12.送別と前進
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薩摩の地を襲撃した豊臣・毛利連合軍の侵攻は療養中にあった島津が参戦したことで、辛くも食い止められた。
しかし連合軍は撤退はせず、今も海を挟んで双方で睨みあっている状態だった。しかし数で圧倒していたはずの連合軍に不測の事態が発生した。指揮官である毛利元就が戦線を離脱したのだ。そのため連合軍の指揮系統は凍結状態に追い込まれていた。戦の最中であるに関わらず姿を消した敵軍の大将はどこへ向かったのだろうか。
「毛利どんは、おそらく豊臣にしかける気じゃ」
戦が始まった頃は日の出の時間であったが、現在は夕暮れに染まった薩摩の海岸。毛利元就の気性を知る島津が幸村に彼の者の戦略の推測を告げる。
「自国を守るだけのみでは、この乱世じゃいつかは大きな勢力に押し潰されるだけじゃ。あの毛利どんが同盟を組んだ豊臣はまさに強大な力。おそらく同盟という形をまやかしに、倒す腹積もりね」
「な、なんと…!ならば、毛利は初めから豊臣を裏切るつもりで同盟に応じていたと…!?」
「目的の為ならば、手段を選ばぬ男じゃ。そして、あの娘ば言っていた豊臣の軍師の事も考えると……」
「………豊臣も、毛利の裏切りを予期している。或いは豊臣も毛利を裏切るつもりで…?」
偽りの塊こそが、その同盟の正体と知り、実直な性格である幸村には想像もつかない頭脳戦の有様に思わず気が遠くなった。
幸村は嘘や偽りとは程遠い性格が故に、智将と呼ばれる彼らのやり方には納得できないし、将の器が問われようと彼らのやり方を解することはないだろうと、彼自身でも察した。
(けれど、朱音も…安土城を共に攻めた時の政宗殿も言っていた、先や目的の為ならばどんな非道も、行いも道理になり得ると)
絶対的な正解のないこの乱世。自らが定める道理を信じるしかない。それ以外に確かなものはありはしない。
拠り所は己の中にしっかりと持てなくては、先に進む事など出来はしないのだ。
「幸村どん、おまはんは毛利元就を止めんしゃい。厳島で失くした配下の代わりに、おいの兵達ば連れていくとええ。」
「島津殿!されど、それではこの地に留まる連合軍に太刀打ちする兵力が削がれてしまい申す!」
「餞(はなむけ)よ。おいの心配はいらん。この島津の示現の太刀ば、一騎当千じゃからの!」
怪我の癒えない身体でありながらもそう言い放ち、胸を拳で打ちながら笑い飛ばしてみせた。
それは己の軸を長く揺らぐ事無く持ち続け、戦い続けてきた猛者の証のように幸村の目に映った。
*
島津より預かった兵達と共に大坂の方角へ進軍していく。やがて播磨の地に差し掛かった頃に、毛利軍と思わしき一軍を目撃した。
「あれは…、長曾我部軍の富嶽…!いや、違う…?」
行軍には行軍であったが、移動要塞における進軍であった。
厳島で見た巨大な大要塞の面影を残したまま、その装甲の改変された事が見受けられた。どうやら敗した長曾我部の富嶽は毛利軍によって回収され、新兵器とすべく改造が施されたようだ。富嶽との最大の違いは要塞周りを円を描くように設置された無数の反射鏡で、煌々と輝いている。
(……恐らく、豊臣を制するため……天下をも制するためか…!)
様子を伺っていると、見計らったかのように大要塞が稼働した。よく見れば要塞の先には武装した集団の姿が確認できた。あれは毛利軍の味方か……それとも敵か。
反射鏡が旋回を始めた。それぞれが太陽の光を跳ね返し、無数の細い光が一点へと収束されていく。
幸村達からの角度では、収束先は朱塗りの建物にしか見えなかったが、やがて集まった光達が一層瞬くと、強烈な光線となって一気に照射された。
要塞の先にいた集団は、光線を浴び、その地面ごと悉く焼き尽くされ、死骸も骨も、何もかも消え去った。
「な、なんという…!?」
まさに自然界の力を用いた強力な殺戮兵器。一瞬にして影も形も残さず、葬り去った。
――――――――――それを止める事こそが、今の幸村の使命だ。
(何とする!斯様な武器を用いられては、日ノ本はたちまち焦土に……ッ!必ずや、俺がここで食い止めねば!)
