11.信じること
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「お祭り野郎をholdしながら他の野郎への熱烈な宣言をするなんざ、相変わらずめちゃくちゃな奴だな」
新たに聞こえた声。久しい声色に振り向くとそこには伊達政宗が軍勢を率いて腕を組んで立っていた。
「おれアイツきらい」
それまで黙って朱音と慶次を見守っていた小助が心底嫌そうにお市に耳打ちした。
「照れないの、お月さま」
「照れてないよ!?」
「聞こえてるぜ金髪忍。」
それはともかくと。政宗は慶次を抱える朱音の隣で片膝を折った。
「Long time no see,朱音」
「ろく、鯛、のろし…?」
「そうこなくちゃな。久しぶりって意味だ」
意味が分からないと知っていて敢えて英語を使った政宗は予想通りの反応に楽しげに朱音の頭に手を乗せた。
その瞬間、かすかによぎった。記憶を無くしていた頃、朱音は無意識に政宗の吊り上がる目元を兄と重ねていた事があった。
(兄上にもまだ会ってない……わたしだって、まだしにたくない)
「独眼竜……あんたも、小田原に行くのかい?」
朱音の腕に支えられる慶次が呻くように訊ねる。
政宗は特に気にした風もなく、淡々と答えた。
「ったりめーだ。こんなトコで伸びてる手前が何をしようとしたか、何を考えているのかは大体わかる。……どうやら、豊臣秀吉も俺が思った通りの人物だったってこともな」
その隻眼が慶次と朱音を容赦なく睨みつけた。
「俺は天下を目指しているんだ。進むぜ」
その言葉を聞いた途端、反射的に朱音は元の場所へ慶次を寝かせると、政宗の前に立つと両手を広げた。
沈黙したままただ手を広げた表情は強張りながらも確かな意志を持っていた。
「…悪いが、お前に命を救われた時と今は状況が違う。これは譲れねぇよ、朱音」
「わたしも、譲りません。秀吉さんは昔からの、私にとっても大事なお人です」
「なるほどな。変わらずの強情、一々面白いな」
笑みを浮かべるものの、政宗は本気だ。
小田原を制する事が豊臣の天下への王手に繋がってしまう事が明確な以上、豊臣軍本隊の到着よりも先回りする必要がある。先手を急ぐ以上、留まる道理も、譲る道理もありはしない。
そして立ち塞がる一人の少女。
その傍らに本当なら同じように憚っていたであろう慶次の姿まで政宗はありありと想像できた。
「甘っちょろい考えは、もう捨てなきゃいけねぇ状況だ」
「それでも、信じます」
「何が根拠だ。あの山猿が今更止まる確信があるとでもいうのか」
「………覚えていますから」
「過去の姿か。お前からしたら十分だろうな。だが、」
政宗に歩み寄られていく朱音の面持は険しい。ここで軍を率いてまで豊臣を討つ目的を持つ政宗を引き留める理由には全く足りていない事は自覚できていた。
けれど。それでも、諦めたくない。
何を使ってでも、どんな状況でも、わずかな可能性が残っているのなら、諦めることはしたくない。
―――――どうしたら、どうしたら為せる…!
いつよりも強い意志に、その力が呼応した。引き摺られるように再びその気配が纏われた。
「…!だめ、朱音…!」
一早く気づいたお市が声を上げたが、甲斐なく政宗の手が朱音の身体へ伸びる。
肩に指が触れた途端、強い電撃が伝った。
不意打ちにしても威力のありすぎる朱音の婆娑羅の力に政宗は反射的に手を放し、一歩後ずさった。
一方、力の自覚がない朱音は政宗の行動に不思議そうな表情をしていたがすぐにまた警戒心を強めた。
(雷の婆娑羅………俺と同じか。けれど、何だ?まるで、生命力をそのままぶつけられたかのような、この熱…)
本人ではなく側にいるお市と小助の取り乱しようから察するに、どうやらただの婆娑羅ではない事を理解した政宗は再び小さな背を見据える。
「諦めたくありません、小田原へはわたしが行きます。秀吉さんを止めてみせます」
全身で行く手を阻もうと大きく手を広げる少女の目は本気だ。
それ以上の目論見は何一つない。本当に、ただのそれだけの為に命を懸ける覚悟が備わっていた。
「……だったら、俺も、まだ諦めないよ」
豊臣軍を止める事が出来ず、全身の痛みに耐えながらも慶次がゆっくりと立ち上がってその隣へ立った。
「ごめん、ろくじゃなくて、朱音だね」
「ええ、わたしは朱音です」
「……お祭り野郎共が、」
大きくため息を吐いて、電撃を受けた左手を擦りながら政宗が呆れたように吐き捨てた。
それでも物怖じせず、朱音と慶次は真剣な顔つきで正面から政宗と向き合う。
「俺たちは本気だよ、独眼竜」
「これ以上は何も、望みません」
これ以上は何も望まない。自然な流れのままに告げられた言葉に慶次はハッとして朱音を見た。
パチリ、と感情に呼応する気配をこの時確かに感じ取った。
慶次と政宗の視線が交わった。先ほど不自然に身体を仰け反らせた真意は、この気配のせいだと確信した。
(生命を婆娑羅の力と直結させることで、本来以上の威力になる……けれど、同時に自身も浪費されていく。自覚がなくても、これが朱音が望んだ戦うための代償)
