お料理しましょ
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「ちょっと旦那!ご飯潰れちまってる!隣の朱音の手つき見て、真似して!」
「ぐ、ぬぅううう…む、難しいぞ!」
第一手順、白米を軽く水ですすぐ。
さっそく苦戦する幸村に佐助は溜息をつく。これまで自ら厨には立ったことがなかった以上は仕方のない事だろう。言葉で制した時はやや手遅れで白米の粒が潰れてしまっていた。洗うのはそこで止めさせ、ざるに移して水を切るように指示した。
同じ作業を朱音も終えていたので二人がそれぞれに洗った米を一つのざるにまとめて次の手順に進む。
第二手順、鍋に出汁と野菜を入れて温め始める。
調理場に保存してある作り置きの白だしを白米の量に合わせて鍋の中へ入れる。今回の白だしはかつおぶしと煮干しが主で醤油で味を調えてあるものだそうだ。
お玉で計量する朱音の手慣れた様子を幸村が感心するようにまじまじと見つめている。
「朱音は普通にできてるね」
「ええ、前田家や旅の途中で色んな人のおうちで手伝ったりしたこともありますので」
「なら、雑炊ってそんな難しいものでもないし、なんでこれを教わりたいの?」
「え、さしけが以前作ってくださったお粥が本当においしかったからで…」
「佐助。でも俺様特別な物入れたりしてないよ」
「うーん…なぜでしょうね」
「俺様の愛!とかー」
「佐助ぇええッ破廉恥極まりない!!」
「危ねぇ!火を使う所で暴れないのこのおバカ!」
おちゃらけた佐助に案の定興奮した幸村の鉄拳が飛んできたがうまく拳を掴んで抑えることに成功した。
一方で朱音は佐助の言葉に対し少し思案していた様子であったが、やがて小さく微笑んで頷いていた、のに幸村を抑えることに集中していた佐助は運悪くそれを見逃した。
「お野菜も切りますよね」
「俺がやりとうござる!」
「うわっ旦那にはまだ早いよ!ここは俺様か朱音に…」
「では、細く切る人参とお葱はわたしがやりますから、幸村はシメジの根本を切り落とすのをお願いしてもいいですか」
「任せよ!」
「お、朱音旦那の扱い上手い。人参の灰汁抜きのお湯、そっちにあるの使っていいよ」
当人の能力に合わせた仕事を見定め任せる方法はこれまでの旅の経験によるものであったが、相手が泊めてもらう家の子どもであろうと正味十代後半の武将男児であろうと大差はないようだ。
どこかおかしくも楽しくて朱音の口元は絶えず弧を描いている。その様子に見守る二人も気づいたようだ。
「料理もあるんだろうけど、朱音はただ俺たちと一緒に何かできるのが嬉しいのかもね」
「うむ!」
幸村も誇らしげに頷いたところで朱音が湯から上げた人参と片手間に刻んだ葱を持ってきた。全ての野菜を出汁の中に入れ火が通るのを暫し待つ。
第三手順、温まった出汁に白米を入れる。
「だ、だんなっ、そっとでいいからね、汁が跳ねないようにちょっとずつ入れるんだよ!」
「わ、わかっておる!幼子を言いつけるように言うな佐助!」
「わわ、お鍋を見ててくださいね幸村!」
「す、すま…熱ゥ"!?」
念を押した佐助の注意が不服だったのか幸村が反論しかけたところで視線が逸れ、鍋へ落ちた白米が出汁を跳ねてしまった。
派手に頬にかかった。言ったそばから失敗してしまい流石に佐助にも何も言うことはできず一気に赤面した。
すぐさま朱音が濡れた布巾を幸村の頬に当てさせる。突然互いの距離が近づいた事を察し瞬時に顔が火照ったが先と同様火を使う手前、なんとか朱音に狼狽しているのを悟られぬよう幸村は平静を保とうとする。が、佐助にはお見通しらしく遠巻きに抑えた笑い声が聞こえてきた。
「か、かたじけない、」
「あと少しですから一緒に入れましょうか」
「お、応!」
「そう、出汁の側まで持ってきてからお米を落とせば飛んだりしませんから、落ち着いて…」
「………、おお!できたぞ!」
一歩成長した!といわんばかりに鍋に無事にご飯を入れ終えると幸村は拳を大きく振り上げた。
見ると朱音も佐助も我が子の成長を見届けたと言わんばかりに惜しみない拍手を送ってくれた。若干複雑な思いに駆られながらもまずは成し遂げたことの喜びを噛み締めることにした。
「よくできました、旦那ー。…でも最後のこれは朱音にお願いしようかな」
「……そ、それは…!」
不意に佐助から渡されたものに朱音が驚愕の声を上げる。思わず身体がのけぞるほど意外な物だったらしい。
手渡されたものはこの時代の高級食材、卵だった。
「たしかここでも食べたことあったよね?溶きほぐして入れていいよ」
「そ、そんな…!その、わたしなどが、」
「いいっていいって、せっかくだしやってみなよ。真田の旦那じゃまず綺麗に割ることもできないだろうし」
