14.想影
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怪我人の傍らで騒ぐでないわぁあああああ!と一喝。巨拳が幸村と慶次を掬い上げると一気に部屋の壁まで叩き付けた。
ボロボロと音を立てて二人の身体と壁が砕けて崩れた。
「しょうのない奴らじゃの」
「お館さま、」
「うむ、大分具合は良いようじゃの、朱音」
「朱音っ!某たちも来たぞ!」
「お久しゅうございまする、朱音」
「利家さま、まつさま…!お久しぶりです、」
来訪と同時に部屋で騒いでいた二人を襖ごと拳で吹き飛ばし悠然と入ってきたお館様の背から懐かしい二人の顔がひょっこり現れた。
以前、朱音は慶次とお市と共に前田の家に戻った先に、長く顔を見せに行けなかったことの詫びと、記憶をなくしている間に起こった事や自身の心の変化についても話した。次の旅に発つ際も最後まで気にかけてくれていた。そんな二人にもまた笑顔で再会できた。こんなに喜ばしい事はない。
襖も壁も壊れ、随分と風通しが良くなった部屋の真ん中で横たわる朱音と新たに訪れた三人が向き合う。
「大方の事情は慶次や武田様方に伺いました。よくぞ生きて帰ってきてくださいましたね」
「小田原城で進軍していた秀吉殿を止めてくれたんだってな」
「はい、慶次といっしょに…、」
お館様の渾身の一撃を受けた慶次は幸村と共に気絶しているようで名前を口にしても彼からの反応は返ってこなかった。
「慶次と秀吉殿は…また元のような仲になれるでしょうか、」
「秀吉さんは、次に慶次に会った時、どのように話すかは決めあぐねていた様子でした。でも、きっと、大丈夫です」
小田原城で豊臣の進軍を食い止め、朱音の命も留めた直後。慶次と政宗は朱音を甲斐に連れて行き、秀吉は全豊臣軍へ侵攻を停止するよう指示を届け、事態を治める為に一度大坂に引き返した。
『秀吉…、』
『…今は為すべき事が多い。その時が巡るまで、』
『……ああ、待ってるからな、秀吉』
静かに頷いた背中を慶次は見送った。
その後政宗と共に甲斐へ朱音を送り届けると、本来の用途とかけ離れた婆娑羅の力の行使により疲弊していた政宗はそのまま留まり小十郎と合流するまで身を休める事になり、慶次も一日だけ屋敷で休むと、加賀に残る利家とまつに事の此度の顛末を伝えに走った。
そこから数日経った今、慶次は二人と共に朱音を見舞うために再び甲斐に戻ってきたのである。
「慶次も、秀吉さんも、やさしい人だって、知ってましたから、」
穏やかな笑顔は身体の機能の一部を失った事になんら後悔を抱いていない事を窺わせた。
失ったものよりも得たものの方が何倍も大きく、何より尊きもの。そう受け取っていたからだ。
「心新たに出た旅はどうであったか、朱音」
「はい、大変な事もありましたが、目指したもの、出会えた人、その全てに意味があって、多くを学ぶ事ができました」
穏やかな深みを持つ瞳で見据えるお館様へ此度の旅の感想を述べる。思い返せば波乱しかなかった気もするが、だからこそのこの今がある。しがらみが解けた心で沢山の人々と接し、懐かしくも新しい刺激を幾度も受けた。
かつての自分とは異なる目的を持ったことで、踏み出すこともできた。そのおかげで過去を連れて、未来へ、自分の帰りを待つ人のところへ目指すことができた。
「そうか。では発つ前に決めた、お主の志は果たせたか?」
「はい、きっと、」
「お主の志がよもやこの日ノ本の趨勢を変えてしまうとはな。まっこと、大したものじゃな」
あくまで個人の意思に沿った行動であったためあまり自覚はしていなかったが、佐助も言っていたように慶次と共に秀吉に向かった朱音の行動は乱世の方向性を大きく変えた。あのまま止められていなければ政宗と秀吉が戦い、どちらが勝ったとしても乱戦は加速していただろう。殺し合いで決するのでなく、心ごとぶつかり、相手に響かせる事で戦乱の意思を削いだが故に、個人的な動機で偶発的だとしても、今はこうして日ノ本全土は一時的に流血の歴史を留めた。
