13.終着
夢小説設定
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「夢物語もいいところだよね、朱音ちゃんの存在って」
「……そうかもしれないわね。ほんとう、今を生きている事が、奇跡みたいな子だもの」
朱音に頼まれて大坂から更に西方を目指すお市と小助。竹中半兵衛を追う小十郎を止め、その命をも留めるべく、休む間も惜しみ手綱を操り駆けていく。先にお市の黒い腕たちが目的の位置の周辺の生命反応を探知し、それに沿って小助が従える梟を飛ばし、やがて梟が示した道を頼りに前進しているところだ。
そんな中で交わされるやり取りも、勿論彼女の話題だ。
「でも、夢物語でも朱音には皆を納得させられるだけの強さを持っているわ」
「その正体は、過去と戦闘技術。……結局、あの方自身を傷つけてきたものが、俺達を納得させる一番の理由になるのか、」
「普通なら過去は討ち勝って、乗り越えるもの、というところなのだろうけど……そうね、朱音の場合は…乗り越えるというより…、」
「―――!、お市ちゃん、あれ!」
小助が示した前方では、武装した人間が何人も見える。彼らの装いは緋の袷に漆黒の鎧、豊臣軍の兵士の色合いに相違ない。
途端にお市の腕たちが大きくざわめいた。どうやら豊臣兵士達の先に目的の人物がいる事を察知したようだ。
「竹中様がいるって。あの人垣の先に」
「…竜の右目の方は?」
「竹中様とは別の一際強い気迫の人がいるって……だから、その人がきっと、」
「りょーかい。さ、頑張ってやりますか!」
「ええ、」
言うが早く、お市の腕たちが一瞬の間に更に更に増幅した。数えきれない腕たちがお市を軸にどこまでもその黒い闇を拡大していく。
対照的に姉と同じ光の婆娑羅の力を持つ小助は群蛍達を身に纏う。数多の蛍火が闇の中でも二人の姿をはっきりと照らし出した。
状況の変遷。唐突に介入した強大な闇と蛍光の存在に気づいた豊臣兵達が慌てて武器を構えた。
「闇と光。普通は相反するものでも、意外と調和できるモンだね」
「きっと、同じ願いを持っているおかげね」
「そうだね、――――――――さあ、死にたくなけりゃあそこをどけ、豊臣!」
「お月様、行こう…!」
「おう!」
無限に展開する黒腕と、その中で瞬く無数の蛍火が 勢いよく飛び出した。
*
腰に携えた刀は引き抜かれる事無く、ただ拳をいなし、逸らす為だけに突き出したもの。
それでも、秀吉の拳は鞘越しであろうと容赦なく持ち主の朱音を吹き飛ばした。
「朱音ッ!!」
遠くへ飛ばされなかった分、強く身体を擦りむいた。地面に叩きつけられ、元親から与えられた装束が再び土に塗れるが今はそれに構う余裕はない。
手を付き上体を起こす。すぐに駆け寄って来た慶次に身体を支えられ何とか体勢を立て直したものの、既に今の一撃だけで息が上がっていた。やはり事は一筋縄には進むまい。
「力を否定する者の『力』など、たかが知れる。――――そんなことも理解せずこの場を預けた貴様の器をも容易に窺える」
秀吉の視線が対峙する二人の後ろに控える政宗を捉えた。対して政宗は何事もないかのように鼻で笑い飛ばして見せた。
「Ha!何とでもいいな。テメェこそ、そいつらを容易く倒せると思うなよ」
「何だと、」
「人を救い、導く力はただの武力だけじゃねぇ。……人を惹きつけ、誓う決意に応える言葉。それが作り出す結束もまた、確かな力だろ?」
なぁ、と二人へ不敵の笑みを送ると、強い頷きが返ってきた。
ボロボロの身体でも二人が政宗と交わす視線には『絶対に諦めない』という、不屈の意志が宿っている。
「freedomなこいつらを捻じ伏せたきゃ、力と名のつく物は全部使って、真向から心根まで全部ぶっ叩くくらいの気概を見せな!」
「貴様等……ッ!」
「―――――――なぁ、秀吉。お前に聞きたい事があるんだ」
朱音は動かないように、と手で制すると、慶次はふらつきながらも一歩ずつ踏みしめるように一人秀吉へ歩み寄る。
「ねね……、ねねの最期は、どんな様子だったんだ。……最期にお前に、何て言ったんだ。」
「………」
「答えてくれよ!それとも、俺に言えないくらい後ろめたい事だったのかよ、秀吉ッ!」
