかりの日々だった。当時は心底嫌がられているとばかり思い込んでいたために、彼女の言葉は慶次にとっては衝撃だった。
「な、なんでその時に言わなかったんだよ!?そうだ、秀吉だって俺に言ってくれたって!」
「慶次すぐに調子に乗りますもの」
「はー!?」
「今回のことだってそうでしょう。知った途端に」
実は自分のことをちゃんと見ていてくれて、知ってくれていた。この事実が漸く慶次の元へ届いた。
不器用で怖がりな、気づけなかった彼女からの歩み寄り。十数年来の時を経て明かされた。
死してなどいなかった。長く沈んでいたわけでもない。そうだったとしても、ほんのひとかけら、慶次自身を想う心はずっと生きて、時を刻んでいた。
心を開いてもらうためには随分と時間がかかったけれども、笑顔へと繋がる望みはずっと早い段階で叶っていたのだ。
「でもそれが言えるのは、今のわたしだから」
「……そうだね、ほんと、ほんとによかった」
「ありがとう、慶次。きっとずっと大好きでした」
「あのな、朱音。そういうことは、言う相手がちゃんといるだろ?」
「………わかってます。でも、慶次と会えて、過ごせて、一緒に戦えて良かった。それはちゃんと伝えなきゃって思ったの」
「―――――幸せになってよ、朱音。ちゃんと先に進んでるんだから」
「ありがとう。……でも、どうでしょう。気持ちに整理がついても、わたしに何もないことは変わらない」
理性は感情に勝る。
晴れやかな心を以ても、どうにもできないものだ。
過去は捨てず、連れていくもの。そう決めた心が此度は敵対し、最後の枷を振り払うことを赦さない。
「どうするの、朱音」
「どうしましょうね、慶次」
このままでは、また大粒の雨にも匹敵する涙に襲われるのだろう。
そんなのは予感でなく、確信していた。
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