13.終着
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「庇う為であろうと、貴様は力を奮う。この場で我を糾弾する資格はないぞ、ろく」
「……そうです、わたしは、弱いから、逃げたんで、す」
「何?」
「わたしは、慶次みたいに言葉や行動で争いを諌めることができると、信じきれなかった。だから、絶対的な武力を求めることへ、逃げました」
「朱音…」
立ち上がる為に力を入れればその分脆い身体は更に蝕まれる。意識の内になかろうと、それでも構うものかと、再び自らの脚で立ち上がった。
目的を果たせるのであれば、どんなに身を削られてもそれこそが本望というものだ。
「一番最初に助けてもらったのは優しさだったのに、それを信じきれなかったなんて…情けない、ですよね。でも、だからこそ……今は…、」
もういつ消えてもおかしくはない。誰もがそう彷彿とさせる立ち姿。支えてくれた彼を真似るように、武器を失った両手を広げてみせた。
「平和のために本当に必要なのは……慶次みたいな、優しい人。だからわたしは、力を使ってでも慶次を守ります…!」
これが、本当の意味で誰かを助けられない自分が選んだ道。
盾としてでもなんでもいい。慶次が生きるために自分を使えと、朱色の稲妻が背中越しに煌いた。
(マジで止まらねぇ気だな…!)
「そこまでだ、朱音!!」
稲妻の気配を読み、正真正銘の死の際に迫っても尚、一切退く様子のない朱音を止める為に政宗がついに駆け出した。
実際に、告げた言葉に説得力を伴わせるだけの生命力はもう朱音の中には残っていなかった。
これ以上その命を引き伸ばさない事だけが情けと察したのかもしれない。言葉は聞き入れられず、仕留める為の一撃が朱音へ飛ぶ。
「果たせるものなら果たしてみせよ!貴様等はここで粉砕する!」
もう拳も、どんな攻撃も受け止められる力はないことは流石に自覚していたが、それは『いつものように』留まる理由にはならなかった。
これが自分の戦い方だ。最後まで、燃え尽きるまで、全力の全力で相手を留める為だけに――――――――!
「――――――ちがうよ…!本当に優しいのは俺じゃない!」
守る代わりに、死を受け渡す一撃を受けようとする朱音の背中を慶次が抱きしめた。涙の交じった声が必死にこの場を諌めようと劈いた。
「みんなの為にって…!苦しいことも、辛いことも自分を犠牲にして背負ってきたお前たちの方だろッ!!」
秀吉の拳に接触する刹那、朱音の稲妻の威力が格段に跳ね上がり駆け寄ろうとした政宗も、0距離で抱きしめていた慶次ごと吹き飛ばした。
迫る拳。迫る小さな体躯。
そうして向き合ったのは、たったふたり。
砕けるような、乾いた音が聞こえた。
それは朱音が軋み、折れた音。
それでも、拳は受け止められていた。
今までで一番の威力の、殺すための拳は、小さな体躯の全てを駆使して包み込まれていた。
これには秀吉も驚かされた。よくて受け流す程度の事しかできなかった身体が、しっかりと拳に乗せられた全ての力をその身を焼く稲妻の力も借りつつ、受け止めていた。
瞳の中のおぼろげな光は、それでもまだ瞬いている。
(まだ、倒れるな、倒れるな、)
(伝えたい、伝えなきゃ……!)
「……憂う、こぶし…優しい、こころを……うけいれ、たい、」
「……な、何故、貴様がその言葉を…ッ!」
『あなたは本当に優しい人。だから離れたくない。どんな結末でも、私はその心を受け入れたい…!』
(きっと、おねねさん、なら……!)