嘲笑や否定の言の葉が浴びせられる前に畳み掛けるように問い質す。朱音も無意識に胸元を手で押さえながら彼等をじっと見詰めた。
張りつめた緊張と静寂が周囲を支配する中、漸く秀吉の口が重く重く開かれた。
「……共に背負えなくて、すまない、と」
『共に背負えなくて、ごめんなさい』
ただの、一言だけ。あくまで無表情を装い淡々とするように口にした秀吉の内心を慶次はすぐに察した。だからこそ彼の代わりに泣きそうなくらい大きく表情を歪ませた。
『でも、きっとあなたは優しさを手放す事はできない』
『今だって、私の為に、あなたはそんな顔をしてくれるのだもの。だから、私は…』
「—―――――どうして、一緒に歩まなかったんだよ、秀吉…!」
「己への弱さに繋がるものを切り捨てねば、真の強さは得られぬが故だ」
「でもねねは!最期までお前を憎まなかった!ずっと、ずっとお前の事を愛していたんじゃないかッ!!」
「………、」
『――――ずっと、ずっと…愛しています』
「お前はどうなんだよ!お前は今でもねねの事を―――!」
「黙れッ!」
「黙らない、もう黙らねぇよ!逃げてねぇでちゃんと答えろよ!」
俯き全身を戦慄かせた秀吉の怒号が響き渡るが、慶次も引き下がるまいと更に歩みを進めた。
何年も跨いで袂を別った両者が漸く今向き合う。偽りを許さない空間で、慶次は秀吉の本心を引き出そうと必死に叫ぶ。
「過去は無かったことになんてできない!どんなに否定したって、覆る事も、忘れる事もできねぇんだ!いつまでも自分を誤魔化して苦しむより――――!」
「偽りなどではない!!我とて後悔する程度の覚悟であやつを殺めてなどおらぬッ!この弱き日ノ本の未来の為に、進む為に殺めたのだ!切り捨てる事で、揺るがぬ強さを得んが為!それが我の選んだ道よ!」
秀吉の片足が前に強く踏み出された。
話し合いはこれで終いだと言わんばかりに殺意の籠った視線が慶次を見据える。
それでも武力で争う意思はないと慶次は大きく両の掌を広げてみせた。
(慶次…!おねねさん、わたしは……!)
どちらも引かない。けれど秀吉の拳が振るわれれば、負傷している慶次は今度こそ無事では済まない。助け起こされた位置から動けないでいたが、焦燥を力に朱音もよろめきながらも立ち上がった。乱れたままの呼吸に朱い稲妻も呼応し、抑制は利かず不規則に閃光が全身に伝う。
「そんなのは人の生き方じゃない!俺たちは…!」
「くどいわ!貴様と等しく我を括るな!」
感情の渦を纏った拳が慶次に襲いかかった。
両手を広げたまま武器を持たぬ慶次が、それでも引くものかと全身を強張らせた。
強大な拳は鞘に収まったままの骸刀が遮った。そこから受け流す為に両腕で力の方向を逸そうとしたが、殺す為の拳は重すぎて叶いそうにない。ただの一太刀で受け続けていれば今にもこの鈍(なまくら)は砕けてしまうだろう。
「……いいえ、わたしたちは、おなじ、です…!」
「……ろく…ッ!」
「朱音…!」
バチリ、と脆い刀越しに稲妻の熱が秀吉に伝わる。しかしその熱は秀吉に危害を加える意図で放出されているわけではないと、不思議と察した。
一度朱雷を相殺した政宗にも彼女の意図が気配を伝ってくる。どこまでも純粋な祈りと共に。
(あの婆娑羅を使って、朱音は今立っていやがるのか…!)
全身を巡り、命を燃やす稲光を利用し自らの身体を支えていた。容赦なく己を削る事で対価を得る、どこまでも不器用ながらも実直な彼女の性質が窺えた。
奪われた過去と、今日まで自らの命を奪いながらも引き伸ばしてきた姿勢がそのまま婆娑羅の力に反映されたのだ。
「傷つけても、傷つけられても、殺しても、殺されても、おなじです――――わたしたちは、同じ『人』なんです!だから、諦めないで向き合えば……いつか…赦し合えるはず、だと、わたしは…!」
秀吉と視線がかち合うのと同時に骸刀は鞘ごと砕け散った。弾き飛ばされた身体は再び慶次が受け止めた。
(だめだ、)
(まだだ、まだ折れるな、力尽きるな!)
「朱音……ッ!」
肩で息をする朱音に纏われる婆娑羅の威力が一層強まった。そうでもしないと、本当に今にも尽きてしまいそうだった。
抱える慶次の手にも当人ほどでなくとも稲妻の気配が痛みを伴って伝ってくる。