15.息吹き
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「思った以上に騒がしいなぁ。どうしようか」
「……」
「お、やっぱり緊張してるのか」
「していない」
『ギュインギュイン』
「では入ろうか」
「いや、今は…人が、多すぎる…」
「そんな事言ったって、これからもっと増えるかもしれないぞ?じきに独眼竜たちも来る頃合いだろうし、秀吉公たちも会いに来るかもしれない。まさか日を改めるつもりか?」
「……」
「いつ行っても同じなのだ!よし!もう熱が下がったのだから行こう!思い切り飛び込もう!」
『ギュギューン!』
「待て!か、勝手に腕を引くなこの馬鹿…ッ!」
*
雨は止み、生を選んだ魂は現を目指す。
瀕死に陥る度に彼岸を食い止める役割を果たす存在は子ども染みた笑顔で見送ってくれた。できれば今度こそ、もう顔を会わせることがないように、そんな意図も弧を描いた口元に添えられて。
そして、自ら選んだ末に見送った、長らくの再会を少しだけ惜しむ気持ちも、確かに在った。
「……父上、」
『よくがんばったね、___』
呟いた声に、はじまりの愛しい声がどこからともなく応えた。
慌てて視線を彷徨わせるが声の主は見えない。
……それでも、褒めてもらえた。そんな漠然とした安心感がボロボロの胸を癒していく。
「……うん、がんばったでしょう。わたし、いっぱい、いっぱい、がんばりました。だから、どうか……」
もう少しだけ、見守っていてね、父上。
『―――――――いい加減親離れしろ、ガキ』
……って、え?
*
失礼するぞ!と、元気な声と共に再び襖が開け放たれると一気に彼らが雪崩れ込んできた。
彼らをそれぞれ知る者達がそれぞれに名を口にする。
「家康!」
「徳川か、」
「本多も居るじゃねぇか!?それに…」
「―――隼人殿!……茹蛸のように顔が赤くなっておられまするが…、」
羞恥から赤面している事を指摘された隼人…忠朝は恨めしそうに己の腕をがっちり掴んだままの家康を睨む。家康は忠朝より低い背丈だが、容赦のない筋肉による拘束と共にどこまでも楽しそうにニコニコ笑むばかりだ。
抗議をしたところで今はまともに取り合わないだろうと察した忠朝は恐る恐る、いよいよ目的の彼女へ視線を向けた。
が、
「申し訳ござらぬ、朱音は先程まで幼子を寝かしつけており…」
「そのまま自分も寝ちまったんだよ」
「……」
待望の再会にもかかわらず実妹は眠りこけていた。またしても。
「あんだけはしゃいでたふねを寝かしつけるなんざ流石だな。よっぽど慣れてるんだな」
「これも、放浪の旅で身に付けた経験だろうな」
大人しく眠ったふねは父親であるオヤジが別室で寝かせる為に連れて行った。つまり親子と入れ違うように徳川一派がやって来ていたのだ。
「……で、勿論起こすよな忠朝、今度こそ。な?」
『ギュギュン』
唖然としていた忠朝の脇腹を肘でつついてみせた徳川主従。つつかれた兄の眉間には深い深い不快の皺が刻まれた。
「戦乱は今は停止しておりまする、隼人殿。きっと彼女も貴殿を待っておられまする」
しゃん、と背筋を伸ばした幸村がそっと傍で眠る朱音を掌で示した。
いつの間にか忠朝以外の面々が温かい雰囲気で見守る空間になっていた。
「空気読んで、退席してもらいたいのだが…」
「それは否でござる!」
「だってぇ…ねぇ、」
「ああ、面白そうだしよ!」
「反応が見物だな」
「まさか儂らにも席を外してほしいのか!?」
『ギュン!?』
「そうだと言ってるだろ…!」
「まぁまぁ恥ずかしがるなよ、忠朝!さぁ行った行った!」
「~~~ッ、覚えてろ…!」
結局、観衆の笑顔の威圧に折れた忠朝はついに足を進めた。
若干硬さのある動きで朱音の傍らで膝を折るとその頬を手で軽く叩いた。それから耳元に口を寄せると誰にも聞こえない声で、呼んだ。
――――それは、置き去りにした本当の名前。
「……ちちうえ、?」
「いい加減親離れしろ、ガキ」
「…だって、今、ちちうえがわたしを…、――――――ッ!?」
薄眼でうわごとを呟いていた小さな頭を今一度微々たる力で叩くと、瞳が大きく見開かれた。
「は、はやと、あにうえ…、なのですか…!?」
一見鉄面皮の表情のままだが、忠朝はゆっくりと、深く頷いた。あの頃と変わらない瞳で真っ直ぐに、射抜くようにじっと見つめた。
「……っ!」
震えた吐息を吐き出した朱音は精一杯右手を伸ばした。記憶の中よりずっと大きくなった両手が右手を受け止めた。
「……遅くなった、すまない」
それは、ここ数日だけではない。もっと、もっと遥か昔。鮮烈でありながら古くなりつつある記憶に準じている。
「今、戻った」
「お、かえりなさい…あにうえ…!」
言いたかった言葉。もう伝えられないと思っていた言葉。
やっといえた。やっと、いえた。
「……弱虫。また泣くか」
「…ばか、おばか!あにうえが…っおばかぁああああぁあぁぁ…!」
「真似しているつもりか、ばかが」
意地悪な言葉と裏腹に声色はひどく素直だった。強く、優しく握った掌に忠朝は顔を深く埋め表情を隠した。
面影を色濃く残す姿は人目も憚らず大粒の涙を流し、再会を喜び続けた。