11.信じること
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*
きらきらと陽の光を受けて輝く小さな粒。
こんなに小さくても綺麗だと心から思った。
だからこそ自分にはこんなものはふさわしくないと思った。
「いらない、いらないですったら…!」
「もー、またそれかよろく…。甘くておいしいんだよ、食べてみなよ」
過ぎし日の思い出。常に優しい心で接してくれた慶次には大いに救われていたものの、同時に彼に心を砕いた途端に消えてしまうのではないかと根拠もなく怯えていた。
喪失の過去から幼心を襲う恐怖も知ってか知らずか、その日は京に慶次に連れて行かれ、手に入れた飴を少女に食べさせられようとしていた。少女が小食であるのならば、小さな飴玉くらいなら食べてくれるかもしれないと思いついたのだ。
「なにもいりません、たべません…!」
優しければ優しい程、拒まなければいけないような感覚に陥っていた少女は目も合わせることなく土地勘もない大通りを一人で歩き出そうとしていた。流石にすぐに気づいて慶次は少女を取り押さえた。
いつも通りに、はなしてはなして、ともがく様子にため息を吐いてしまった。
「弱ったなぁ…こんなのずっと続けて、大きくなれないぞー、ろくー」
「……ッ」
「ほーら、ひとくちどうぞ、」
「……や〜〜〜ッ!!」
「ろく!どーどー!!」
様々な店が立ち並ぶ大通りの真ん中での攻防戦は当然数多の視線を招いていた。
「慶次か」
「おお!こんな所で会うとはな!」
注目の的になっていた二人の間に新しい人物が割り込んできた。どうやら慶次の知り合いらしい。
拒絶の為に固く目を瞑っていた少女は、訪れた彼を視界に入れると思わず身体が強張った。
「その童は…」
「そっか、お前と会うのは初めてだよな。紹介するよ、この子『ろく』っていって俺の友達」
「ろく…?」
「ほら、ろく。こっちのは俺の友達の秀吉だよ……って、あれ?」
「……怖がらせてしまったようだな」
秀吉、と紹介された彼の身体は慶次よりも大きくて筋肉質だった。怖い雰囲気はないものの、己とのあまりの体格差に驚いて少女は咄嗟に慶次の後ろに隠れてしまった。
「仲はいいのか、喧嘩しているのか思ったが…」
「そうなんだよー、ほんとはな!ってこら、逃げない!ろくっ!!」
(文字通り、盾代わりに使われているだけだな、慶次……)
*
それからも、少女と秀吉は慶次を通して幾度か顔を合わせていた。
すこしずつ慶次から少女の事情を聞く度に秀吉も、慶次と同じく心に深い傷を負ったままの少女を癒そうと努めてくれた。
実を言うとなんでも気持ちでごり押してくる慶次とは異なり、不器用ながらも自分なりのやり方でゆっくりと、確実に少女の痛みを知ろうとしていた秀吉の方が少女に近づけていたのだ。
「……慶次は見つけられそうか、ろく」
「……むずかしいです」
出会って一年程たった後の、とある夏祭りの夜。
いつものように渋る少女を無理やり連れだした慶次は待ち合わせしていた秀吉に合流すると気になる屋台があるっ、とだけ告げて走り出して行った。
それから半刻たっても帰ってこないため、少女と秀吉の二人で慶次を探すことにしたのだ。
おどおどしがちな少女が人混みに足を何度も取られそうになるのを見かねて、秀吉は彼女を肩車した。これならば見晴らしも良いし慶次の目にもつくはずだ。
「……俺の髪で遊ぶな、ろく」
「あ、その、もさもさ好きで…ごろうくんみたいで…」
ごろう、と言えば前田家の大熊・五郎丸のことなのだろう。微妙な気分になりつつも、秀吉は幾多にも連なる提灯の灯に照らされた道をゆっくりと歩を進める。
「動物たちには心を許しているのだな」
「………、」
「慶次は、いつもお前が心から笑むことができるようにと頑張っているぞ」
