2.心
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「どこ…どこにいってしまったの……朱音……!」
「お市さん…」
迷い込んで彷徨ったあの山から何とか下りたものの、ついに彼女の姿は見つけられなかった。
手持ちの食糧がなくなる寸前まで滞在し、二人は朱音を探し続けたが小さな背中はどこにもいなかった。
「手がかりといえば、あの山の中の少し開けてて、土が跳ね返ってたりして荒れてたあの場所…くらい、か」
長い間山の中を探すうちに比較的傾斜の緩い場所に出た時があった。
そのには、草鞋が強く地面と摩擦を起こしたような跡や、刀が刺さった痕跡などが見つけられた。
刀の跡は朱音が身に纏っていたものと大きさが似通っていたため、彼女がなんらかの戦いに巻き込まれた可能性が窺えたのだ。
なぜあの時一人で行動しようとする彼女を止めなかったのか。その時感じた違和感をどうして追及しなかったのか。
変わったようで、まだ変わりきれていない。彼女は誰かを頼るのを酷く恐れ、苦手としていた。
正確にいうのなら、その理由は昔は人との関わりを恐れたため。今は大切に思うが故なのだが、どちらにせよ結果は同じになってしまった。
後悔しても時間は戻らない。いつだってそうだ。
「また、やっちまったなぁ…」
「前田さん、市、朱音を探しに行きたい…」
泣かないから、そう言ってお市は歩き出した。
手がかりは皆無に等しい状況だが、構わない。悔いる前にまた動き出す。出遅れないように、手遅れにならないように。
「いきましょう」
「ごめんよ。お市さんの方がよっぽどしっかりしてるよ」
「朱音のおかげで市も前を向けているからよ…」
*
「ああ、そうそう。君にはもう一つ助かる手がある」
思っていた以上に彼―――竹中は頻繁に朱音の座敷牢に顔を見せる。
時間がないだの、忙しいだの言っていた割には現れては言葉を交わしていく。
だからといって当然朱音の気持ちに変化の兆しが表れるはずもなく、寧ろ彼の話では追いつめられる一方だった。
反論できるところは幾度が反論したが、切れ者の彼に見事にすべて打ち返され、よくて引き分けが続くような状況だった。
また最低限の歓待はしてくれるらしく、食事などは出してくれるのだが、手がつくはずもない。そんな生活を数日続けるうちに気力が削られているのは流石に朱音自身にもわかった。さらにここで目を覚ましてから警戒心のせいで一睡もしてないのが大きな痛手となっている。
このままでは、また自分は駄目になってしまう。
もっとも恐れるのはそれだった。
「君は実に面白い歪んだ性格をしている。まぁそれなりの過去と経験を積んできたせいだろうけどね、お姫様」
「……ひめ、じゃない…!」
てっきり武田軍に戻ってきた頃から調べられたのだと思っていたのだが、竹中はそれ以上の、さらに前―――おそらく少女の経歴全てを調べきっていた。
戦場をちょろちょろ動き回っていたため、確かにその気になれば尻尾は掴みやすかったのかもしれない。
露見したのは、自分は前田家にもかかわりがあるということ。また、誰かを傷つけてしまいそうで、心が締め付けられる。
「僕たちの元で働かないかい?」
…今、なんて言った、この人。
鈍く暗い視線で朱音は竹中を睨んだ。
その様子にすらもう慣れたのだろう、竹中は気にせず要点を伝える。
「純粋に君の実力を評価したためだよ、あ、その極端な気力もね。僕と渡り合った時は余計なことを考えていたみたいだし、本来の戦闘能力については調べた報告から把握しているつもりだよ。随分な荒削りな戦い方のようだが、ここで教え込めば優秀な兵になれるんじゃないかとね」
「…応じるとでも」
「そう。君には、からくり人形みたいになれる才能があるからね」
『からくり』『人形』
「簡単に言えば、君が戦うのには芯の通った、君自身が信じ守り戦うだけの理由があればいい。つまり君にとっての正義がここ、豊臣になればいいということさ」
「一度決定してしまえば、ただひたすらにそれを信じ実行することしかできなくなる。修正したいのならばまた一から壊して作り直さなければいけない。まるで君はからくりだね」
答えられない。反論できない。
それは、的確な分析であったが故。
「別にそれが悪いことだとは言ってないよ。事実そんな人間はひどくまっすぐで綺麗だ。………一度、彼に会わせてみたいものだね。
今、君は考える方向が間違っているんだよ。それを正せば、君の人生は正しく生まれ変わるだろう」
彼曰く正す。武田とも前田とも縁を切って、豊臣に従うこと…。彼の本当の狙いはこのことなのかもしれない。
しかし、豊臣の方針は知らずとも武田に偵察を放つような軍勢だ。少なくとも武田と敵対するつもりなのは明らかだ。
受け入れるはずがない。
「……仮にそれができたとしても、お察しの通り、わたしは、自分の考えを改めるのには多くの時間が必要です。十年以上さまよって、記憶をなくして、ようやくです。そんな時間や手間がかかるとしたら、あなたは惜しみそうですが」
「確かに僕には時間がない。だからこそだよ。より優秀な人材を逃したくはない。君には一先ず武力を期待したいんだ。知力は……見る限りではまだまだだし」
何を言っている。
時間がないから、力と智を求める…?
どうして…?
いや、今は…それよりも…
手足の感覚が鈍く、消えていく
「……ゆきむらたちは、まちがってなんか、いない…」
「………漸く限界が来たかい?」
前が見えない。目は開いているはずなのに目の前の竹中すら霞む。身体が傾きだしている。
いけない。眠ってはいけない。今ここで意識が途切れてしまえば、次は、どうなっているか…!
「四日間、本当に一睡もしていなかったのかい?食事にも手を付けないで。人間らしいことしないと本当にからくりになるよ。…死ぬよ」
「………っ」
「僕としては、このまま判断力を鈍らせて何もかもわからなくなって、豊臣に従う選択をしてくれてもいいんだけどね」
「………だれ、が…」
「なら、まずは君がするべきことをすればいい」
聞こえない、神経を尖らせようとしてもこれ以上何も聞こえない。
敵の前でこんなになるなんて、最悪だ。
瞼すら操れなくなった少女はついに意識を手放した。
「………僕の代わりになるかもしれない者が、僕より先に死んでは話にならないだろう」
盲信的に生きる人間。その究極の形が目の前に倒れている彼女と≪彼≫だろう。この者たちは、盲目になる代わりに誰よりも一生懸命になって生きている。
おかげで自分の指針だけは見失わずに済むのだ。
まっすぐに生きる人間は、そばで見ているだけでも己の迷いも躊躇いも消し去ってくれる。
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