13.終着
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「なんで俺を助けたんだ!」
叫ばれた嘆きは、かつて自分に向けられたものだった。
後に様々な者から度々投げかけられる事になるのだが、これはその初めての時だった。
戦場の隅で小さな小競り合いを、武力を以って諌めるほどには実力のついた頃。戦場を駆け回り始め、1年くらい経った頃だったと思う。
負傷し、敵に止めを刺されそうになっていた年若い男を助けた。気絶していたので戦線から遠ざけ、応急処置を施した頃に彼は目覚まし、一番にそう怒鳴った。
はじめは浴びせらせた言葉の意味がわからなかったが故に、生きて大切な人たちのところへ帰ればいいだけじゃないか、と深くは考えずに返した。
「武功も立てられず、こんな怪我までして帰った所で何になるんだ!まともに身体も動かせず、なんの役にも立たない、……こんなの、皆の足を引くだけだッ!」
彼の嘆きの意味を理解した少女は戦慄した。
この時代は戦で世の中の全てが回る。
戦場で功績を挙げ報酬を得てお家を養っていく。それができなくなればただの穀潰しになり果てるだけ。
命を救われた彼にとっては、まだろくと呼ばれていた朱音の行為は文字通り、無意味な阻害にしかならなかったのだ。
「そ、そんなこと、ないです……だって、死んでしまったら、大切な人たちには、もう会えないのです、から」
自らの行為が死別とは別の不幸をもたらした事に気づきながらも、怒号に吠える彼に怖気つつも、自身の中の芯に沿ってそれだけは辛うじて伝えた。
「お荷物になっても生き続けることは、その大切な人たちを苦しめるんだ!……結局死に向かわせるようなモンだ!」
「そ、そんな風に、思われてなんかいないはずです…!」
「思われずとも、それが現実なんだ……!……ッ、ぁ、あぁ、あぁああぁあぁぁ………!」
傷ついた身体が打ちひしがれるままに軋む。悔しさと恨めしさが涙になって、彼の動かぬ腕では拭えぬまま、無情にも地に落ちていく。
人の心は温かくとも、現実は冷酷だ。
その現実を変えたければ、もっとも嫌う武の絶対的な力を自らをも持つことが一番の近道だと考えた。だから少女も敢えてそれに染まったのだ。
そして、意味もない。
この力は振るっても本当の意味で誰かを救うことは出来やしない。わかっていても自身に出来る事はこの程度でしかない。
そう。結局は無力のままなのだ。
皆の背を見送ったあの時と、何も変わらないまま。彼の叫びと涙で、そう痛感した瞬間だった。
――――――――ならば、わたしはどうしてまだ生きているの。
それは、大好きな父親が『命は尊い』と常日頃から言っていたから。自ら命を絶たない理由はただそれだけ。
それだけだ。今この身体はその言葉だけで動いている。真っ当な意思なんて、きっと、もう、残ってなんかいない。
ならば、この心に宿るものは、宿る人は、何の為に。こんな中身のない意思で為そうなどと、とんだ思い上がりだった。
「……ごめん、なさい…」
「……なんでだよ、なんで……!お前が、謝るなよ……ッ!」
「でも、帰ってきてくれるあなたは、きっとだいじょうぶ、です。だから、」
「生きてください…、どうか、生きて、おねがい、です」
滴る彼の涙を篭手越しに拭い、悲痛の訴えには応えられずとも。
真剣に、時には歪ませた表情ながらも。彼に限らず自らが助けた人間には、必ずそう言い聞かせた。
*
「慶次、」
はっきりと相手の軍勢一人ひとりの目鼻立ちまで視認できる距離まで、この小田原の城へ迫ってきた。
最後の決戦が始まる。
一度、強制的に婆娑羅の力が引きずり出された程の大きな殺気の群れ。身に馴染んだはずの本物の殺気達を前に、知らず知らずの内に朱音は慶次の腰元の裾を握っていた。
朱音が怯えている。何に対してかは本人すらもわかっていないようだが、慶次は迷わずその手を取って、包み込むように握ってくれた。
「大丈夫だよ、一緒にやってみせよう」
「う、ん」
優しく言い聞かせるような声色に縋るように、少し不安そうに頷いた様子はさながら幼子だった。かつての多くの人間を拒絶していた頃を埋めるように、今は心からの信頼を慶次へ寄せている証だった。澄んだ瞳が少ない言葉の代わりにそう伝えていた。
そして、ついに対峙した。
城門をくぐり抜けたすぐ先に、碌な武器も持たぬ二人が阻むように立ち塞がり、後方には政宗と彼自身の軍勢が控えている。
明らかに異様な光景に目的の人物の声が一層低くなり、発された。
「………貴様ら、何のつもりだ」
「秀吉。俺はやっぱり、お前のしている事が正しいとは思えない!だから、止めてみせる、何度だって!」
大太刀を携えず、丸腰であろうとも慶次は堂々と秀吉を向き合う。刃を潰した脇差のみの朱音も射抜くかのように、真っ直ぐ彼を見つめた。
「秀吉さん、」
「我の行く手を阻む者は全て砕く。例外はもはや存在せぬぞ」
冷酷と化した視線が二人を刺す。大きな秀吉の掌が殺意を以て、固く硬く握り締められた。
それでも決して、二人は怯みはしない。
(ちゃんと、覚えているもの)
(絶対に逃げない、もう、諦めたりしない!)