10.清流
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「おばかぁあああ~…!」
「おばかは朱音ちゃんの方だよ、まったくもう!」
次の日の朝。前日の半分以上を眠っていたために、模範的な早起きが出来た朱音。勿論昨夜のうちに、実の兄が会いに来てさっさと帰ったことは知る由もない。
早朝の浜辺を散歩してみようと外に出た先にいたのが、既に起きていた幸村と小助だった。
のそのそ歩いてきた朱音の身体に違和感を感じ取った二人が、寝室とは別の部屋まで連れ戻し、現在小助に診てもらっているところだ。
「なんなのこの左肩は!利き腕でもないのに亜脱臼状態になってるなんて……!昨日だけで出来た怪我じゃないでしょ!?」
「そんなのどうでもいいです!どうして起こしてくれなかったんですか!!」
上半身の着物を剥がれ、小助がぷりぷり怒りながら炎症を抑えるための塗り薬を施していく。幸村とも会話するためにも、前は大きな布で隠すように朱音の右腕が押さえている。とはいえ幸村にとっては胸前は隠そうと普段見えていない肩と腋が晒されているだけで、この位置からでは見えていない背中も全て晒されていると考えるだけで既に逃げ出したい思いなのだが、わんわん泣きじゃくり夕べの説明を求める朱音を無下にすることは出来なかった。
「隼人殿が、無理に起こす必要はないと申されたがゆえ…」
「どうしてですか!?」
「……恥ずかしかったんじゃない?」
「十年以上経っているのにですかッ!?」
信じられない!と尚も泣き叫ぶ朱音を宥める有効な手段は思い至らない。泣き虫朱音が再来の大暴れをする中、小助はさっさと手当てを進めていく。
「いやぁ、痛いです!」
「しょうがないの!これくらい固定しないと絶対治らない!」
薬を塗り終え、今度は包帯で固定する為に左肩中心に左半分の上半身がぐるぐる巻きにされていく。
「固定板いらないです!」
「要るの!」
「元親様が作ってくださった負担を抑えてくれる肩当てもありますから!」
「四国に居た時点で既にあった怪我なんだね!つーか西海の鬼って裁縫するのかよ!………じゃなくて、あれは動きまわるのを考慮した上での機能しかしないから不十分なの!」
「頼む朱音、大人しく小助の言う通りにしてくれぬか。見ていて心苦しい……」
此度の旅で出会った家康や孫市が言っていた、朱音とよく似ている人物の話。真実は似ているどころか正当な血縁者だった。血縁者―――実兄と話せなかったショックの上に、動きにかなりの制限が加えられることが嫌で嫌で仕方がないのか、朱音は甲斐の屋敷にいた頃のように駄々をこねる。それこそが幸村が最もよく知る姿ではあるのだが、次の彼女自身の目的の戦いに備える容態でなくてはならない事を考慮すると、そう呑気に構えてはいられない。
「ね、幸村様も心配してるんだから」
「……むぅううううッ……破廉恥ぃいい!」
「何とでも言ってどうぞ。俺は、あのお猿さんみたいに破廉恥程度で怒ったりしないもんねー」
しっかり兄に覚えられていて会話もしたという小助に駄々をさらりと流れされた。更に全力で不機嫌を撒き散らし、遠慮なく頬をぶっくぶくーに膨らます朱音に、思わず懐かしみながら幸村も吹き出してしまった。
「……さしけの…破廉恥ぃッ!」
【中継:どこかの森】
「ぶぇっくしょん!あ、あらぁあぁぁあぁぁぁぁ…!?」
「猿飛隊長が木から落ちたぞー!」
「おい、はやく誰か拾いにいけよ!」
「お前が行けよ!」
「えー降りるの大変だし…」
*
「おはよう……あら、どうしたの朱音。ほっぺがすごくかわいいわ」
一刻後に目が覚めたお市が騒がしい方に顔を出すと真っ先にヘソを曲げた朱音が目に入った。
結局手当てが終わり、今日も変わらず元親から与えられた左肩を保護する(効力弱)サポーターを含めた装束一式を纏った。これまでの戦闘によるほつれや破損した部分は小助がいつの間にか直してくれたようだ。しかしながら機嫌は損ねたままで、騒いでいた所を何事か何事かと尋ねてきた島津と武蔵もいた。
「そーだよなー薄情な兄ちゃんだよなー」
「いやぁ昨日は驚いたど!まさかあの忠勝どんの息子が、おまはんの実の兄だったとは!」
「おれさまも会ってねぇけどよ、そんなやつ次会った時に殴っちゃえよ朱音!」
(あの雰囲気の隼人殿が兄では手が届く前に朱音の頭が叩かれていそうでござる…)
(幸村様たぶん冷静に分析してるな……自分が吹っ切れた途端に安定してきてらっしゃる)
「わあああああん!兄上のおばかぁああああああ!」
「……そういうことね」
立て続けに兄という単語が連呼され、かたや神妙な顔つきで考えている者達を見ればすぐに察することができた。
泣きじゃくる朱音の側に座って彼女を横たわらせ、頭を膝の上に乗せるとお市は宥めるように撫でる。
「よしよし、きっとまた会えるからね、朱音」
「お市様ぁ…っ、…もしかして、お市様も隼人兄上に…?」
「織田の頃、忠朝さんは徳川にいるから何回かお会いしたことがあるわ。市もびっくりよ。背すごく大きいし、目元も凛々しいし、かっこいいよね、朱音のお兄さん」
「ずるいぃいいいい!うわあああん兄上ぇえええ…!」
「、その、朱音、ここで寝そべるのは、その…!か、角度が…ッみ、見え…」
「おーい朱音、下見えるぞー?」
「し…ッ!?む、むむむ武蔵殿ッ!!」
いよいよ事態に収拾がつかなくなってきたのを感じて小助がため息をついた。元親イズム炸裂する装束の腿周辺は実はきわどい作りをしていたとあまり知らなくていい事実も発見されるわ。見たくないのであれば座る位置を変えればいいし。真の破廉恥を体現する奴もいるし。泣きついてくるのを逆手にちょっとからかって楽しんでる人もいるし。若い者達の素直な反応を面白がってひたすら笑ってる御仁もいるし。
お猿さんとは違うと言ったばかりだが、こうも思うがまま自由に振舞う者達を自然な流れの内に諌める立場になっていた小助は、なんとなくその世話焼きお猿さんの気持ちがわかったような気がした。
「落ち着いて朱音。あなたのお兄さんから預かっている物があるの」
間を置かずお市が取り出した、見覚えのある髪結紐。それを見た朱音は一瞬思考停止したように動きを止めたのだが、すぐに一層泣き出してしまった。
「物で機嫌取るなんて最低ですッ!」
せめて兄本人から思い出の品を受け取れていれば、決してこんな言葉で打ち返されることはなかっただろうに、と流石のお市も苦笑を浮かべた。
「……じゃあ、いらない?」
「いります!いりますものぉ…ッ!」
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