Marry me!(前編)
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「じゃあさ、手繰ってみようか、朱音」
意外な一言だった。
確かにあの日の小田原城で真正面から向き合った事で、少しずつわだかまりは消えつつあるのだろうが。
その想いを自覚したきっかけ。夢での回顧を素直に打ち明けると、更に素直な応えが返ってきた。
*
「で、まさかそんな与太話をするためだけに、ここまで来たと?」
「与太話なんかじゃねぇよ!大事な大事な問題なんだ!」
険しい、というより呆れた眼差しを寄越した彼は気だるげに首を振った。
鬱陶しそうにする相手の態度が気に障ったのか、むっと頬を膨らませたのは慶次。と鶴姫。
「まあ、なんてこと!これは乙女の一大事なんですよ!」
「そうだよ!たくさんたくさん悩んで苦しみ続けて、でもちゃんと自分の気持ちに気づいて、やっとここまで来たんだ!」
「……君たちの無遠慮な言葉が、今はその彼女を一番傷つけているようだけどね」
二人と向き合う青年―――半兵衛がため息を吐きながら二人の背後を指した。
どういうことかと慶次と鶴姫がそちらへ振り向くと、片手で必死に顔を覆い隠ししゃがみ込んでいる朱音が目に飛び込んできた。
隣で介抱をする、と見せかけておちょくるお市と、冷静な孫市が淡々と説明する。
「市はたのしいわ。真っ赤な朱音、かわいらしい」
「茹蛸以上に赤面してるぞ。恥ずかしいのだろう、人に容易く事情を話してほしくないようだ」
「うっ…確かに、半兵衛には知られるのは、うん、ちょっとなぁ…!ごめんよ、朱音」
「それはそれで僕に失礼だ」
慌てて朱音の元へ駆け戻る慶次に半兵衛は抗議の声を上げるがそれも早々に、再び息を吐いた。
「本当に手のかかる子だね、君は」
若干嫉妬の気配も窺がえた声色に、どういうことだろうかと顔を上げた朱音は、半兵衛の奥に新たにこちらに向かってくる人影を捉えた。
彼の威圧は随分と薄れ、かつての懐かしい心地を取り戻しつつある、真っ先にそう感じて自然と笑みがこぼれた。慶次も同じように感じ取ったのだろう、同じく笑みを溢れさせ背伸びをしながら腕を大きく振った。
「秀吉ぃ―――!」
相も変わらずおおらかな慶次の様子に、遠目でも彼が小さく吹き出したのがわかった。
朱音も立ち上がると慶次と共に小走りで彼へ向かう。
「元気そうで何よりだが、噂はここまで届いているぞ。……朱音よ」
「……は、はい。多くの方々にご迷惑をおかけしております…!それで、」
何を経由してかは知らないが、秀吉の耳にまで此度の騒動が届いているのだとすれば、思っていた以上に話は広がってしまっているのかもしれない。
「その事で、秀吉さんにお願いがありまして…!」
「俺にできることであるならば」
「『恋』の、お話を、お伺いしたいのです…」
想定外すぎる事だったのだろう。大きく大きく見開かれた秀吉の目はすぐに隣の慶次へと移る。
慶次がいる場所でこんな頼みごとをされるとは思いもしていなかったが、対する慶次は気まずさを感じるどころか、秀吉の反応を面白がるような気配さえ感じられる。
「他でもない朱音の頼み。もちろん果たしてくれるよな~、秀吉」
「………話は中で聞く。ひとまず行くぞ」
時は絶えず、流れていく。
僅かずつでも変容していく。そんな実感をそれぞれに感じ取ることが出来る今日この頃である。
己自身も含めた感傷めいた想いだ。
人らしさを説いた彼と彼に保護された少女も、長い長い年月を経て漸く自らをも同じ心地に包まれようとしている。それだけはすぐに伝わってきた。
それを確かに喜ばしいと思っている。一切を口にはしないが、秀吉は悩める小さな背を一度だけ撫ぜた。
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