痛みを知る少女は己が傷つけるのと同じだけ、あるいはそれ以上のその重みを知る事を条件としていた。
「……朱音、だめよ。ちゃんと、帰って来なくちゃ…っ」
「……朱音ちゃん…」
お市と小助は尚も彼女の身を案じるが、もはやその思いは届かないのかもしれない。
敵対の意思はなく、己の意志を示すだけで引き摺り出された婆娑羅の力。つまりそれほどまでに今となっては朱音の意思と融合してしまっているのだろう。遠くない未来、いつ限界が来てもおかしくはない。
否。いつ、ではない。元々の限界は記憶がなくなる前からとうに迎えていたのだ。今の生きる姿は無理やり引き伸ばしているにすぎず、奇跡に近い。
それは幼い頃、何年も共に過ごした慶次も察していたし、自己を顧みず他人の為だけに自身を極端に酷使する様子を目の当たりにした政宗にもわかっていた。
このまま好きにさせていれば、彼女は燃え尽きる。
それほどに抱える目的の為に焦がれているのだと。
「……そうだな。それだけのpassionがあれば、あるいはあの猿にも届くかもな、」
「、政宗…!」
渋々、といった様子で政宗は背を向けてゆるく首を振りながら伊達の軍勢の方へ戻って行く。
「行くならはやくしな。竹中を目指している小十郎に後れを取っちまう」
許可も出た事で一安堵……といきたいところだが、竹中の名が出たことで再び緊張が走る。
自分の馬の方へ向かっていた政宗を慌てて追いかけた。
「政宗、小十郎様が竹中様を目指しているというのは…!?」
「…Ah…、話せば長くなるんだが、簡単に言えば落とし前をつけに行った。今頃大坂…安芸か、そっちの方へ向かっているはずだ」
一言にまとめられてしまった。一向に何がどうなっているのか把握できないが、わかる事はある。このままでは竹中は小十郎によって……
「……、待ってください!あの人は、竹中様は…!」
秀吉と半兵衛。どちらも討たれて欲しくない。当然言い淀んだ。そんな個人的すぎる願望を一国を背負う政宗にどう伝えればいいのかわからず朱音の視線が泳ぐ。
その気性を把握し、一連のやり取りも経た政宗は今更朱音が悩むまでもなく、その願いを察していた。しかし国主として勿論そんなものを受け入れられるはずもなく黙って馬に跨った。
それが今の世の習い。非道も道理になる。それどころか、何が非道で道理かも定かでない時代だ。
望む未来に変えたければ、自ら動き、挑む他ないのだ。
「……お市さま、小助」
「あら、そうくる?」
苦々しい表情で朱音は二人を見遣った。
申し訳なさそうに呼びかけると、察したように小助は軽い返事をし、お市は朱音以上に険しい表情を浮かべていた。
ここで朱音と別行動を取る事になってしまえば、万一…いや、これから確実に起こりうる事態に対応することができなくなる。
以前、朱音のしたいことを手伝う、とは言ったものの、流石にこんな頼みは承諾することはできない。
かといって朱音が譲歩する…竹中の命を諦める選択をする様子も想像つかないのだが。
「お願いします、お市さま」
「いやよ」
「お市さまと、腕(かいな)達なら、きっと竹中様を助けられますよね。わたしを休ませてくれた時のように…!」
休ませる、のではなく死に向かわせていた婆娑羅の反動の力を鎮めていただけにすぎないのだが。とはいえ確かに、婆娑羅の力が関係しておらずとも、その命が死の境界にあるのであれば繋ぎ止められる事は出来るのかもしれない。
「竹中様は病を患っています!それで、こんなに事を急いで、一気に各地に兵を進めているんです…!きっと、本当は…!」
死に近いのは朱音だって同じだ。そう告げたいが、やはり真実を知られる恐怖に阻まれる。
「お市さん、朱音なら今から俺がずっと一緒にいるから…!絶対に守るから!」
秀吉と共にやはり半兵衛にも思うことがあるのだろう。慶次も朱音と同じく、彼の救出をお市に頼み込んだ。
時は刻々と迫っている。これ以上立ち止まっていてはどちらにも間に合わなくなる。
「お市様!」
朱音が駆け寄って迷わずお市の手を取った。政宗に対して発された程ではないが、かすかな雷の流れをお市は感じ取った。
そんな事には気づかぬまま朱音は思いを真っ直ぐに伝える。
「諦めたくないんです…!ちゃんと成し遂げて、あの人の所に胸を張って――――――」
「―――――――帰りたいんです…!」
「朱音、ずるい」
どれだけ死に近づこうとも、喪失から根付いた意識に苛まれようとも、今を生きる意思はそれでも前を見ている。前に進もうとしている。
帰りたいという一言の重みがお市に確かに伝わった。
「……じゃあ、信じる。約束してね?」
「はい!ありがとうございます…っ!」
そっと手が優しいぬくもりに握り返された。
真っ直ぐに二人の視線が交わる。
「みんな、待ってるからね―――――行ってらっしゃい、朱音」
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