Marry me!(前編)
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ぷろなんたらをしたら、ばかと言われ申した。
そう告げると思いっきり茶を吹かれた。
「鬼のシスコン、忠朝brother以前の問題だったな!」
何が面白いのかそのままゲラゲラ笑い出したのは、一連の騒動を知らぬまま偶然上田に訪れた政宗殿だ。
何でも朱音の顔を見たいがゆえに、奥州の名産物を直々に届けにやってきたとの事であるが、生憎彼女は2日前にこの上田を飛び出してしまっていた。
「ったく、腕の充電もしてやれねぇじゃねえかよ。なんでその場で取り押さえてでも止めなかったんだよアンタ」
「仕込み、が」
「Ah?」
「殺傷能力はなかれど、右腕の袖に小さな木刀を彼女は常に仕込んでおり申して、その、急所を、」
「男の急所か!?」
「ち、違い申す!鳩尾を僅かに外した…!」
「ンだよ、真の急所以外なら気合で押し切れよ。アンタ好きだろそういうの」
「ぐぬ、」
こうして振り返れば、たしかに動揺していた己の隙を突かれたに過ぎなかったのだ。今一歩、冷静さを持ち合わせておれば止める事はできたかもしれない。しかし現実は未だ衰える気配のない彼女の的確な一撃で数十秒気絶してしまったのだ。それだけあれば片腕の機能が失せようと彼女が逃亡するには十分すぎる隙だった。…なんと情けないことか。
「にしても、まさか大喧嘩になるほどに拒否されるとはな、」
「こうして突き離され、いなくなられ……考える内に理由は、何となく思い至り申した」
自らの想いを伝えたい一心で、彼女の思いを考慮できていなかった。
身分を考えろと言い放った彼女。俺は既に無き物と考えていた隔たりに彼女は常日頃より長く苦しんでいたのかもしれない。
同じ場所に立ていると思っていた。だが現実は全てがその通りになったわけではなかったのである。
会いたい。今も会いたいのだ、朱音。そなたときちんと話をせねば。
「それにしても、こんなコトになるんざ、今まで全くそれらしい進展してなかったんだなアンタら。手出したことねぇだろ?」
「何を!手繋ぎくらいは無論!」
「Ah~その程度…ってどうせそれ大半歩行の介助だろ」
「ぬ!?で、では手繋ぎ、……某らは、手繋ぎ、すらも…?」
「所謂イイ雰囲気で、寄り添う感じでこう……いやなんでこの俺があの色男みてぇな言わなきゃならねぇんだ恥ずかしい」
「………な、ない…ない…!?」
「逃げられて当然だなァッ!HAHAHA!」
政宗殿は腹を抱えて転がりだしたが、それを咎める余裕はこの時の俺にはまったくなかった。
*
「幸村様、朱音様のお加減は大丈夫なのでしょうか?」
政宗殿風に言うなれば『でりけいと』な問題故、彼女の失踪は極力広めないよう努めている。
表向きは体調不良とでも言っておけばいい、と言われるがまま皆には嘘を吐いてしまっている。今日もまた、偶然出会ったまだ年若い一兵に容態を問われてしまった次第だ。
「う、うむ、医師は安静に寝ておれば大事ない、と。ただ、今すぐに回復、とはいかぬかもしれぬと…」
「そうですか…。あの方がいないと皆気持ちが入らぬと申しておりまして、寂しいですが、そう伝えておきます」
不慣れな嘘も素直に受け取った相手の笑顔には胸が痛んだ。
『片手が不自由な身でも出来ることを見つけたい』
小田原での決着後、彼女がすぐに言い出したことである。元より独りで生きる事を長く選び続けていた身であるが故、片腕に慣れさえすれば案外何でもこなせるだろう、と彼女の様子を見守っていた。
身体の不自由に関わりなく真っ先にできたのは戦闘技術の指南であった。
せっかく乱世を終結に向かわせたのに、結局できることは大して変わらない、と本人は不服そうな気持ちを抱えていたが、実際彼女の指南は城内でも評判が良い。身のこなしは勿論だが、それよりも心構えや集中の大切さを説く事に徹底しているらしい。
観察眼も活かし個々人に合わせた教え方も得手とするため、兵卒のはじめ、皆によく慕われているのだ。誇らしくもあり、少しだけやきもきする思いもあり。
「独占欲の塊だな」
「……今更、否定はしませぬ」
上田での彼女の様子を政宗殿に説明すると、政宗殿は例の人をからかう笑顔を向けてくる。
だが今回は図星でもあるがため、大して言い返す事も出来ぬ。負け惜しむように声を絞り出すと余計に笑顔の邪悪さを増していた。
「で、追いかけねぇのかよ」
「そうしたいのであるが……、足取りを見失ってしまったのでござる。甲斐を先に訪れたらしいのだが、その先は、」
『考える時間を与えてやれ』
彼女の無事を報せる文をお館様から頂戴した際に共に記されていたことである。
大方の事情はお館様も朱音から直接伺ったようで、その上で送っていただいた文。その場で彼女がどう受け止めお館様へと伝えたのか非常に気になるが、待てと助言をいただいた以上は、俺も暫く頭を冷やす時間にあてがうべきだろうか。
「……本気で言ってんのか、アンタ」
「本気、とは」
「とんだ腑抜けだな。衝動的なモンだろこういうのは!虎のオッサンの言うようにしたがって、間をダラダラ伸ばす内にも何が起こるかわからねぇんだぞ、ってまたなんで俺がこんなことを、」
「……!」
「まぁいい、言い切ってやる。”こういうの”は熱しやすく冷めやすいっていうだろ。お前ら今はこの上なく危ういってのに、なに呑気に構えてんだ。アンタがその程度だってんなら俺が掻っ攫うぞ」
「だ、誰がッ!!」
そうだ、頭を冷やした所で彼女への想いが変わるわけでもない。俺はただ、己の想いを伝える以外に為せることなどはじめからないのだ。
政宗殿に言われるがまま、焚き付けられたのやもしれぬが、感情が昂ぶるままに駆け出した。
客人であるはずの政宗殿を放って飛び出してしまったが、この際仕方あるまい。
やはり会いたい。会って話がしたい。俺の内は今はそれしかないのだ。
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