14.想影
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「……政宗の、声、聞こえました」
「Ah?」
「かってに、しぬなって」
婆娑羅の力も用いた、全身全霊の呼びかけは朱音に届いていた。一番にそれを確認できた政宗は安堵の笑みを浮かべてみせた。
心からの笑顔を向けられた朱音もつられるように目を細めた。
「ありがとうございました、」
「礼には及ばねぇよ、お前こそ、よく諦めなかった」
「はい…、また、お会いできてうれしいです」
「こっちがどんだけ待ったと思ってやがる、この」
叱るような口調でも温かみがある。うりうり、と指先で額を軽く捩り押され、朱音は甘やかされている気分になった。
「その笑顔で今まで待った分、ナシにしてやるよ」
「……どれくらい寝ていましたか?」
「真田と会った時点で5日だ。それからまた一日経ってる」
「寝すぎですね、ごめんなさい」
「それで回復するなら好きなだけ寝ておけ。そういや、お前まだウチの奥州来てねぇだろ」
治ったら真っ先に遊びに来いよ、と政宗の優しい声色が朱音の心を落ち着かせる。
「動けるようになるまで何ヶ月か掛かるだろうが、収穫の時期にでも遊びに来い。なぁ小十郎」
「なんと、政宗様と朱音も手伝っていただけると」
「そこまで言ってねぇよ。つーか俺は毎年手伝ってるだろうが」
それまで空気を読んで二人の会話に入らないようにしていた小十郎に振られたが、さっそく野菜の話題なので嬉々としている。
「おすそわけ、」
「覚えていたか。ちゃんとやるから来ると良い」
記憶の無かった頃に「奥州に来た時は野菜をお裾分けしてやる」と言われた事を思い出し、小十郎も同様に忘れていなかったようだ。
「次の行き先、今度こそ奥州です」
「ああ、ちゃんと治してからにしろよ」
「冬の奥州はとんでもなく冷えるぜ。半端な状態じゃマジで身体に障るからな」
「かほごです」
「前科持ちの癖に」
世話焼かせんなよ、と楽しそうに笑む政宗の人差し指が再び朱音の額を押した。
*
「会いたかったです」
「………そうか、」
訪れたものの、どう言葉を切り出せばいいのか迷っているようなので、先にそう伝えた。
ぎこちない声が返ってきた。彼の気配も居心地が悪そうにひどく乱れてしまっている。
「会いに来てくださったのは、これで二度目ですよね、秀吉さん」
「二度…?」
「大坂城の座敷牢で、わたしを助けてくださいました」
困惑を含んだ低い声が応えた。
対して完全なる無力になった朱音は話す相手への恐れを持たない。心からの信頼し、疑いの影は微塵も存在しない。そんなどこかどこか懐かしい眼差しが秀吉は眩しいと感じた。
「何故笑みを向ける。恨まぬのか。その怪我も、片腕を奪ったのも我なのだぞ」
「……秀吉さんと向き合う時にそんな感情は無用です。おねねさん程ではありませんが、私も少しは知っているつもりです」
眩しいと感じた理由がわかった。自らの手で殺めた彼女の意志をやはり朱音は継いでいたのだ。勿論生き写しと言える程のものではなく、彼女がねねの気持ちを時間をかけて理解し、受け入れただけの分だ。そう、ほんの一片。
「はじめてお話を聞いた時は、対話で争いを収めるなんてできるはずがないと、おねねさんの言葉を否定しました。けれどあれから今日まで出会った人達と触れ合うなかで、その言葉を…少しずつ信じたいと思ったんです」
「信じているわけではないのか」
「わたしは、誰よりも弱いので。でもやはりおねねさんの考え方が正しいと思うのです」
似ているようで似ていない。意図して真似て、演じたわけでもない。
「きっと最後にあなたの心へ届けられたのは、おねねさんの想いです」
衰えた身体に留まる命の音色は剥き出しのままに、どこまでも素直だ。故にその想いはあくまで影響を受けたもの。本物ではなく、残影にすぎない。
「……お前、初めから我の拳をその身で受け止める気でいたのか」
「……わかりません、夢中でしたから。でも今までのわたしは、こんなのしたことなかったです」
秀吉と対峙することで彼に纏わる記憶が巡り、必然として選んだ未来が、この現在だ。
「……結局、弱きに、過去に、我は負けたのか」
「勝ち負けじゃないです。置いていかないでください。弱さも、過去も、一緒に連れていってあげてください」
「受け入れろという事か。お前らしい考えだな、ろく」
自嘲染みた表情を浮かべた秀吉から、懐かしい気配を感じた。
目の前の彼は、漸くかつての姿を取り戻しつつあるようだ。
「置いて行かれるのはいやですよ、秀吉さん」
「………悪かった、ろく」
「慶次にも、ちゃんとお話してあげてくださいね」
「…そうだな。あやつも直に甲斐に来るそうだぞ」