雑炊相応の量のそれなりの卵たちを見て思わず朱音は息を呑んだ。
卵は初めて調理するらしくその立ち姿は戦場にいる時よりも緊張しているように感じられる。勝手に出来ない者扱いするな、と幸村から抗議の声がまた上がっているが佐助はお構いなしで彼女を見守る。
「きっと…よろんで、くれた…かな…」
「んー?だあれ?」
佐助に突っ込まれて、声に出していたことに気づいたのか朱音は慌てたが、素直にその相手を教えてくれた。
なんでも彼女の兄の好物であったとのことだ。
「よかったらさ、卵入れながらでいいからそのお兄さんの話してよ」
「………、そう、ですね………兄上は、父上とは真逆の性格のお人でした。しょっちゅういじわるされてました。力も強くてなんでも痛かったし……」
それでもなぜかずっと後ろに引っ付いていたくて、いつも必死についていっていた、と穏やかな様子で、割った卵をほぐしながらゆっくり、言葉にする。
「……小助は父上には会ったことがあると言っていましたが、兄上とはどうだったのでしょう…」
「ていうか、それ、俺様知らなかったわ。まさかあの時あいつが大雨の中ずっと立ってた場所が朱音のお家だったなんてねぇ」
「む、どういうことだ佐助。一体何の話を…」
「あっとね、旦那。俺様もつい最近知ったんだけど、小助さ、元々は朱音のお家に仕えるはずの忍だったんだよ。もちろん十年以上前の話ね、」
「まことか…!ならば…」
「正式にやって来る前に、お家が無くなってしまったから、さしけが行く宛てに迷っていた小助を」
「ひどく傷心してたみたいだし、里に戻るより、ココに来ることを勧めてそっから真田のお家で働くことになったんだよ」
だから佐助だっての、といつも通りに訂正を入れつつも今は幸村に仕える小さな少年の事情の説明をする。
事情を聞いて今は真田家に全力で尽くす彼に思うところがあるのか深く頷く仕草をする幸村の横で朱音がいよいよ卵を鍋に落とし出す。
「一気に入れようとしないで、そうそ、ゆっくりね。あんま急いで入れると見栄えが悪くなっちゃうから」
「りょ、りょうかい、です」
「ぐ、佐助、俺もやってみたいぞ」
「えー卵高級品なんだよ。まずはお米を上手に洗えるようになってからね」
「ぐぬぬぬぬぬ…!」
慎重な手つきでゆっくり注ぎ入れた甲斐もあり鍋に入った卵はふっくらと膨らみ輝きを見せた。
きらきらとつややかに白い湯気と共に浮き上がった卵に、シメジと人参と葱の二色の野菜が混ざって整った様子に朱音は感動した。
「や、やりました、です!」
「お見事。めちゃくちゃ綺麗にできたじゃない」
「はい、ご指導ありがとう、さしけ!」
「佐助ね」
いい加減にしろと頬を軽くつねられて朱音が抗議の喃語をあげていると、大きな音が割り込んできた。
ぐぎゅるるるるる…と典型的な腹の虫。佐助と朱音は同時に振り返る。
「あ、いやッ…す、すまぬ……」
「ううん、お腹空いちゃうよねぇ旦那」
「な、笑うでない佐助ッ」
「では出来たては幸村に食べてもらいましょうか」
「よいのか!?」
途端に表情を輝かせた幸村が歓喜の声を上げる。
器を取り出すと適当な量を掬い出し、匙と共に幸村に手渡した。本日の朝活の完成系、湯気と共に漂う雑炊の優しい匂いが更に幸村の食欲を刺激した。
だが、と今すぐ食べたい気持ちを抑えて二人に言った。
「せっかくなのだ、皆で食べとうござる!」
そういうわけで、佐助と朱音の分もよそって、試食会に移行することになった。
「熱いですから、ゆっくり食べてくださいね」
「うむ!いただこう!」
言ったそばから急ぐように口に運んでさっそく噎せた幸村に二人は苦笑を浮かべる。
先ほども頬に汁が跳ね返ったばかりなのに、上手に経験を活かせないでいる様子にやはり幼子を見守るような気持ちに陥ってしまう。佐助はともかく暫く前までは幸村が兄面で朱音の世話をしていたというのに、いつの間に逆転してしまったのか、と赤面しつつも幸村は回想する。
「幸村ちゃん、ですね」
「旦那、ついに朱音にもガキ扱いされちまったねぇ」
「う、ぐぅうううう……!ち、違うのだ!雑炊が、まことに、食欲をそそる出来であったがゆえにだな…!」
「それで急いじゃうようじゃそれこそガキじゃないの」
「ガ、ガキというな!」
完全に弄ばれ始めた幸村が興奮状態で必死に事実の訂正を試みるが今は何を言っても逆効果になってしまうようだ。
もどかしい状況であるものの、にこにこ笑顔を浮かべながら、二人はある言葉を待つ。その視線に気づいた幸村が訊ねる。
「ふ、二人して如何したか」
「はじめて作った雑炊のお味の感想をどうぞ、幸村」
「………うむ。この上なく、美味だぞ!」
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