「……しって、ます…でも、」
ただ漠然と自らを襲う恐怖の形は誰にも告げられないでいた。どうしてなのかはわからない。
「けいじ、……、けいじ、は、いいひと、です」
それでも、決して嫌いで拒絶しているわけではない。それだけは、本人には告げられずとも慶次と親しい間柄の秀吉には伝えても良いと思った。
「けいじの、わらったお顔、あたたかいです。…けいじのこえ、げんきです。けいじは、やさしいひと、です」
慎重に、ゆっくりと。はじめて彼への想いを他人へ告げた。
「……思ったより親しんでいるな。あやつにそれを直接言う気はないのか?」
肩車されている状態で表情は見えないものの、秀吉もずっとずっと優しい声でそう返してくれた。
*
つんつん、と袖を引くが何の反応も返してくれない。
今度はもっと力を入れて引っ張りながらそちらを指すと、大きな掌が少女の頭を覆った。
「……やめよ、ろく」
「ですが…、もっとおねねさんと、一緒にいたかったのではないのですか、ひでよしさ、」
「~…ッ!」
「いたたっ」
言いかけた言葉を更に掌に力を入れて遮った秀吉の顔は真っ赤だった。
遠い視線の先では先程まで共にいた女性…ねねが途中まで送って行くと言った慶次がその隣を歩いている。
「ならば、お前も慶次に素直になったらどうだ」
「……やです」
「…俺も同じだ」
「…じゃあ、おねねさんと『したしく』なりたいと?」
「、ろく…ッ!」
「いたたっ」
色恋の概念がよくわかっていない少女の発言にはやや振り回され気味だったようだ。
*
おねねさんと一緒に居る時の秀吉さんはいつもお顔を真っ赤にしていた。
でも二人ともとても嬉しそうで、楽しそうで、見ているわたしも同じ気持ちだった。
そんな二人を見て慶次が時折ちょっぴり寂しそうな表情をしていたことが気がかりだったけども、今になって思い返せば、常日頃から呪文のように言っていた『恋』というものを慶次は…秀吉さんも、おねねさんにしていたのだろう。
だからこそ、その気持ちが妨げになると考えるようになった再会するまでの秀吉さんにどんな事があったのか、知りたいのだ。
「ねぇ、朱音、」
「いかがしましたか、お市さま。そんな笑顔で…」
「『恋』だって、どうして朱音はわかったの?」
薩摩の地を旅立ち、小田原へ向かったという秀吉を追う為に朱音はお市と小助と共に馬で駆けていく。
必然的に秀吉との関係を訊ねられ、幼き日々の思い出のように説明した。
「……どうしてでしょう、」
「朱音もその時の秀吉様や前田さんと同じ気持ちを抱えたということよね?」
「そうなのでしょうか…だとしたら…」
「相手は真田さん、よね?」
心底楽しそうにお市が笑むが対照的に朱音は首を捻る。そんな様子を、流石に鈍すぎるのではないかと小助が心配そうに見守っている。
「……そうなのでしょうか、」
「じゃあ前田さん?」
「うう〜…ん…?」
「じゃあ武田の緑の忍さん?」
「ええ〜…」
とぼけている訳ではなく、心底わからないといった様子の朱音にお市は思わず溜め息をついた。
二人の馬と並走する小助が様子を見かねて口を開く。
「朱音ちゃんはもうちょっと、戦事以外に興味を持つべきだね。何かないの?」
好きなものとか、食べたいもの、ただ純粋に好奇心で行きたい場所とか。
そんな問いかけに暫く首を捻っていたが、朱音はついぞ答えることはできなかった。
流石に自分でもその異常性に気づいたのか僅かに視線を泳がせ、それから必然的に生じた質問は、
「市はね、朱音いじり」
「俺はね、実は女中さんと一緒におやつ作るの好きなんだよねー」
間髪入れずに解消されてしまった。
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