15.息吹き
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「お市せんせ、患者の容体はいかがでしょうか」
「そうね…今市が出来る事はあまりないみたいね」
「なんだってぇ!?どういうことですかせんせぇッ!」
「落ち着きなさい。大きな異常はないということよ。だから安静にしているだけで問題ないわ」
「お薬は出しますか?」
「……あの、お二人ともどうなさったのですか」
「お医者さんごっこよ」
「ちょっと練習してきたんだよ、ね、せんせ!」
「そうね、お月さまの助手さん」
最後に会ったのは二人と朱音が別行動を取る直前だった。小十郎と半兵衛を追うように頼まれた二人は見事に成し遂げ、大きな怪我もなく無事に帰って来ていた。
それからお市は死に瀕する半兵衛の救命措置に追われ朱音の所へ顔を出せずにいたのだが、今日やっと、久しぶりに小助と共に会うことができたのだ。それは勿論喜ばしいことなのだが、不思議なお医者さんごっこを唐突に始められ朱音は二人の意図をよく理解できなかった。
「演出。朱音が面白がってくれるかもって」
「どちらかというとびっくりしてしまいました」
「まぁそうだよねぇ。さっきの練習台のお方も最後までムッスリしてたもんね」
「練習台?」
「朱音のお兄さん。忠朝さんよ」
未だ会えずじまいの兄の名が出た。甲斐に見舞いに来たものの体調を崩して部屋で休んでいるという事は朱音も伝え聞いていたが、まさかそんな事になっていようとは。
「家康公や戦国最強は腹抱えて笑ってくれたんだけどなぁ」
「診察される忠朝さんがあまりにぶっきらぼうだったから」
「……お二人とも、ずるいです」
二人が先刻見たばかりの表情に限りなく近いものを晒す朱音。帰還から10日近く経つがまだまだ寝たきりのままから身体は動かせない。
「やっぱり兄妹ね。むくれ顔、そっくり」
「お市さまと小助は、わたしより先に兄上と会ったのですね」
「あらら、拗ねてる」
「わたしのところより、先に兄上の元へ行ったのですね…っ」
「あ、そっち!?」
「やったわ、助手さん、朱音が嫉妬してくれたわ」
「あ、本当だ!嬉しいね~せんせ!」
ふてくされを余所にお市と小助がハイタッチをした。
あからさまな朱音の甘えたを目の当たりにしたのは実はこれが初めてだったのだ。自らの志を目指し、その為の無理ならば幾度か聞いてきたが、彼女自身の為の我が儘を二人に言ってきたことはかつては殆どなかったのだ。
「うははー、かわいくなったねぇ朱音ちゃん!」
「慶次みたいな言い方しないでください、小助」
「たまたまなのよ、朱音のお部屋に行く途中に忠朝さんの部屋の前を通るから。朱音のお部屋、ちょっと遠くなったでしょう」
例のお館様の拳と吹き飛ばされたとある武将男児たちのせいである。襖も壁も壊れ流石に怪我人が養生する場に適さなくなり、今日から部屋が移されたのだ。昨晩の事情を知った、小鬼女中の怒りの満面笑顔に怖じ気づいたお館様の表情は暫く記憶に残るに違いない。
「で、通った時に若殿どのが暇そうにしてるって家康公に言われたから、練習に付き合ってもらったってわけ」
「あんなに周りに弄ばれてるお人だとは思わなかったわ」
「……そうなのですか?」
「徳川ではそうみたい。尾張でお見かけした時はとてもそんな風には見えなかったわ。もっと物静かで、落ち着いた人だと思っていたけど……、朱音とそっくりね」
「いじりがいがある?」
「そうそうっ」
「異議ありです…!」
「さて、診断結果に戻りますが…」
「はいはいせんせ」
「あの、ちょっと」
「市が主に診ていたのは朱音の婆娑羅の力のことなの」
諸々の不満はあるが今はその診断結果を聞くことにした。
《婆娑羅の力》。朱音がそれを知ったのは甲斐に戻り目を覚ましてからだった。半兵衛の看病で来られないお市の代わりに幸村と政宗が説明してくれた。
制御しきれない婆娑羅の力が、攻撃の威力の代償として朱音自身の生命を蝕んでいた、らしい。やはり自覚は一切していなかった。戦闘時はただ一心に相手を制し留める事ばかりに集中しており、自らが認識していない力が侵していただなんて思いもしなかった。
『まぁ実際、豊臣とのbattleの時は最終的にあの稲妻を使って立ってやがったしな、お前』
『己を浪費させる力であろうと、やはりそなたの意思に沿って発揮されていたものなのだな』
『流石の俺でもお前のアレは刺激が強すぎたぜ…』
『ど、どういう意味だ!政宗殿ッ!?』
『っせーな耳元で!そのまんまだよ深読みしたけりゃ勝手にしろ!』
それから取っ組み合いの喧嘩に発展していた所を各従者の二人が、騒ぐと鬼のような女中が制圧しに現れるからやめるように言い宥めていた。
「今はその婆娑羅の気配は殆どしない。だから前みたいに簡単には呼び起されないと思うわ」
「なるほど…」
「いい子にしていれば、すぐに良くなるって事。危ない力だけど、元々は朱音ちゃんの為の力なんだから」
そっと頷いた朱音の頭をお市のやわらかい指が撫でた。
「ありがとうございます、お市さま、小助」
「ううん。思っていた以上にボロボロになって帰ってきたけれど、朱音は朱音のままでいてくれて嬉しいわ」