IF:vs佐助戦
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躱し進んだ先に出会った。
事態を把握する為に進み、出会った。
―――――――――『過去』
「……何をしている、」
絶句している朱音を余所に目の前の人物が威圧的に言い放った。
朱音の身体が震える。そうだ、家康への説得に集中するあまり他事をおろそかにしていた。すっかり意識の外へ追いやっていた。
それまでの機動は全て失せ、立ち竦む朱音を静かに見据える。あの日からずっと背が伸びた兄。
ここは公の場。私情は赦されない。それを理解しているからこそ、隼人は本多の養子として向き合う事に決めた。
「仲間を連れ、薩摩勢に加担しているな」
「……、ま、待って…」
「何故ここまで来た」
「……あに、うえ…」
十年越しに呼ばれた懐かしい響きに思わず自分の身体が強張ったのがわかった。威圧を解かないよう気を張りながら成長の遅れた小さな姿を忠朝は睨みつける。
「わたし、は、家康さま、に、話を…、」
「ではお前は何だ。何者だ。」
「……っ」
「何の身分も持たぬお前が目通り叶うとでも。誰が、許すと」
「……、」
顔を伏せた朱音が武器を構えた。
それを見た忠朝の表情が一瞬だけ大きく歪んだ。
積もる話も、思い出も、この場では一切、何の意味も持たない。むしろ妨げだ。それを痛感したからこそ。
「……あなたを、躱します、」
「………吠えるな、ガキ」
長刀を抜き放った忠朝。
骸刀を握り直した朱音。
鈍色の光を宿した二人の刃が衝突した。
(できない、)
(集中できない、)
(戦う事が、苦しい)
(こんなの、今までで、一番苦しい…!)
長刀の間合いから外れる為に朱音は後方へ跳ねる。一瞬後には閃光のような剣線がそれまで立っていた場所を斬り裂いた。
兄である忠朝は無表情のまま突進を仕掛けてきた。正面突きを前転で回避するが懐で反撃する間もなく隼人の拳が顔面に接近する。
咄嗟に右腕を地に叩き付けるように後転し間合いを取るがすぐにまた横から刃の銀色が迫る。
左腕に握る骸刀で長刀を受け止めるが、衝撃が元より負傷していた左肩まで走った。
「……っ!」
押し殺した悲鳴が上がり身体が弾き飛ばされた。叩き付けられた痛みを厭わずすぐに体勢を立て直す。
僅かな間だった。いや、体勢を直す間にも隙はあったはずだ。
忠朝は追撃をしてこなかった。
(……兄上、わたしを、倒しあぐねている…きっと、迷っているんだ)
荒い息のまま一呼吸。その一瞬の間で相手を分析するには十分だった。普段の朱音であれば。
(…だけど、わたしも、冷静に兄上の実力を測れていない、)
思い入れが、思い出が、思いが邪魔をする。それは互いに同じ事だった。
(わからない。どう戦えば、兄上を抑えられる…?)
(……苦しい、逃げ出したい。いやだ、こんなの…っ)
(せっかく、また会えたのに……どうして…!)
「泣くなら、初めから来るな」
「……泣いてませんッ!」
今度は先に朱音が踏み出した。両の手で骸刀をしっかり握り真っ直ぐに首筋を目指す。当然隼人の長刀に弾かれるが、弾かれた軌道を利用し身体を反転させ懐へ入り込んだ。
朱音の目的は忠朝を躱し、その先の家康の元へ進むことだが、結局は降さなければ振り切る事はできないだろう。決意すると刀の柄ごと忠朝の鳩尾目掛けて放つ。
しかし半歩下がられた為に炸裂する力が甘く入ってしまった。
相手の動きを全く読めていない。自分が時間をかけて築きあげてきた戦法も心構えも、今は何もかもが機能していない。
焦る、焦る。冷静さが取り戻せない。
追撃の脚技も当然遅れた。忠朝にそのまま片脚を掴まれ動きが止まり、文字通り隙だらけになった。
焦る、焦る。自分の思うように振るえない。
視界が滲む。涙が邪魔だ。邪魔なのに、止まらない。
やだ、いやだ。もういやだ。
「……あにうえ…っ!」
「……ッ!」
掴まれていた脚ごと投げ飛ばされた。今度こそ受け身も取れず情けなく地面に叩きつけられた。
実力も測れない。戦法も見つけられない。手詰まりだ。何より意思が「これ以上戦いたくない」と叫び、身体の自由を奪っている。
震えが止まらないまま、刀を携えて歩み寄ってきた兄を見上げる。もう、どうしようもない。
抵抗もできず胸倉から掴み上げられた。切れ長の鋭い目つきが朱音を真っ直ぐに射抜く。忠朝の瞳が、赤く充血している事にこの時に気づいた。彼も、泣きたい気持ちを押し殺して必死の思いで戦っているのだと。
「あにうえ、あにうえ…っ」
「ッ、」
接近して漸くわかった。呼びかける度に忠朝は苦痛に耐えるかのように表情を歪めていた。
兄も、妹も。どちらも苦しんでいる。
どうして、こんな事に。どうしてこんな現実になるのだ。
忠朝の拳が朱音の首元目掛けて放たれる。意識が奪われる。そう覚悟した時だった。
派手な爆発音が鳴り響き、突如として周囲が煙幕に覆われた。
「ぐッ…!」
朱音に集中していた忠朝も予測していなかったのか、煙中に彼の短い呻き声が聞こえた次の瞬間に朱音から手が離れていた。
間髪入れずに別の人物の手が朱音を引き寄せて抱きかかえると、素早くこの場から撤退した。
身体に力が入らず煙もまともに吸い込んでしまった朱音は激しく噎せる。
涙も止まらずこれ以上は戦線に居る事は不可能だろう。そんな現実が悔しくて余計に涙が零れる。
すると抱きかかえ撤退させた人物が朱音の背を軽く叩いた。
「様子見に来てよかったわ、ホント」
「さ、さしけ…っ」
「佐助。ガキみたいにビービー泣いちゃってまぁまぁ」
「……うる、さい、です…っ!」
高速で駆けて遠ざかって、既に忠朝の姿は見えなくなっていた。
漸く会えたのは戦場だった。何もかもが混乱したまま、こんな形でまた別れてしまった。それが何より悲しかった。
「……あにうえ、…っ、」
「兄上?……どういうことなの、朱音」
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