15.息吹き
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過去を切り捨てるものでも、乗り越えて忘れ去るものでもない。
受け入れるもの、連れて行くものだ。
同じ過ちを繰り返さないためにも、その時の想いはずっと胸に留めておかなくてはならない。
「我は己の志を改める気はない。今のままでは日ノ本はいずれ外の国からの脅威に潰されるだけだ」
「……秀吉、それじゃあお前はまた…!」
「余計な迷いを生まぬ為に感情や執着を取り去り、力で内も外へも圧するつもりであったが」
「無理、だったね。僕も、君も」
自嘲的な笑みが浮かべられた。
現在この部屋で顔を合わせる三人は、かつては共に多くの時間を過ごした、友人たちである。時代の流れが彼らの関係を引き裂いた。憂いに囚われ、時に激怒し、敵対し、拒絶をしてきた。
「手段を違えたとは思わぬ。だが我では、それを全うできるだけの意思を保つことができなかった」
「それでいいんだよ。人が人らしくないことしてちゃ、無理が祟って当然だ」
「正確には人らしさが呼び戻されたんだよ、君たちによってね」
「へっ、半兵衛だって、散々秀吉に心配させて、その人らしさってやつを引きずり出してたって知ってるのかよ」
「な、僕が…?」
唖然とした半兵衛が慌てて隣の秀吉を見遣るが、秀吉は眉間に皺を寄せて目を閉じていた。実際死の際に瀕してなお正面から向かってきた彼女の姿に秀吉は半兵衛の生に苦しむ姿も投影されていたのだから、慶次の言ったことは真実だ。
小十郎と対峙で負った傷と共に、元より身体を蝕んでいた病によって死の間近にあった半兵衛は事態の阻害を目論んで現れたお市と小助によって回収され、甲斐へと連れていかれた。
「救命措置」とだけ告げられると、問答無用に一度は自身を嬲った謎の黒い手たちに身体中が包められ、数日間意識が朦朧とする中、死とはまた別の恐怖を体験していたわけだが、結果的に容体は回復してきている。
寝間着姿に羽織を被り、上体を起こしている彼のすぐ傍らに秀吉は腰を下ろしており、慶次はそんな二人と対面する位置に座っている。以前大坂城へ前田家当主として直談判しに来たときとは違い、今ここでは二人と近い距離で向き合うことができている。
「どうしてもって言うんなら、別のやり方を考えねぇとな。大変だねぇ」
「完全に他人事だね」
「そこまで思ってないけどさ。俺、自分も皆も楽しく暮らせる世の中じゃなきゃやだもん」
「………」
絶句する半兵衛。秀吉は呆れたように溜息をついた。
「それでも、そうした素の欲に近いほど、決意は揺れぬのだろうな、慶次」
「そりゃあそうだろ!えっへへー」
「あやつも、そうだったのだな」
「うん。あの子は戦場に介入して、自分の力で誰かを助けられる事で本当に喜んでた。大局も義務も大義も何にもない、ただそれだけを生きがいにしてた」
「ある意味、乱世の為に生きている子だね」
「そう。……人生と一緒に、感覚や物の見方も全部、全部狂わされちまったんだ。それでも、あの子は自分の願いだけは曲げることなくずっと持ってた」
「一切の躊躇いもなく、一心に信じていた。……敗して、当然だったのかもしれないな」
「俺だって本気でやって勝てる自信はないさ」
「思っていた以上に面倒で、厄介な子だったわけだね」
もう少し慎重に扱うべきだったかと、疲れたように息を吐いて半兵衛はゆっくりと首を振った。
「わかってしまうんだよ。ああいうのは受け入れたくなくとも理解できてしまう。……同じ人、だからね」
「いいじゃねぇか、それで」
「簡単に言ってくれる。それじゃあこれからの日ノ本はどうするんだい」
「難しい事考えないで、皆で力を合わせればいいんだよ。何をすればいいか決めて、もしそれが反対されるような事だったわかってもらえるまで話し合う!」
「全てが話し合いだけで解決するなら、初めからこの乱世に陥っていないよ」
「それはきっと話し合う事を途中で諦めちまったんだよ。相手に理解してもらえるまで何度も挑戦するんだ。それでも駄目だったら、その考えはきっとどこか間違っている」
無理を強いる事だとしたら、尚更皆の納得を得られなければならない。少しでもわだかまりを残して実行してしまえば、いつか軋轢へ変貌しかねない。
お互いが満足いくまで話し合い、信頼し合えてこそ、確固たる未来への指針が定められるはずなのだ。
「改めて聞けば、まこと、夢物語よな」
「でも大事だぜ。これが出来なきゃきっと乱世はいつまで経っても終わらねぇよ。何事も単純な基礎から!無茶を通せば転ぶに決まってるのさっ」
「じゃあ今の僕たちは、次に向けてまず何をすればいいんだい?」
その言葉を待っていた、といわんばかりに慶次が満面の笑みを浮かべた。怪訝そうな表情の半兵衛を余所に大きく踏ん反り返ってみせた。
「今がその絶好の機会なんだよ!」
「どういうことだい」
「この甲斐は、今沢山の武将たちが集まってるだろ!だから早速話し合って決めちまえばいいのさ!」
どこまでも陽気な態度で『人類皆笑顔になろうぜ計画』を語って見せる慶次はかつてと一切変わっていない気がした。それでも彼も愛した人を失い、友や、家族との衝突を経験している。経験した上で、尚も他人を信頼し、手を取り合う未来を求めているのだ。
それが、あの少女も命をかけて守ろうとした慶次の強さ。
己の行為を悔いてはいない。恥ずべき失態だったとも思わない。だが目的を果たす為に足りなかった何かは、きっと欠け落ちたものだ。不要なものだと見做していたものは、何よりも重要な物だったのかもしれない。慶次はそれを手放さなかった。だからこそ、彼女と共に武器を持たずとも自らの希望を抱き続けることができ、乱世の趨勢を大きく変えてみせたのだろう。
*
これで、武力の時代は終わらせるんだ。
言葉で心を通わせる事が証明できた、今しかない。
「だから、俺頑張るよ~朱音っ!」
「どうしましたか、慶次。とっても笑顔ですね」
「えっへへ、そうかい?だってさ!日ノ本や世界中の皆が武力を使う事なく、仲良くできたら皆も、朱音ももっともっと笑ってくれるだろ!」
「何かいいことがあったのですね」
「うん、秀吉と半兵衛と話してきたんだ。だから俺もっと頑張るよ!」
幼子のように声を弾ませてやってきた慶次から事情を聞いて朱音も安らかな笑みが浮かべられた。
それにしても『皆が仲良く』なんて、まさしく幼子染みた言い様にあの二人が応じた姿はいまいち朱音には想像が及ばず、小さく吹き出してしまった。
「慶次は本当にすごいですね」
「おうっ、もっともーっと、すごくなってやるよ!楽しみにしてておくれよ!」
「はい、お願いしますね」
「任せておくれよ!へへっ」
上機嫌な慶次の笑顔に朱音の温かい気持ちになった。心の底から喜び、未来へ意気込む姿は、本当にどこまでも無邪気だ。
一番最初に救ってもらえた相手が彼で良かったと、心からそう思った。