11.信じること
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「……さすがに無茶だよ、こんな…更に自分を追いつめるようなことは…」
生きた目。常日頃は暗く沈み、逸らされるばかりだった瞳が漸く自分を見つめてくれた。
しかしまさかこんな形で向き合われるとは思わなかった。望んでいた形とはあまりにもかけ離れていた為に予想出来なかった。
しかし彼女―――名前を殺した少女にとっては常々胸に抱えていた思いを口にした、待ち望んでいた瞬間であった。それまでは決して誰にも告げることなく内側で作り上げた目標をついに果たすために打ち明けたのだ。
「おねがいです、おしえてください、慶次」
少女が己の欲を明示する事は滅多になかった。生理的な欲求も薄れている身体と共に心の願いなるものも表面に現れることなどほぼ皆無だった。
だからこそ、もしもその心が開かれた時は応じたいと。そう思っていたのに。
「……ごめんな、ろく。それは、できないよ」
「どうしてですか…!?わたしが、弱いからですか!女で子どもだからですか!……こんな、弱いのは…いらないからですか!?」
「な、泣かないでくれ、ろく…!でも、ろくに戦い方を教えるなんて……一体、何の為に…」
「――――――もっと、たくさんいるから!」
いつも通りの泣き虫を宥める為に膝を折って視線を合わせるが、涙を流しながらもその目はかつてない程に少女の意志が溢れ出していた。
「いくさばで、死んじゃうひとも!取り残されて、泣くひとも……もっとたくさんいます!おねがいです…!」
「――――だれかを護る力がほしいんです!」
肩を支えた慶次の腕を逆に強く握り返すと更に力強い瞳で彼を睨みつけるように言い放った。
これ以上の欲は何もない、何も望まない。これが唯一の望みだ。そう言わんばかりに今まで封じられてきた少女の思いが容赦なくぶつけられた。
(たくさん泣いてた)
(自分が弱いことを知ってて、ずっとずっと泣いてた)
(だけど、ろくは諦めなかった)
(だからきっと、今でこそ大きな力を持っているんだ…………持ってしまったんだ、)
*
「最近、姿を見ないな」
世間話を切り出すかのようなタイミングで聞かれた事はきっと先ほどから何度も間を見計らっていたに違いない。
さり気ない風を装い、その様子を気にかけていたのだろう。訊ねられれば、素直に答える他なかった。
「………ついに、出ていっちまった」
「お前はそれでよかったのか、」
「最初に戦い方を教えることになった時から言ってるけどさ………それを止めたら、いよいよ、消えちまいそうな気がして、」
「………」
「俺を殴っていいぜ、秀吉。……正直、俺よりも仲良かっただろ、あの子と」
青く晴れた空の下。肩を並べて会話する二人。
話題は先日ついに数年の間世話になっていた前田の屋敷を、目的を果たすためと、出て行った少女についてだった。
「……他人の事を誰よりも気にかけられるあやつは、それに徹する事にしたのか。意味の無いものになろうとも。これからの人生、全てを」
「……きっと、それくらいの覚悟してると思う」
「もう帰っては来ないのか」
「いいや、無理やり約束させた。せめて一年に一回は加賀に戻れって。教えた授業料代わりにって」
「ひどいこじつけだな」
「全くだ」
「……はやく帰ってくるといいな。ねねも寂しがる」
「……本当にな、―――――ろく…」
*
気づけば皆変わっちまうんだ。
時代の流れに流されて道筋を歪められたり。
無力さに気づいて大事なものを切り捨ててまで進もうとしたり。
どうしてだ。
もっと、もっと、みんなが幸せに生きられる方法が、あるはずじゃないのか。
どうして俺は、何も変えられないんだ…!
ほら、また泣いている。ろくの泣き声だ。
なあ、俺は、どうしたら……どうしたら泣くのを止めてくれるんだい?
諦めたくはないんだ。どうしたら笑顔になってくれるんだい、ろく。
「慶次、けいじ…っ!やだ、いやだ…!目を、開けて!」
泣いている、俺の………為に…?
俺はろくに避けられていたはずなのに。そんな、そんなの今まで一度だって…どうして……?
――――俺、今、何をしているんだ?
「……ろ、……ろく…?」
こじ開けようとして気づく。俺の目蓋は閉じていたのだと。
なんだか今まで気絶していたかのような気怠さだ。異常に身体が重い。そんな重い身体はろくによって支えられていた。
視線がかち合うとろくは涙を流したまま安心したように笑顔を浮かべた。
「…よかった…、慶次…!」
「あれ……俺……、ここは…」
そうか、思い出した。
上杉軍の忍であるかすがちゃんから、秀吉が大坂を出陣して日ノ本の東西の境の小田原に向かう事を知って急いで馬を走らせた。
ねねが死んで、袂を別って、ずっと抱き続ける感情はやっぱり消えなくて。
今度こそ、伝えなきゃいけないんだ。
前田の当主として豊臣軍を纏めるあいつに《立場》で交渉するんじゃなくて、前田慶次が、秀吉へ、ちゃんと《一人の人として》互いの気持ちをぶつけなきゃいけないんだ。
そう思ったから、行軍するあいつの前に立ちふさがった。
力づくでも止めてやるつもりだった。
けれど俺は争う力はやっぱり嫌いだ。
喧嘩の為の大太刀は投げ捨てて、ただ、受け止める為の両腕を広げた。
必死に呼びかけた。
かつてのお前に戻ってくれと。共に過ごし、人の優しさと恋の温かみを知っているはずの、お前に。
「……俺、止められなかったんだ、秀吉を」
暫くの間…豊臣との戦に敗れる瞬間まで長曾我部軍に居たというのであれば、今の秀吉が日ノ本にとってどういった存在なのかきっとわかっているのだろう。
説得は失敗して、無数の人を乗せた馬に蹴飛ばされ、弾き飛ばされた。仰向けに倒れていた俺の身体をろくは抱き起すように支える力を黙って強め、顔を埋めた。
………かつてからは想像もつかなかった行動に驚きは隠せない。本当に、どうしてこんなに変わったのだろう。
「だいじょうぶ、俺、死んだりしないよ、」
肩震わせながら小さな身体は俺を力いっぱい抱きしめてくれる。痛みにこらえながらも安心させたくてかけた声は掠れてしまった。
「あのね、慶次、」
やがてろくが嗚咽を抑えて口を開いた。
ゆっくり胸元から顔を離し、再び交わった視線。
その瞳は、いつよりも強く、本当の意味で生きていた。
「わたし、秀吉さんを諦めたくないです」
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