9.基盤
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「俺は、そなた達を受け入れる…!全てを背負い、命の重さを噛みしめて、進む…!」
「………、」
「天下泰平への歩みを止めはしない。その為とあらば、この胸の内の苦悶も矛盾も呑み込んだ上で、俺は戦い抜く!」
朱音の顔の真横に深く突き刺さった片槍は幸村が握る物だ。
白砂に背を預け、幸村の本気の一撃を受け止めた身体は疲労に満ちていて動かせない。先ほど奪った槍は少し離れた場所に刺さっていた。彼女に跨った、勝敗を決したままの姿勢で、呼吸を整えぬまま幸村が決意を口にする。
「俺に必要なのは、戦う意思の基盤だ。現実を受け入れ、己の志に徹する覚悟だったのだ…!」
「それが、あなたの答えですね」
「応ッ!……礼を言う、朱音…!そなただからこそ示せたもの、しかとこの胸に刻んだ…!」
「、いいえ、お礼はわたしの方こそ…、やはりあなたは……ーーーーーーわたしたちを、受け入れてくれて……ありがとう、ゆきむら…」
全部の強がりを剥がれて幸村を見上げ、脆くも縋るような声で告げると朱音はゆっくり目を閉じた。
意識を手放した朱音を幸村が強く抱きしめる。顔を埋めて、小さな身体に深く刻み込まれた戦いの記憶を労るように。
熾烈な戦いが終わり、事態の全てを離れた場所で見守っていたお市達が駆け寄ってきた。
すぐに朱音の傍らで膝を折り、眠りに落ちた顔を覗き込んだお市の目に溜まった涙は今にも零れ落ちそうだった。
「……お市、殿…、申し訳ございませぬ…!そなたは朱音を案じていたというのに…」
「いいえ、安心、してるの……」
「、何を……」
「真田さん、どうか…朱音の側に居てあげて。ちゃんと帰ってきてあげて。今のあなたの言葉が、これからの朱音の一番の支えになる」
「今、幸村様は戦に赴くご息女様の意志を肯定し、受け入れました。真正面から今のご自身を受け入れてもらえたのは、きっと幸村様が初めてです」
「そんな、はずは……お前たちも、朱音の事を、あれほどにも…」
幸村の問いかけに、小助はゆっくりと首を振った。
「俺たちでは、戦場に立つご息女様の意志には寄り添うことはきっとできません。俺は、この方のお父上様の言葉があるから。お市ちゃんは、」
「この子の心の危うさに寄り添っていたいから…」
それぞれの彼女に対する思い。
過去の記憶を留め共有する者。未来への危惧をなす者。そして、現在を認め共に歩む者。
この場にいる人間がそれぞれ異なる考えを持とうとも、生きて志を追う彼女にとって必要な意思となってくるだろう。
まだ何か幸村が知らない事情があるように思えたが、今はただ腕の中に眠る、一瞬を全力で生きる彼女へ思いを寄せた。
絶望を力に変えて、強さを手にした。
それが結局は彼女自身を蝕んだ。
それでも空白になって、諦めないで今日まで命を繋いできた。
拒絶した相手にも向き合おうとし、前へ進んでもらうために、命を懸けて道を示すために立ち塞がってみせた。
「………本当に強いのだな、朱音……そなたに胸を張れるよう、俺は力の限り戦い抜いてみせよう…!」
*
「ぜーんぜんっ、起きねーじゃねーかー」
「元々無理しすぎちゃうお人だから。寝かしてやってよ」
昼間に幸村と衝突し、疲労で眠り込んだ朱音はその日の夜になっても目を覚まさなかった。甲斐の屋敷に居た頃も何かしら寝込むと途中で一切起きる事なくひたすら回復をはかっていたため、共に過ごした3人はそれほど心配はしていない。
明日にでもなればきっと目を覚ましてくるだろう。
「おれさまとも手合せするって言ったくせによー!おーい朱音ー、おめーの分の夕飯の魚はおれさまが食っちまったぞー!くやしいだろー!なー、なー!」
「ああもう、だから起こさないでってば」
「だってあんなに強かったんだぞ!はやくやりてーよ!ま、一番はおれさまだけど!」
あれだけ激昂した状態の彼女をみてもなお平常通りの様子で語る武蔵の図太さは、ある意味一目置けよう。
仮に今目を覚ましたとしても、こんな夜更けに手合せなどできようものか。と宥めている小助も疲れてきてため息を吐く。
また明日来い、と何度も言って漸く武蔵を追い返したところで身体を拭いて、寝る準備をしたお市が朱音の眠る部屋に戻ってきた。
