15.息吹き
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「ならぬなものはならぬぞ」
「お暇です。つまんないです。寝てばかりです」
「それでもまだ安静にしていなくてはならぬ」
あからさまに頬を膨らませた朱音の"らしさ"に思わず表情をほころばせると、更にむくれてしまった。
甲斐に戻り二週間ほどたったが、未だ朱音は上体を起こす事すらままならないでいる。辛うじて肋骨が痛まない程度に脚をばたつかせる程度だ。
目を覚ましてからは一週間ほどの時が過ぎ、近頃は彼女の寝返りの介助をすることの楽しさまで覚えつつある幸村はどちらかというと恋慕以上に親心に近い何かを抱いた節がある。何をしても可愛らしく映るらしく、つまるところ親バカのような感覚だ。
つん、と。つい悪戯心でむくれた頬をつつくと露骨に眉間の皺を寄せられてしまった。
「楽しんでいますね、幸村」
「うむ」
「わたしは楽しくありません!」
良い意味で我が儘になった彼女の柔い反抗が幸村の淡い加虐心をくすぐる。その気になれば誰よりも凌駕し圧してみせるほどの実力を持つ者とは思えぬ程、素直な反応を見せる彼女のアンバランスな気性も惹きつけられる一因だ。
濁る事のなかった純粋な瞳。幼さを残す顔立ちと小さな体躯に包まれた、獰猛なる意志と絶対的な実力。それが剥がれた先の素は、稚児さながらの甘えんぼな本質。
(これほどに惹きつけられている。放っておけようものか)
様々な側面をもつ相手に惹かれるものは勿論多々ある。この先ずっと、きっといつになっても飽きはしない。そんな彼女が己を目指して生きて帰ってきてくれた事を光栄にも思っていた。
そして、一生付き纏うであろう彼女の危うさの影。今は薄まりつつあるが完全に消える事はないだろう。きっと、取り留めた命を繋ぐためにはまた多くの人間の力が必要になる。
一日でも早くこの乱世を終わらせる事。恐らくそれが一番の手立てだ。
「やっぱりいじわるになった気がします、幸村」
「まことか、己ではわからぬゆえ」
「ずっと笑ってます!もういいです、はれんちっ」
「は、破廉恥はやめてくれ!」
多少痛みの緩和された身体を上手に使い、朱音は素早く右手で布団を掴むと自身の頭までをすっぽりと覆った。
拗ね方まで幼子のそれだな、とまた笑われていることには気づいているのかいないのか。
そうこうしていると、覆った布団越しの朱音の耳にもはっきりと複数の人物の足音が入り込んできた。
幸村に手伝ってもらい再び布団を首から下へかけ直してもらうと同時に部屋の襖が開けられた。
「朱音!またお客さんが来たよっ!って、あり?また来てたのかい幸村!」
「な…!貴殿の方こそ隙を見ては朱音の部屋に入り浸っているであろう!」
「ままま、俺のことはいいんだよ!」
琥珀色の長髪をゆらゆら揺らしながら襖から顔を見せた慶次は、今日とて朗らかな笑顔を浮かべていた。
対照的に幸村にとってはやはり多少の禍根の残る相手と認識しているせいか険しく眉間に皺を寄せていた。そんな幸村の憎々しげな言葉をあっさりと流した慶次は自分なりの幸村のあしらい方を心得つつあるのかもしれない。
「慶次、お客さまというのは…」
「そう、朱音もきっと会えて嬉しい奴だよ!」
部屋の外へ顔を向た慶次が手招きの仕草をすると、約一月ぶりの懐かしい人物がひょいと顔を出した。
「いよォ朱音!また死にかけたみてぇだが元気か!?」
「も、元親さま!」
片手に巨大な青魚を尻尾掴みした長曾我部元親が立っていた。かつて豊臣軍と戦をし、海中に要塞ごと沈められたと聞いていたが、見た所五体満足で愉快そうに笑って見せている。
「おうおう!あれくらいじゃあこの俺は死なねぇってんだ!海の男を舐めんじゃ」
「騒ぐなうるさいぞ元親」
部屋の中へ進みつつ、大声でハキハキと語る元親の後頭部が新たに現れた女性によって蹴飛ばされた。
「いってェだろがサヤカ!」
「床に伏せている相手に配慮した話し方をしろ」
「雑賀さま!」
「久しいな朱音。見舞いに来た」
やや大きめの壺を抱えた孫市が横たわる朱音に笑顔を向けた。
「遠路はるばる四国から紀伊から!朱音に会いにきてくれたんだって!」
「そんな、わざわざ…」
「いいんだよ!俺たちがしたいと思って来てんだ!この魚は土産だ!精のつくモン食って元気になれよ!」