「わたし一人のままでは、できない事ばかりでした。助けてくれた人や、力を貸してくれた人、見守ってくれる人に、待っていてくれる人がいてくださったからこそです」
「本当に変わったな、朱音」
「ええ、あなたの優しさが皆と分かち合えておりますね」
過去に縛られ、深く沈んでいた姿を知る前田夫妻は朱音の様子の変化に心打たれ安堵していた。
独りで生き続けていた魂は、確かに息を吹き返し、沢山の人と手を取り合って進めるようになったのだ。
「この次はどうするつもりじゃ」
長い休養に浸かる必要のある朱音に冗談めかしてお館様が訊ねたが、意外にも彼女は即答した。
「もっともっと、たくさんの場所に行きたいです。色んな人のこと、もっとたくさん知りたいです」
「まぁ、朱音。まるで慶次のような事を…!」
「慶次は、わたしのお師匠さんみたいなお人ですもの」
「護身術だけでなく、その生き様までもか!慶次も本望だろうなぁ!」
「……うぅ~…ってぇ、呼んだかい、利~…」
ちょうど慶次がぶつけた頭を擦りながら身体を起こした。気絶から目覚めたようだ。
「おはようございます、お師匠」
「ってなに、朱音、お師匠って俺のこと?」
「はい、またお外に旅に出る時はご一緒させてください」
「おお!?なんだいどうしたんだい!勿論いいよ!前田の家督はまた利に返そうと思ってたところだし!」
「「はぁ!?」」
ウキウキの笑顔であっさり家督の返還を宣言した慶次に利家とまつは面食らった。
構わず慶次は再び朱音の隣に這って戻ってくると、どっかり胡坐を掻いた。
「だって家主になると中々国を離れられないだろ?まだ俺遊んで暮らしたいんだもん!かわいい朱音からのご指名も入ったしねぇ~」
「え、いえ、そういうつもりで言ったわけでは…!」
「いいのいいの~、口実に使わせてもらうよ!」
「~慶次ッ!ほんにあなたと言う子はッ!」
ちゃらんぽらんな発言に耐えかねたまつの怒号が慶次の耳を劈いた。今にも耳をつねりかねない怒りの気配を察した慶次が慌てて回避すべく飛び上がった。
「やっべ、また来るよ朱音!逃げるが勝ちってねー!」
「待ちなさい慶次!」
ついさっき甲斐の虎の拳を受けたばかりだと言うのに、早速次の追手から逃げるべく駆け出した慶次はやはり他人と比べものにならないほど頑丈にできているようだ。すぐさま後を追って飛び出したまつに対し利家は楽しそうにあっけらかんとしている。
「…全く、どこまでもあいつらしいなぁ!」
「よろしいのですか、利家さま」
「ああ。慶次はあれでいいんだ!」
「朱音の奔放さは、確かにあの男譲りのようじゃの」
「んん!そうなのか、信玄公!」
「甲斐の屋敷に居た頃はそれはそれは…」
「お、お館様!あまりおかしなお話は…!」
記憶喪失の頃からはじまるある種の武勇伝に興味津々なのか利家がお館様の方へ身を乗り出した。それに応えるかのように昔語りをするかのようなしみじみとした面持ちでお館様は勝手に話し出そうとしていた。
「初対面の時は儂の兜の飾り毛をな…」
「いやぁ!!おやめくださいお館様ぁ!!」
「えぇ~、某聞きたいぞぉ」
「そのお話は駄目です!」
「ではひかりが申しておった、池の鯉を素手で掴んで…」
「それもいけません!」
「なんじゃ、旅から帰って我が儘になったのう、朱音」
「ほんとだ、やんちゃになったなぁ、朱音」
「そんな、それはお館様が…っ!」
やがて当たり所が悪く、慶次にやや遅れて目を覚ました幸村が目にしたのは、顔を真っ赤に染めて必死にお館様と利家に反論している、そんな感情豊かな表情をした朱音の姿だった。
寝ぼけ眼にもその姿はどこまでも愛らしくも微笑ましく映り、自分も加わりたい一心で幸村は身体を起こした。