「お帰り、お市ちゃん」
「うん、ただいま。ねぇお月様、今日は市、朱音と同じお布団で寝てもいい?ぎゅってしながら、一緒に眠るの」
「もちろんだよ。きっと朱音ちゃんも安心するよ」
同じ頃、幸村は島津と深く落ちた夜の浜辺で焚火を囲っていた。話すのは、やはり昼間の彼女と衝突したことについてだった。
「思った以上に激しか戦いになっていたようじゃの。間の悪い時に薬師を呼んだもんじゃ。うーん、おいも見たかったとね」
「………ぜひ、島津殿にも彼女の芯を見ていただきとうございました」
運悪く、双方のぶつかり合いを見逃した島津に幸村が笑いかける。
同時に数々の彼女との本気のやり取りを思い出し、腹を割った時のような、すっきりした心持ちになっていることにも気づいた。
きっとこれこそが彼女の狙いだったのだろう。
「あの娘ば、どげな様子だったとね?」
「それはもう、出会った時からは想像も及ばぬほどに強く、けれど繊細な、どこまでも澄んだ心であり申した」
「なるほどのぉ、若きはええもんさね。色づくもんねぇ」
「し、島津っ!?」
「なんね、違うたかの?」
「………その、向こう次第、かと…」
「ガハハ!弱気じゃのう!」
おずおずと赤面した幸村を面白がり、青臭い春を見るのが微笑ましいようで島津が幸村の背をバシバシ叩く。
想いばかり募らせて、いざという時はまともに伝えられた試しがない為に幸村は真剣に黙りこくってしまった。
「大事にしんしゃい、受け取った言葉と、太刀筋をの。そいは、おまはんの優しさを知ってのものじゃ。命ば懸けたというんなら、きっとおまはんの器を信じていたんじゃ」
「……心得えもうした、島津殿」
不意に、何者かが近づいてくる気配がした。
二人でそちらを振り向くと、幸村の見知らぬ男がこちらに向かってきていた。
島津軍の者だろうか。けれど、この地に集う者たちの一人にしては、荒削りにしたような血の気の多そうな気配は感じられない。長身で、髪は短く乱雑に切ったかのような癖が窺える。首元には白い長布が巻かれ、僅かに輪郭を暈している。そしてどこか冷静な目を心の底に抱えているかのような雰囲気が漂う。
無言のまま迷いなく側まで来て足を止めた青年がじっと二人を見つめる。
(……この者、誰かに、似て…そうか、)
「……朱音…?」
「……、」
不意に幸村が出した名を聞いて、青年の眉間に皺が寄った。
何か不思議な縁を感じた幸村が口を開こうとしたが、先に島津が彼に話し掛けた。
「おお…、久しいの!ごげんことまで一人で来たとね?忠朝どん」
忠朝と呼ばれた長身の青年は無言のままゆっくりと頭を垂れた。姿勢を戻すと静かに言葉を紡ぐ。
忠朝。幸村にも何となく聞き覚えがある名だった。それはどこで聞いたのだったか…。それにその姿もやはり見覚えがあるような気がしてきた。
「島津義弘殿、織田に討たれたと伝え聞いていた。ご存命で何よりだ。父も、喜ぶことだろう」
「なんね、相変わらず鉄面皮じゃの!もっと驚いたりせんね!」
「十分に驚いている。……ならば、貴殿が今もこの薩摩を束ねているのだな。……けれど此度、俺は徳川の者としてではなく、私情で参った」
「なるほどの、親父どんには会えんと。そいで、どうしたとね」
「、………お前、」
彼が視線を動かし、話す対象が突如島津から幸村に切り替わった。
徳川という名を出した以上は、徳川軍の人間だ。幸村は思い出した。以前徳川軍と交戦した、長篠の地で、彼は大将である家康の側で控えていた。
それにしても今の徳川軍は豊臣軍に組している状況の中、わざわざ人目を忍ぶような時間帯にここへやってきた。何か複雑な事情があるのかもしれない。
心なしか彼の不機嫌な様子が感じ取れた幸村は自分が部外者で邪魔に思われてるのだと考えた。
「これは失礼致し申した!某は席を外し申…」
「違う。…真田幸村だな。お前に聞きたい事がある」
「……?」
「『朱音』、と言ったな」
「左様でござるが…」
「そいつに会わせろ」
「……な…!?」
ここに来た目的は朱音であったと青年は告げた。
一体どういうことなのだろうか。彼の私情が、彼女に関係するとでもいうのだろうか。
疑問は解消される。その青年は過去を連れてきた。
「名乗ろう。俺は徳川軍・本多忠勝の養子、忠朝」
「――――――――――――そして、原昌俊が嫡子、原隼人だ」
.