「生のまま素手で持ってくるな、このからす。朱音、我らからはお前の好きな梅干しだ」
両名が持ち込んだものが見舞いの品であったとわかった。ところで朱音は特別梅干しが好きだと言った覚えはないのだが、どうやら雑賀荘で看病した孫市視点ではそう判断したらしい。
「すぐに食べるか?」
「え?」
「好きだろう、梅干し」
真顔だが、どこか世話焼きたそうな孫市のうずうずした雰囲気が感じられた。故に断る大した理由もなく、朱音を初め部屋にいる面々が早速梅干しを口に含んだ。
部屋にいる面々が一斉にシュボ~と顔をしぼめる中、孫市だけは満足そうに微笑んでいるという奇妙な顔芸大会が催されている最中、子ども特有の舌足らずな高い声色が再び部屋の外から聞こえてきた。
「とうちゃとうちゃ!ここだよねっ?」
「――――――……!…っ」
「あけるねー!」
「―――……っ…!」
「しゅっこー、ばーん!!」
幼子の話し相手は部屋から遠くにいるのだろう、子どもに何かを叫ぶ男性の声を余所に、開け放たれた襖の元には小さな女の子が立っていた。
「おお、来たか!ふね~」
「あいあい!ちかちゃま!」
「おうおう、ちかちゃまだぜ~」
部屋に飛び込んできた女の子は無邪気に声を弾ませると、元親に抱きかかえられ無邪気に手足をばたつかせている。
「…なんだか、朱音と似ておられる童だな」
「またからかおうとしてますね、幸村」
「いや、これは本心だ」
「俺もそう思うんだよ!目元とか癖っ毛な感じとか~」
「……なるほどな、」
唯一どこか納得したように頷いた孫市。
思い思いに話をしていると元親がふねと呼んだ子どもが朱音をゆび指していた。
「うい?そこのねーちゃ、寝てる!おねむなの?」
「ちげーよ、ふね。この嬢ちゃんは怪我で身体が起こせねぇんだよ」
「けが!じゃあとうちゃと、いっしょ?」
「おう一緒だ一緒。」
とうちゃ?と朱音と幸村が首を傾げると開け放たれたままの襖の外から先ほどの声の主と思われる男性が姿を見せた。
なんと、先に別れたと思っていた人物がそこにいた。
「……オヤジさん…っ!」
「…よっ、嬢ちゃん。ウチの娘が暴れちまってすまないな」
「おせーぞオヤジ、何してたんだよ」
「土壇場でふねが『厠ーッ』て…。連れて行ったのに済んだ途端オヤジは置いて行かれました」
「奔放に育っていてなによりだ!」
倒壊しゆく要塞で朱音を庇い救った彼も生きていた。富嶽の瓦礫に埋もれた時の怪我なのだろう。頭に包帯を巻き、左腕は骨折しているのか首から吊り下げているが表情は朗らかだった。
「こいつはオヤジの倅でふねっつーんだ」
「甲斐への見舞いについてくついてくって酷く駄々こねられちまってな、すまないな」
「オヤジさんの事が心配だったんだろ、な、ふねちゃん!」
「しんぱ?し~んぱだぜぇ!やろ~どもぉ~!かっはっはぁ!」
早速ふねと打ち解ける慶次が訊ねたが当人にはまだ言葉の意味がよくわかってないらしい。それでも楽しそうに豪快に笑ってみせ、一部にとっては懐かしさと共に場を和ませた。
「さながら瓜二つであるな…!なぁ、朱音!」
「、ぐぅ、いい加減にしてくださいゆきむら…!小さい子は皆あんな感じですきっと!」
「えー!それってもしかして朱音の記憶がなかった頃の話かい!?俺聞きたい!」
「私も興味がある」
「は?記憶無かった時期もあんのか!?どんだけ波乱万丈な人生送ってんだよ!」
言われてみれば確かに波乱しかない人生だ、とどこか他人事のようにぼんやり考える本人の傍らでまたしても慶次と幸村が口喧嘩をし始めた。
「慶次殿には教えとうない!」
「ああ!?なんでだよケチ!その時の朱音がかわいすぎて教えたくないってぇ!?」
「然様にござる!」
「まじかよ!」
珍しく幸村が主立って好き放題言い合っている傍ら、何を思ったのか、ふねが朱音の布団の中へ潜りこんできた。不用意に身体に触れてはいけないから離れるようにと、焦って叫ぶオヤジの声も聞きながら、身動きが取れないままの朱音にふねは寄り添った。
「いたいのいたいのとんでけーっ」
「……気遣ってくださるのですか、ありがとう」
「このおふとん、ぽかぽか!ふねもここでおねむする!」
「駄目だってぇのふね!こら、出て来い!」
「やんやぁ~!」
「お前寝相悪いだろが!」
「やぁ!おねむする!」
多くの来訪客。本日もまた騒がしくなる。
騒がしくて、こぼれる笑顔も絶えることはない。