12.送別と前進
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「ねぇ、慶次」
「なんだい?」
「知っているのですか。なぜ秀吉さんがあの様に変わられてしまったのか…」
「……俺も、直接立ち会ったわけじゃないから確かな事は言えないんだけどさ、」
共に旅をはじめ、すぐに別れ、そして豊臣に捕えられ、再会した彼へ長く抱いていた疑問をついに慶次に訊いてみた。
戦う力を身に付け、前田領を離れるようになったが、それ以前はずっと慶次と秀吉は友人関係にあった。何かあったとすればその後に違いない。そして朱音は大阪で初めて出会った竹中半兵衛についても気になっていた。
「まず半兵衛はな、朱音が加賀を出た頃くらいに知り合ったんだ。それで三人で、…ねねも一緒につるんでた」
そこいらじゅうで喧嘩だの何だの暴れまわっていた慶次と秀吉を初めは咎めるつもりで現れた半兵衛だったが、結果的には二人の方へ引き寄せらせ、気づけば参謀係を担うようになっていた。作戦を練る人物が仲間になったことで、慶次たちは喧嘩の他にも、悪行退治まがいの、云わば正義の味方のように各地の暴挙や争いに介入し救ったりした。
しかしそんなお遊びの行為は砕かれた。
それは唐突に、秀吉は現実を叩きつけられた、らしい。
「―――っても、そんな現実で生きる事を目指してた朱音からしたら、本当に幼いのは俺達の方だったかもな、」
「なにがあったのですか、」
「秀吉は勝てなかったんだ。強い力を持った悪さをしていた奴に。多分、それがきっかけで、自分は弱くて、今の日ノ本は荒んでると考えて………日ノ本を悪い連中から守って、正す為には弱いままじゃいけないって、思うようになったらしいんだ」
(わたしと、少し似ている……秀吉さん…、)
「……でも、どうして、こんな」
「朱音はすぐ目の前にいる人たちを助ける為にだろ。秀吉は……目の前の人よりも日ノ本という国を根本から変える為に、力を望んだ。最終的に外国からの敵に備えられる武力を、今は目指しているんだと」
個の願いで始まりながら全に的を絞り、その為に個を犠牲にするやり方を選んだ。
大元である日ノ本を改めれば個人も最後は救われる。そう考えたのだろう。
夢見た次の時代の為に、今はその為の犠牲を重ねる時期であると。
「多くの他人をも巻き込む程、その決意は固いのでしょうね」
「……ああ、きっと」
「でもわたしは、それでも今の秀吉さんは嫌です。負けたくありません、諦めたくありません。あの人は、あの頃の優しさを、まだ持っています」
「……怒らせちまうかもしれないけどさ、朱音。どうしてそこまで言い切れるんだい?」
少し前まで―――記憶を失うまで、他人への関わりと、信頼というものを殆ど持ち合わせていなかったはずの少女があまりにも堂々と言い切る様子に違和感を覚えた慶次が問いかけた。
それを待っていた、と言わんばかりに朱音#の顔に力強い笑みが浮かんだ。
「竹中様の独断であったとはいえ、捕えられていたわたしをかつての秀吉さんとして、逃がしてくださいました」
「えっ!?……今の、あの秀吉が、朱音を助けていたのかい!?」
小助からの文には記されていなかった情報に慶次は驚愕した。慶次単独でもつい先日、秀吉と一対一で話し合いをする機会があったが、その際は、かつての面影を感じられるような様子は一切見受けられなかったというのに。
その情報は喜ばしいものには違いないのだが、何故自分ではなく朱音に対してだったのかが分からないようだ。
「情、な………あの山猿が奥州の摺上原に攻めて来た時も、それに似た素振りを見せていたかもな」
それまで二人の会話を黙って聞いていた政宗が、秀吉と渡り合った際の出来事を話し出した。
「情けねぇ話だが、俺はその時は気絶しちまっていたから、部下たちが言っていた事だ。だが確かにアイツはこの俺にトドメを刺さず、奥州を取り損ねた」
サシで奥州を賭けて競り合っていたものの政宗が後れを取った。秀吉は伊達軍を追いつめたもにも拘わらず、政宗の命を奪うことなく撤退した。
秀吉との勝負に敗れ、気を失った政宗を護ろうと、必死に大勢の政宗の部下達が覆いかぶさるように庇い、盾として歯を喰いしばったが、巨大な拳は振るわれることなく、去って行った。
「真意はわからねぇがな。あくまで可能性の一片とでも思っておけ」
「はい、ありがとうございます、政宗」
「結局あんただって俺達の味方してくれるんだな、独眼竜!ありがとうよ!」
「………この、お祭り野郎どもが…」
あくまで素直に受け止める二人に対し、政宗の方が気後れしたのか、間が空いた後に、それだけ返した。
この時勢に似つかわしくないとも、或いは何よりも相応しいとも取れる二人の純粋さ。それもまた乱世の産物と呼べるものであるのかもしれない。この時代だからこそ、その純粋さは一際輝き、他者の気を引く力があるのだろう。
現に慶次も朱音も自然と人々の心を惹きつける力を有している。やり方や思考、捉え方に差はあれど、二人の大元の信念も一致している。
このまま共に小田原へ進軍すれば、決戦時は二人によって無粋な介入をされることは現段階でも十分に予想がついている。けれど、そんな彼らに余計な、寧ろ行動を助長させるような事実を教えた政宗。何故自分は思わずそうしてしまったのかと、鈍い溜め息をついた。
(………そうか。俺は見てみてぇのかもな。こんな心の底から、人の善を肯定する奴らが、あの豊臣とどう対峙するのか、)
現実的な理想ではないと蔑む一方で、彼らを信じてみたいという思いに、気づけば政宗すらも影響されつつあるようだ。
信念を疑わずに、前進する。ただそれだけ。単純にして何よりも強かな思いが、音無き音として、数多の人の心に響き渡って行く。
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