9.基盤
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「……、聞いていたな」
「う、……その、申し訳ござらぬ!しかし…ッ」
人払いしたはずの襖の外には幸村が留まっていた。
厳島からお市と小助が隠してきた真実をついに知った彼は、ただ真っ先に朱音へ想いを募らせた。一瞬一瞬の重みが、最早例えではなくなって、生き急ぐ姿を案じつつも、どこまでも芯を一徹する彼女らしいと納得できる節もあった。
「隼人殿、某はこの朱音と共に歩む、そう覚悟しておりまする!」
「……おい、それはなんの宣言だ」
「…ぬ!?あ、ああ、いえ、決してそのような意では…!」
長く生き別れていたとしても、唯一の肉親に変わりはない。表に出さずとも、伝わらずとも、隼人の妹への愛情は今も昔も一貫している。
故に説明不足の幸村の言葉には兄として素直に癪に障ったようだ。……いずれの希望は隼人が受け取ったままだと伝えるのは今は控えた方がよさそうだ。
「某は戦いに身を置く朱音を、此度受け入れ申した!故に朱音の戦の定義を解す者としての……!」
「………そうか。その清濁は差し置いて俺には決してできないだろうな」
「それは…何故でござろうか、」
「俺の戦場に立つ一番初めの理由が、帰りを待つあいつを守るためだ。共に戦う事は、終ぞ許しはしなかった」
「しかし、朱音は…」
受け入れた。解す。幸村が言ったそれら言葉は、隼人にとって軽々しく聞こえたようだった。
幸村はただ事態を軽視して彼女を甘やかしているだけではないかとも捉え、語気に苛立ちを覗かせる。
「現に、戦場を目指したあいつは死に近づいた。結局、武器を取ることで道を間違えたんだ…ッ」
「…それは違いまする、隼人殿!」
眠ったままの朱音に目を向け、それから彼女の兄をまっすぐ見つめる。
日中に他でもなく、彼女から示されたばかりの意志を彼に伝えようと試みる。
「この乱世に絶対の正義はあり申さぬ!己が定めた心の在り様こそが、その清濁の基盤になるのでござる!」
「隼人殿の妹君に懸ける想いは、誰もが認めよう。けれど、同じように朱音にも幼き頃より、己で見て、学び、培ってきたもので築き上げた信念があり申す!」
「……、」
「故に、例え認められずとも、相容れずとも、…結果がどうであろうとも!……朱音自身の意思を否定するような事だけは、何卒…言わないでいただけないだろうか…!」
隼人は表情を大きく歪めたものの、怒鳴りつけたりはしなかった。
尊重し、寄り添おうとする意思。その者の訴えを聞き、実際に内心では幸村こそが本当に妹の本質を理解する者かもしれないとさえ一瞬考えたが冷静さを欠きはしない。かつての自身が胸に宿した誓いはこんな些細なやり取り程度では決して撤回しない。
だからこそ、隼人は幸村に感心する。
「……そこまで言うのなら、俺の分までお前が受け入れておけ」
「、隼人殿!何故でござるか!」
「お前みたいに受け入れる奴がいる一方で、決して受け入れない奴も必要だ。誰もが、あいつ自身への理想を受け入れれば、どうなるかわかるか」
「……それは、」
「今、ここに生きてすらいないんじゃないか」
この事態を見守るお市と小助が目に入る。彼女たちもあの時、戦いに生きる朱音の心に寄り添うことは出来ないと言っていた。それは彼女が彼女として、生き続ける為に必要な事であると。
「引き留める奴らがいて、否定する奴もいるからこそ、あいつは今日まで命を繋げてこれたはずだ。……真の身内である俺を、あいつの味方につけたい気持ちはわかるが、」
惜しむ様子もなく部屋の襖を閉めると、隼人は入り口の方へ足を向ける。慌てて幸村が追うように後をついて行く。共に進みながら尚も言葉を交わす。
「生きることを望む事と、その心を受け入れる事は必ずしも一致しない、と…?」
「………だが、それが出来る奴だっているんだろう」
草鞋を穿いた隼人が、振り向かぬまま、そう静かに告げた。
それは彼女の心を解す者に、彼女を託すという意味に他ならない。
「、隼人殿……っ」
「俺には絶対に無理だ。決してできない。………本当にな。なぜこうも相容れないのに、時が流れても、ずっと、こんなにも想えるんだろうな」
「任せよう、真田
――――――――――――例えこれから、我らとお前たちが敵対しようとも、その信念を曲げてくれるな」
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