14.想影
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以前にもあった時と同じ様に、今の甲斐の躑躅ヶ崎館には多くの武将達が滞在しており、これから更に集ってくるようだ。
屋敷は必然とそれぞれ別の地へ赴いていた身内の落ち合う場所になっていた。今の段階で既に身を置いているのは、養生の必要がある政宗と合流した小十郎。お市たちに強制的に連れて来られた半兵衛と付き添う秀吉、そして……
「結局儂らも来る事になったじゃないか、忠朝」
「……」
「ふてくされないでくれよ。自己管理を怠ったせいだろう」
無口が更に無口になった。極限まで寄せられた眉間の皺が更に更にギリギリと無理矢理に深められようとしている。
哀れに思ったのか家康の隣に膝を折っていた忠勝の指先が、横たわり布団に納まっている青年の眉間を優しく撫ぜた。そんな気遣い方では余計に皺が頑なになるばかりだ。
「来なくていいと、言っておいたはずだ」
「信玄公に呼ばれたのだ。熱心に見舞いに行き続けたものの、漸く妹君が目覚めた時に無理が祟って倒れたから助けに来てくれと。……どうせ、またろくに寝ていなかったんじゃないのか?」
『ぎゅるるるん』
「……うるさい!」
『ぎゅぎゅいん…』
「そうだなぁ忠勝、やはりふてくされてるな。熱なんて出したら会いに行けないに決まっているだろうに、」
相変わらず不器用だなぁ、と忠勝と顔を見合わせて家康がしょうがないやつだ言わんばかりに笑い和んでいる。
対照的に横たわる朱音の実兄、忠朝は心底不愉快そうに布団を頭から覆った。
薩摩の地に於いて島津軍と交戦していた矢先に豊臣本隊の進軍が留まったと報せが届き、勝敗が決する前に撤退する事になった。
その報せを届けに来た忍は派手な頭髪に迷彩模様の一風変わった装束を纏っていた。値踏みするかのように忠朝をじろじろ見つめた末、実妹の状況が告げられたのだ。
瀕死状態にあると伝えられ、表面上の冷静さも失せ、目に見えて動揺した忠朝に、家康はすぐに甲斐へ行く事を許可した。というより、妹と徳川軍との天秤にかけきれずに狼狽する様子を察して、そう命じた。
そんな懐の広い計らいだったはずが、当人の要領の悪さで間が悪く体調を崩してしまった。つまり、未だにこの兄妹はきちんと顔を合わせていないのだ。
「儂等の方が先に会えてしまうではないか。…せっかくだから今から行ってこようか、なぁ忠勝」
「……ッ!」
「冗談だよ、兄上殿」
長身を包める綿塊から殺意に近い低い唸りが漏れた。対して家康は尚も楽しそうに笑ってみせる。血の繋がりはなくても十年以上経て共に過ごした家族のような存在だ。その絆が今も綻びずに結びついていることに忠勝と共に喜びとして感じていた。
一方的に和んでいると部屋の襖が開けられた。
「ちはー、若殿どのー。お薬の時間でーす……って、わぁ!?」
「お!ありがとうな!お邪魔しているぞ」
来客が居るとはつゆ知らず。完全に油断していた状態で薬を届けに来た忍の少年は家康と忠勝の姿を見ると勢いよく身体を仰け反らせた。
「ほら、忠朝。薬が来たぞ。拗ねてないで布団から出てきてくれ」
「……」
「…またいじけてらっしゃるんですか」
「また?」
『ぎゅいん?』
「俺とお市ちゃんが初めに廊下で倒れてるこの方を見つけたんです。熱があったんで布団に押し込んだら、やめろやめろ会いにいかせろって暫く聞かなくて……」
やれやれーと首を振る金髪の少年も忠朝の気性を大分心得ているようだ。
ありありとその光景が浮かんだ家康と忠勝は思わず声を上げて笑い出した。
*
「そうですか、家康様も甲斐にいらっしゃったのですね」
「うむ。前田家の方々も今日明日にはここに着くそうだ」
「ほんとう、とても賑やかになりそうですね」
「俺も驚いている。大戦でもないというのに日ノ本中の武将が一同に会する事態になろうとは」
実兄が部屋でいじくり回されてる一方で、日中はある程度起きていられるようになるまで回復した朱音は幸村からこの甲斐に集まりつつある武将たちの話を聞かされていた。
「集う理由はそなたが繋いだのだ。やはりお見事にござるな」
肋骨が折れた身体はまだ意のままに動かす事はできない。それでも安らかな表情を浮かべる朱音の頭を幸村が優しく撫でた。
「痛みはどうだ?」
「大丈夫です。幸村が上手に寝返りさせてくれますから」
同じ姿勢のまま横になっていてはやがて体内の血液の循環に支障をきたす。それ防ぐ為に誰かが数時間置きに寝返り等で身体をほぐす必要があるのだが、いつの間にか通う頻度の高い幸村が、朱音が目覚めてからは医師に習い、行ってくれるようになったのだ。
自ら医師に申し出て身に付けた。最初は手つきは危うげで時間もかかっていたが、数日経つと、こうして一人で朱音に痛みを与えることもなく行えるようになるまで成長した。
「朱音を支える為に出来る事は身に付けておきたいのだ」
「……ありがとうございます、」
穏やかに礼を述べると不意に幸村が息を呑んで彼女を見詰めた。
どうしたのだろうかと疑問に思っていると幸村は朱音の右手を優しく取ると、その想いを音にした。
「本当に、心から笑んでいるな朱音。それが、何よりも嬉しいのだ」
温かい笑顔と共に伝えられた真っ直ぐな想いには、流石に朱音も赤面した。
「……ずっとそばにいてくれたから。信じてくれて、帰ってきてほしいと、……あなたが望んでくれたからですよ、幸村」
応える言葉を言うだけ言ったものの恥ずかしい思いは消えない。掛けられている布団の中に顔を埋めたくて仕方がなかったが自由の利かない身体はままならず、表情は全て目の前の幸村に披露してしまった。己の分まで恥ずかしがるかのような朱音の様子を見たお陰か、逆に幸村は落ち着いているようだ。
「お布団にもぐりたいです、幸村」
「否でござる、朱音」
「……なんだかいじわるです」
「そうか?」
どこまで意図的なのか、それとも無自覚なのか。少しばかり優越的な笑顔を浮かべる幸村に朱音は不覚にも翻弄された。