14.想影
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戦乱は一時的に鎮まった日ノ本。それでも何故だか騒がしい日々が続く。
それはたくさんの人が、各地より会いに来てくれるから。それがこの上なく嬉しいのだ。
「まだならぬぞ、朱音」
「しかしいつまでも寝たままでは…」
また何日もずっと安静にしていたし、なんとなく痛みが弱まった気がして、上体を起こそうとしたら、世話焼きに成り果てた幸村に窘められた。膨れ面にむくれた声で応じていると騒がしい足音が部屋の外から割り込んできた。
「どこかのお子さんだったりして」
「朱音のようにやんちゃな足音でござる」
「…幸村、」
「なんだ?」
「じゃあわたし起きます。やんちゃですから」
「わかったわかった。すまぬ」
こんなやり取りをしている間にも足音は大きくなるばかり。どうやらこちらに向かっているらしい。来訪客だろうかと二人で襖の先を見詰めた。
「邪魔するよ、朱音!…って幸村もいるじゃねぇか!俺お邪魔だったかな!?」
「慶次!こんにちは」
《らしい》足音にある程度予想はついていたがやはり顔が見れると嬉しい。寝たきりでも朱音は表情を綻ばせた。対してすぐ隣の幸村は慶次の顔を見るや否や心底嫌そうな表情を浮かべたが、朱音に会えたことで頭がいっぱいになっている慶次には認識されなかった。
「目を覚ましてるって聞いて、いてもたってもいられなくてさ、甲斐の虎に挨拶してそのまま来ちまった!利とまつねえちゃんもすぐに来るぜ!」
「まぁ、お二人も甲斐に来てくださったのですね…!」
「おうよ!かわいい朱音に精をつけてもらおうと加賀からいっぱい食材も持ってきてるんだ!後でまつねえちゃんが炊事場借りて飯作ってくれるって!」
ずかずか部屋に入り横たわる身体の側にどっかり腰を降ろした慶次の満面の笑顔が伝染し朱音も朗らかな笑顔で応えた。
「甲斐にいる皆にも振舞えるくらいたくさん持ってきたから幸村達にも…って、どうしたんだい、幸村」
「……いえ、ナニゴトもござらぬ」
「…少し、怒っておいでですか?」
「怒ってなどおらぬ」
元より朱音の隣に座っていた幸村にお構いなく陣取るように鎮座した慶次に多少の不快感を覚えたらしい。共々嘘が吐けない性格故不機嫌オーラが全面に全力で醸し出されていた。
「もしかして嫉妬してる?ゆっきー」
「しておらぬッ!」
「あ、してるわコレ。ごめんごめんてー。でも俺だってずっと朱音の事心配だったし、ちょっとくらいさぁ…」
「慶次殿!しておらぬと!」
「えへへー、朱音ますますかわいくなったんじゃないかい?また雰囲気柔らかくなってぇ」
「気安く朱音の頭を撫でないでいただきたい!」
「もー、焼きもち焼きすぎだぞゆっきー」
「俺の頭も撫でるなぁッ!」
わさわさと両者の頭を愉快そうに撫でる慶次は満足げに笑んでいる。嫉妬、羞恥、不服諸々で顔面を真っ赤に染めた幸村は今にも慶次を殴り飛ばさんとする勢いだったので慌てて朱音が制止の声を上げた。
それすらも自分ではなく慶次に味方したと幸村は捉えたらしい。鬼のような形相で慶次を睨みつけながら低く唸っている。慶次は特に気にした様子もなく怒り狂う幸村の頭をぽんぽん叩くと朱音の方へ向き直った。
「顔色もだいぶいいね」
「みなさまのおかげです。慶次は…」
「俺の怪我はもう全然大丈夫!昔から怪我の治りは朱音よりはやかったろ!この通りさ!」
「よかったです、本当に」
「ありがとうよ、朱音もはやく元気になっておくれよ」
「はい。叱られない程度に頑張ります」
「よしよーしっ」
大きな掌の感触が今は心地よいと思える。それだけで朱音の過去が自身を苦しめるものから遠のいている事が感じられた。
慶次と共に笑えるようになった今がかつての心を閉ざしていた頃を融かしていく。
「慶次、ありがとう、助けてくれて」
「いや、今回は俺じゃなくて独眼竜で…」
「ううん、一番さいしょの時からです。あの大雨の中から、」
「……!」
「ほんとうに、今を生きていられることが、ほんとに…嬉しい」
「……な、ろく。俺さ、その笑顔が見たくて昔からずっとずっと……。やっと見られた……!」
気づけばお互いに目元を潤ませていた。すれ違っていた時間が共有できる軌跡になった。
長い長い時間をかけて 見て、聞いて、喧嘩もして、漸くここまで辿りついた。それを一番長く、心が近い場所で見守っていてくれたのはきっと慶次だ。
やや嫉妬に妬く幸村も場を読んで静かに二人を見守っている。
「――――その朱音が目指した相手が幸村なんだ」
突然己の名が呼ばれハッと顔を上げると、笑顔を浮かべたまま、少し、だが確かに悔しさを引く慶次と目が合った。
「わかってるんだろうな?」
「け、慶次、あまり幸村をからかわないで…!」
朱音は慶次の表情が見えない位置にいる。それゆえに今の言葉の意味をまた挑発でもしたと取り違えたようだ。
しかし幸村は慶次の意図は明確に理解できた。忠朝と同じく、彼女が心を砕いた相手が自分であるという事。そして、それゆえに彼女を託すという意味だ。背筋を伸ばして姿勢を正すと正面から慶次と向き合った。
「勿論、朱音の事は任せていただきたい。共に寄り添い、必ずや某が守ってみせ申す!」
「お、言ったな!」
決意は迷いなく言い放たれた。それ程に心内で強く決めていた事だったのだろう。
唖然とする朱音をよそに幸村と慶次が不敵に笑い合っている。告げられた言葉の意味を頭の中で必死で考えて、考えて、結論を出す。
「……家族、みたいに幸村が助けてくださる、ということですか…?」
「か、家族…!?きききき気が早うござる朱音!」
「いや…多分若干意味取り違えていると思うよ…」
慶次のいう通り、要は後見を申し出てくれた、という意味で朱音は解釈していた。行き場のない、根無しのどこ吹く風状態だった朱音を保護者のように正式に養う、といった感じで。
「そうじゃないよ朱音。それだったら前田のお家と一緒だろ?」
「違うのですか、」
「違うんじゃない?ねぇ幸村~」
つまりどういう事だと疑問を浮かべる朱音と、この上なく楽しそうにニタニタ笑いを押し殺している慶次が視界に入る。
「……ま、まだだ!お、俺がもっと精進し、ずっとずっと強くなった暁にッ!!」
「ええー!?今ここで言わないのかい!?期待したのに!」
「貴殿がいるが故にござる!!」
「人のせいにすんなよー!他の奴らに掻っ攫われても知らねぇからな!?」
「そんなことはさせぬッ!」
「どーだかね!」
「な、何者であろうとも決して譲らぬッッ!」
「だったら今言いなよ!」
「ぅぐ、その、それは…っ!」
けたたましい喧嘩が始まり、話は有耶無耶になった。いや、有耶無耶になってはいないが、《そういう事を言える雰囲気》ではすっかりなくなってしまった。
正しく状況を理解していない朱音が疑問符を浮かべながら見守る中、幸村と慶次の子どものような言い争いは前田夫婦とお館様が部屋を訪れるまで続いた。