12.送別と前進
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二人と別れ、小田原を目指す伊達軍に伴い、朱音は慶次を乗せて彼の馬に跨り行軍している。先の豊臣軍の進軍を単身で妨ごうとして負傷した慶次の状態で一人で馬を繰るのは危険だと判断したためであり、手綱も朱音が繰る。
一頭の馬に二人掛けてることで、馬への負担も増えてしまう。その上毎度のこと伊達軍は猛スピードで進軍するため、並走するにはかなりの技術と集中力が要されるが、今のところは何とかペースについて行くことができている。
「……はい、独眼流。あの忍くんからの文」
朱音の後ろで一通り文に目を通した慶次が政宗の馬の隣に並ぶように頼み、政宗にそれを手渡した。
尋常でないほど表情を曇らせた慶次の気持ちが声色にも映され、低く沈んでいた。
「何ですか、それは?」
ひそかに小助から手渡された事を知らない朱音が興味深そうに問いかけるが素直に答えるわけにはいかない。
「男同士にしかわからねぇ世界の文だ」
咄嗟とは言え、多方面に対し様々な誤解を招きそうな方便を使った政宗が今度は文に目を通した。
「Hu-n……最高にCoolじゃねぇか!なぁ朱音!」
慶次とは対照的に政宗は不適に笑って見せた。
事情も知らぬまま話を振られた当人はもちろん困惑する。
「ちょッ独眼流!駄目だって…!」
「何が書いてあるのですか」
「It`s secret!」
「し、しぐれ…?」
愉快そうに笑い飛ばす政宗からまたしても南蛮語が繰り出され、ますますわけがわからなくなった朱音。
「……わからないこと、沢山あります。記憶が無くなった時みたいです」
表情を見ずとも声色でその顔が膨れているのがわかる。
慌てて慶次が宥めようと謝るが、だったら教えろと更に機嫌を損ねてしまった。
「Sorry,朱音。他にわからねえっていやあ……竹中が何で秀吉と別行動しているか、とかもか?」
「…確かにそうですね、『あき』は大坂より西…の場所なのですよね」
「……朱音、もしかしてさっきの話の流れで推測したのかい?まだ地名に疎い…?」
「お恥ずかしながら…」
「大坂より西であってるぜ。竹中は毛利軍が作り変えた移動要塞を横取りしに向かってるんだとよ」
上手く話題を逸らした。朱音の反応を拾いどちらにせよ彼女が把握していない事実について政宗が流れるように説明しだす。彼も小十郎から伝え聞いた内容なのだが、おかげで小助からの文への意識は逸らすことができた。
そして移動要塞という単語に案の定朱音が食いついた。
「……日ノ本の西側の人々はからくりを用いた戦が常なのでしょうか」
「いいや。毛利の要塞はもともと長曾我部軍が作って、豊臣に壊されたのを回収して新たに作り直した物なんだよ」
「元親様、の……まさか、富嶽」
「なんだ、西海の鬼…元親の事も知ってたのか」
驚いたような反応を示す政宗だが、先ほど朱音が小助たちと合流してからの出来事を細やかに記された文を読んでいるために、彼女が長曾我部軍に身を置いたことも実は知っているのだ。
自然なままに朱音の推察の可能性を削いでいく政宗の巧みさに、見守る慶次の表情が思わず引き攣った。
「元親様と秀吉さんの戦の時に、わたしもその富嶽に乗っていたんです」
「なるほどな。で、その要塞は毛利に改造された挙句、今度は豊臣に没収されるってわけだ」
「……あ、れ?」
「どうしたんだい?」
「あの、最南端の薩摩で、幸村達に豊臣と毛利は同盟国だと聞いていたのですが…」
どうやら人の話はきちんと聞いていたようで同盟国の所有物を奪う意図に疑問を持った。それまで流れの外にいた存在が、徐々に正確に現在の日ノ本の勢力図を把握しつつあるようだ。そう、状況を知り、彼女は明確に関与し始めているのだ。
「うん……豊臣の軍師は半兵衛だし、毛利さんはあの毛利さんだし…」