そして、馬で駆けながら1人の少女へ想いを馳せる。
歪を取り込んだ上で太刀のように真っ直ぐな彼女の意志。きっと自らの目的を果たして己の元へ帰ってくる。ならば自身も彼女の標となれるよう必ず志を全うしてみせる。そう決意を噛み締めると、強く馬の腹を蹴った。
*
「豊臣本隊はまだ来ていねぇ。先回りは成功したみてぇだな」
休む間もなく全力で馬で駆け続け、ついにたどり着いた小田原の地。
多少の断崖はなんのそのと、平気で崖を飛び跨ぐ行軍に朱音は必死について行き、何とか命を保ったまま小田原の城まで到着する事ができた。
「な…なんて、無茶苦茶な近道を…っ」
「崖も急斜面も、後ろにもう一人乗せた上で全部ついて来れた奴が言うセリフじゃねぇぜ」
「………、」
「ご、ごめんよ、朱音」
先に馬を降りた慶次が、未だ馬上に跨ったままの朱音を降ろすために両腕を伸ばした。
肉体よりも精神の方に負担が来ていたため、抱えてくれた慶次の腕に、力なく体重を預ける他なかった。
しかし、
「へへぇーっ、朱音ちゃん高いたかー…――――って!あ、暴れない朱音!どうどう!」
「子ども扱いしないでとあれほどッ!」
隙をついて遊ぼうとしたら怒られた。まあ当然の結果である。
「慶次…、」
「ご、ごめんごめん!だってさぁ……!」
「色男の冠は返上した方がいいんじゃねぇか、風来坊。……おい、朱音、何だそれは」
呆れたようにため息を吐いた政宗だが、暴れたばかりの朱音の胸襟から細い布紐が垂れている事に気づいた。
懐から落ちそうになっていたその紐を朱音は慌てて大事そうに抱えた。
「少し古びているな」
「……これは、わたしの兄上のもので、」
「お守りかい?」
「はい。わたしの兄上、生きていらっしゃったそうです。けれど、まだわたしは会えていないから……次に会うまで、絶対にって」
彼女からの説明を受けて二人は小助からの文の内容を再び思い出す。
そこに記されていた、お市の腕達に兄の生存の証を託すように伝えられ、渡した品とはこれのことに違いない。その意は本当にただの気休めなのかもしれないし、あるいは…
「兄上なぁ……少し見せてくれねぇか」
「ま、政宗に、ですか」
「Ah?嫌か?」
「い、いいえ!……政宗は、兄上と少し似てると、記憶のない頃から、思っていたので……」
少し恥ずかしいのか後ろめたいのか、おずおずと告げながら彼女の兄の髪結い紐を政宗は受け取った。
掌に収めた途端、かすかではあるものの確かに朱音の婆娑羅の力とよく似た気配が感じ取れた。けれどこちらは危害を加えるような様子はない。それどころか、逆に…、
「せっかくだから身につけておけよ、朱音」
乱雑に広がる長い髪をこんな細い紐で一括れるような技量は政宗にはない。よって耳元の髪を僅かに取って束ねると巻きつけるように結び付けた。
「どうだ」
「あ、ありがとうございます…!」
「おお~かわいいねぇ!」
「け、慶次、からかわないで!」
「からかってないさ!本音だよ本音!」
結び終わってから気づいたが、慶次もずいぶんと派手に多方にはね広がる長髪だ。ならば彼にやらせればよかったか、と黙って見物していた慶次をジトリと睨んだが、本人はどこまでも楽しそうに笑っている。朱音の素直な反応を見られる事を純粋に心から喜んでいるようだ。
そして、そんな休息代わりのやり取りもつかの間に終わる。
遠方から多勢の足音が近づいてくる。確実にこちらへと向かって来ている。ならばこの軍勢の正体は、
「秀吉…!」
「違いねぇな、」
「…はい、……、」
「朱音?」
近いづいてくる敵軍。数多の戦意と殺意。身に馴染んだ感覚が今や凶器となって、確実に己を侵していく。
朱音から不自然に息を呑む声がして、視線を向けた途端、支えていた慶次の腕に衝撃が走った。
「―――ぐッ!?」
衝撃の正体は朱音の稲妻だ。彼女の身体から朱い閃光が幾重にも走っているのを初めて視認できた。しかし御者であるはずの本人の意識は途切れてしまっている。
「おい、何してやがる風来坊!」
「な、何も!し、しっかりしてくれ、朱音!ッ、」
戦の気配を感じ取った、ただそれだけだった。無数の戦意に呼応するように、またしても本人の意思に伴わず婆娑羅が発動してしまった。
御者を一番に蝕む朱い雷。朱い熱。豊臣軍本体も目の前に差し掛かっている。
「貸せ!」
慶次の腕から強引に朱音を奪い取ると、蒼い光と共に政宗も婆娑羅の力を纏う気配がした。
「ど、独眼竜…!」
「……駄目元だったが、抑えられそうだな」
蒼い稲妻が朱い稲妻を相殺している。正面から朱音をしゃがみ込みながら抱きしめるように支える政宗は安堵の表情を浮かべている。
「痛みはないのかい!?2人とも…!」
「俺の稲妻で抑えている間はな。……だが、」
先に不意打ちで受けた、激情した時の威力を懸念する。
これから起きる豊臣秀吉との対峙。その時、彼女を縊り殺すこの力はどうなってしまうのだろうか。
「朱音、しっかりしろ。果たしてぇ目的が、今、ここにあるんだろう」
朱雷の力が弱まって行くのを確認すると、政宗は顔を近づけ耳打ちするように告げた。
護るように優しい声が手放した意識を引きあげる。朱音の目蓋がゆっくりと開かれた。
「………、」
自分の身に何が起きたのか、何故身体が政宗に抱えられているのか。一切がわからず焦って周りを見回す朱音の頭に政宗の掌が添えられた。
「馬の移動で余程無理させたみてぇだな、Sorry.だが、もう奴は迫ってくるぜ、朱音」
「…は、はい!―――――政宗、あなたは……許してくださるのですか、」
「ん?」
「わたしと慶次が……秀吉さんを、かつてのようなお人に戻ってもらえるように、立ち会う事を」
話しながらしゃがんでいた身体を引き起こし、背を押すように手を添えてくれた政宗に疑問を抱いた朱音は訊ねた。
「……ンなつもりは、なかったんだがな。てめぇらより先に、俺はあの山猿をぶっ倒す気でいたぜ。なぁ、風来坊」
「独眼竜…、」
「―――――お前らにChanceをくれてやるよ、やれるモンなら、やってみせな」
背に添えられた手に押し出され、よろめいた朱音の足が止まった場所は慶次の隣だった。
慶次と互いに目を丸くさせて視線を交わした後、心の底からの笑みが、自然と浮かんだ。
「…きっと、やってみせます。ね、慶次」
「ああ!俺達二人でなら絶対できるさ、朱音!」
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