1.うたかた
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もう一度歩き出す。
自分を受け入れてくれる人たちと離れるのは寂しいけれど、怖いけれど。進まなきゃ変われない。そうでなければ優しさの恩もきっと返せない。
(命は尊い。そして……)
『こうして今を生きられるのは限りなく幸せなことなんだよ』
尊敬し、愛している父の言葉を証明したい。自分が生きて前に進むことで。
やらなきゃいけないことはたくさんある。やりたいこととそれは一致してる。
「その刀は前田のお家で預かっていただけますか」
「……よろしいのですね」
ゆっくりと深く頷いた。
まつと利家に託したのは、一本の刀―――脇差。
少女の家が滅んだ時、持ち出した父の形見。
これを幼い身体に携え、惨禍の残骸の中を彷徨った。
記憶を失うまでの心の拠り所であり、自らの生の証でもあった。
この刀は本能寺で焼失したものと思っていたが、消炭になった寺を偶然訪れた慶次によって発見され、前田の家に戻ってきていたのだ。
それ以来、お市も連れて戻って来るまでずっと前田の家に保管されていたが、朱音は受けとるのを断った。
「証なら、この刀以外にもたくさんできましたから」
「逞しくなったな、朱音」
「わたしを支えてくれる人がたくさんいてくれたからです」
腰元から取り出したのは、三つの家紋が刻まれた刀。武田を発つ時に受け取ったもの。
確かにある。確かにいる。
草鞋の紐を確認すると先に待つ二人の元へ駆け出した。
「いってまいります」
「…朱音!次はいつ帰ってきてくれまするか!」
「今回よりは、きっと早くに!」
「けーいじー!!ちゃんと二人を守るんだぞー!!」
「おう、任せてくれよ!」
「朱音の笑顔、市、すごく好きよ」
「ありがとうございます、お市様。わたしもお市様の笑顔が大好きです!」
*
歩を進めて、はや半日。
前田は朝に発って、こまめに休みながら進んできた。日はまだ空にあるがもう少しで橙色に染まり始めるだろう。
街道にそってゆっくり進む一行では会話が交わされる。
「…朱音、今度はどこに行きたいの?」
「今度は北です」
「北…!?」
「はい、慶次。戦いの後、わたし眠ってしまって、政宗…様と小十郎様にあいさつもしないでお別れしてしまったので…」
つまり奥州を目指して進む。その道中様々な地を見て、立ち寄って。自分が生きているこの世界を知っていく。そんな計画を朱音は考えていた。
「……あのさ、朱音」
ふと、気まずそうに慶次が立ち止まって手を挙げた。
どうしたのかとお市と彼を見た。
「こっち…北へ行く道じゃ…ないと思うんだけど…」
「………」
「………方向音痴?朱音」
はたして人間半日歩き続けたらどこまでいけるのだろう。どこまで来てしまったのだろう…
「…け、けけけけけ慶次!!どうして教えてくれなかったのですか!!」
「どうしてったって、朱音行先言わないけど、やたら自信満々で歩いて行くからさ……ちゃんと考えてると思ってたんだよ!」
更にまさかの真反対、南の方へ進んでいた。
未来に期待を寄せる傍らで何たる失態。なんたる不覚。
「…し、仕方ありません。このまま先に、南の国を…」
「朱音、そんなことできるの…?」
すかさず突っ込んだお市に朱音はギクリと肩を震わせる。
奥州の二人を後回しにして先に進む。かばわれ助けられた面もあったのに、ロクに別れも会話もできなかった二人を後回しに……
「………でき、ません…」
「だよなぁ」
「…市は、いいよ。朱音の行きたい場所に、行きましょう?」
「…ありがとうございます…!」
というわけで引き返すことになりました。
「市にまかせて。ちゃんと迷わないで進もうね」
「え、あの、お市様が先導を…するのですか?」
「うん。あ、こっちの道…桃色ね…行ってみましょう…」
「ってちょっとお市さん!そっち街道から外れちまうんだけど!?」
「もしや、近道になるのでしょうか…」
「真面目な顔で何言ってんだ朱音!ああ!ちょ、ちょっと待ってってば!」
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