「曲者策士同士、同盟組んだとしても、最終的に裏切る腹積もりだったんだよ」
「言葉にするとほんとに酷いな…朱音絶句してる…」
「しょうがねぇだろ。先を見据えてこそ、非道も道理の内に組み込まれるのがこの乱世だ」
良し悪しの個人的な判断は置いておいて、裏切りもこの時代では当たり前に起きる行為である。恐らく竹中にも、毛利にも相手の裏切りを見越した対策は打っていることだろうが、まさに頭脳派同士による腹の探り合いだ。
「うちの小十郎は要塞云々じゃなく、竹中に受けた借りを返しにそっちを追いかけた」
「借り、ですか」
「奥州から誘拐されて、暫く大坂で竹中に監禁された上に豊臣に寝返れってしつこく誘われてたんだよ、あいつ」
「…………んん?」
とてつもないデジャヴだ。迫真の勢いで顔をしかめる朱音に事情を知る二人は彼女に見えないように苦笑した。
逆に、彼女も一時期軟禁されていたことで竹中が死期迫る己の代わりに豊臣を支えていく人材を本気で探していたことを察した。軍の戦略方針というより、あくまで竹中個人が必要に迫られ行った私情だったに違いない。
「俺の右目が従うはずもねぇのにな……だが、お前の言っている事が正しければ、強引な行動にも頷けなくもねぇ」
「病……」
「なあ、もし自分がじきに死ぬとわかったら、お前はどうする、朱音」
(―――ちょっと、全然隠す気ないでしょ独眼竜!どんだけ強引に踏み込んでるの!)
ちょうどいい話題が出たのをいいことに、竹中の様に自覚はなかれど死期を突き付けられている朱音に政宗はストレートに訊ねた。
当然慶次がうろたえるのだが、政宗からすれば露骨にそうした反応を表に出す方がよっぽど悟られやすいだろうにと冷ややかな視線を送る。
そんな二人のやり取りには気づかないまま、少しの間思案していた朱音がやがて口を開いた。
「……今更、特別な事をしようとは思いません。お家を失った時から、死は常に頭の中にあったと思います。きっとわたしは、常に死を意識して戦ってきました」
つまり真に死期が近づいたとしてもそれを理由に戦闘を拒み、生を望む姿勢は望めない。やはり、死を加速させる彼女の婆娑羅の力については告げない方がいいのだろう。
そう判断しかけたが次の言葉が二人の認識を揺るがせた。
「でも、わたし……この朱音は……生きて、帰って、皆にまた会いたいという意思もあるんです。……優劣のつけられない、二つの異なる思いがこの胸に、確かにあります」
他人を護る為に命を捨てる覚悟で全力で戦う事を厭わない意思。
出会った人々と共に生きる事を望む意思。
どちらも彼女の中で人として当然とする考えであり、双方が上手く交じる事はない。未熟者であるがゆえ、どちらかひとつを極端に徹底することしかできないのだ。元々は唯の非力な人の身に過ぎない彼女が人並み以上の強さを求めた代償だった。
剥き出しの生に心が締め付けられるような痛々しさを覚えたが、慶次は目の前で馬を操る朱音の腰元に優しく腕を回した。
「朱音、俺達二人で頑張ればきっと秀吉はわかってくれる。半兵衛もお市さんと忍くんがきっと止めてくれる。だから、一緒に帰ろうな」
「………うん。ありがとう、慶次」
返した朱音の声色は穏やかだった。
「あ、そうだ。元親や長曾我部の連中、生きてるぞ。俺があいつらと出会ったのは豊臣に敗れた後だ」
「え!?」
「つーかさっきまで俺等と一緒になって行軍してた。小十郎の情報で、生き残っていたあいつの部下がまだ大坂城に居るって知ったらそっちへ行ったぜ」
「そ、そんな、どうやって…!?」
秀吉の拳で富嶽ごと海に沈められたと聞いていた。生存していた事は喜ばしいが、流石に突拍子がなさすぎると驚愕した。
それでも生きていればまた会えるのだと安堵の息が自然と漏れた。
会いたい人が、どんどん増えていく。
確かにこの命は今も鼓動を打っている。
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