家族もお家も失い心を閉ざしていた幼い姿の少女は時折彼女と話し込む時があった。
だから、きっとその気心は、彼女の思いは、ほんの一握りだとしても、目の前にいる少女に託されていたのかもしれない。
面影を纏う姿が、血の塊を吐きだして傾いた。
不測の衝撃が秀吉の身を襲う。また、己の拳で、崩れ折れたのだと。
「ね、ね……ッ!」
「ひ、で、よし……さ、」
そして、もう一人の姿が脳裏によぎる。
血を吐いて、噎せぶ身体を必死に抑えて、どこまでも自分と同じ夢を追いかけようと尽くしてくれた、友である彼の姿。
「半、兵衛…!」
この目に映るのはその末路なのか。弱きと罵ったものはどこまでも断ち切れないのか。それとも断ち斬った先がこうなるのか。
これが、選んだ道だというのか。
またこんな事がいつか巡るというのか。
全と個の括りも関係なく、同じ結末に行きつくのか。
この重く搔きむしられるような感情に、また、幾度も。
ならば、何の為に戦ってきたと言うのだ。
面影を抉った拳に伝う稲妻の気配が消えた。
反射的に秀吉は朱音の身体を支えた。
先程までの熱が嘘のように消え果ていた。
「――――朱音ッ!!」
拳を受け止める直前に朱音によって吹き飛ばされた慶次と政宗が駆け戻り、真っ先に慶次が秀吉に支えられたままの小さな身体の頬を両手で覆った。既に体温を失い始めている事に気づき血の気が引いていく。
「目を、目を、開けてくれよ、朱音…!嫌だよ…!なんで、一人で、こんな…!」
「しっかりしろ、朱音!」
『守る為に戦って死にたい』
それが幼い頃から根付いていた彼女の本望。望みは果たされた。ならば、もはや息を吹き返す意思は望めないのだろうか。
いいや、違う。と慶次はすぐに思い直した。
僅かにも残っているかもしれない可能性にかけて彼女の手を両手で握り、呼びかけ続ける。
「朱音!ここで死んじまったら、もう皆と会えなくなるじゃないか!利やまつねえちゃん、お市さんにも、あの忍くんにも!幸村や、甲斐の人達にだって!!」
返事はない。瞳は伏したまま。握り返されない手の重さだけが慶次に現実を教える。
それでも諦めたくない、と涙を流しながら尚も声をあげる。
「帰りたいって、言ってたじゃないか!生きてたお兄さんにだってまだ会えてないんだろ!?……だから、だから…ッ、!」
「…!、そうか…!」
慶次の言葉を聞いて政宗がそう呟くと、バチリ、蒼い稲妻を纏った。
眩い蒼い光はまさに本気と言える威力だ。
「貴様、何をして…ッ!」
「いいから朱音を俺に渡せ!」
面食らう秀吉と慶次をよそに言うが早く朱音を自分の元へ抱き寄せる。そのまま彼女の髪のほんの一部を括っていた細長い布紐をほどくと朱音の両手に握らせた。
(そうか、さっきみたいに朱音のお兄さんの髪結紐で…!)
彼女の持つ婆娑羅の力に近しい気配を持つ物体を通して政宗の稲妻で意識を呼び起こそうとしているのだろう。
これが実質の最終手段で間違いない。あとはこの稲妻に彼女が応えるかだ。
「頼むぜ、勝手に死んでんじゃねぇ……朱音!」
*
「一人でずっといたんですか、雨も冷たいのに」
こちらに背を向けて膝を抱えてしゃがんでいる胴着姿の癖っ毛の人物を見つけた。
声を掛けると彼女は振り返った。
「一人じゃないでござる。秀吉さんと慶次と政宗といたでござる」
いつも通り夢の舞台は父の最期を見つけた、この大雨の戦場だった。
視界の悪いぬかるんだ地面ばかりが広がる中、二人の自分だけが存在している。
「そなたこそ何をしてるのでござるか」
「わたしは……、えっと…」
立ち上がった彼女にそう言われてから、今まで何をしていたかを思い出せない事に気づいた。頭を押さえたがどうにも靄がかかったかのようにぼんやりとする、けれどよくわからないが何かやり遂げたという満足感だけが胸を満たしていた。
「まんぞく、でござるか。ならば、そなたはこれからどうするでござるか」
「え?」
「己をまんぞくさせたのなら望みはきっとおしまいしたでござる。どこに行きたいのでござるか」
「…どこに、」
「会いたいのは誰でござるか」
「…だれに、」
「ぜんぶ終わったのでござろう?」
「……ちちうえに、あいたい」
今度こそ、ずっと探してきた。
ずっと目指してきた、大好きなあの人に。