9.基盤
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なつかしい。こんな一言だけでは済まないだろう。
久方ぶりに幼い頃の自分の夢を視る。
常と異なるのは幼い自らの視点で景色をみるのではなく、幼い自身すらも客観視できること。
雨に覆われる戦場。ここは己の望んだ、変えたかった未来の場所。幼い自分には何もできずに見送った家族が果てた場所を記憶と想像で成り立たせている。
今回もまた何かを探すように幼い自分は走り出すのかと思いきや、珍しく立ち竦んでいた。
何かをじっと見つめていると気づけば、それは目の前に立つ傍観しているはずの現在の己を見つめていたのだ。
自分に意識が向けられていることに気づいた朱音は幼き自分と向き合った。
*
夢見が悪すぎた。
薩摩に着いて一晩開けたが思わずやつれた表情になる。今朝方みた夢をはっきり覚えたまま目覚めたせいで朱音の表情は晴れないままだ。出会い頭の幸村に心配されてしまい素直に「嫌な夢をみた」とだけ告げたが暫くあの顛末は記憶に残りそうだ。
「こんな青空の下でよく物思いにふけられるよなー、お前ら」
誰にともなくため息を吐いたところに降ってきた声が朱音の意識を呼び戻した。
二振りの櫂の片方を肩に担いだ武蔵が呆れたように佇んでいた。《お前ら》と言われ隣を見れば、同じように白砂の上に座し、まさしく今の朱音と同じ反応をしてみせた幸村が不意を突かれたような表情をしてた。
「も、申し訳ござらぬ武蔵殿……実は某も今朝の夢見が悪く…」
「ふーん、なら見てるだけより一緒にやろーぜ。おら、おめーも、おめーもだ!イカの国のやつらもみんなでやろーぜ!」
武蔵が指し示した先では薩摩の衆が鍛錬に勤しんでいた。幸村はすぐに同意すると槍を手に持ち立ち上がった。武蔵の無邪気な笑顔につられるように他のイカ、ではなく甲斐の…武田軍の預兵達も次々に立ち上がる。
「ん、朱音はやんねーの?」
「お気持ちはありがたいのですけれど……きっと、」
「朱音、市から勝手に離れちゃダメって言ったでしょ、」
ぎゅう、と後ろから抱きしめてきた相手は確かめるまでもなくお市だ。先ほど一度は起こしたものの、もう少しだけ寝たいと頼まれ小助に彼女の側にいるように頼んでいたのだが、
「俺だけじゃなく、朱音ちゃんにも居てほしかったんだって」
お市と共にやってきた小助がおそようと挨拶しながらお市の心情を代弁する。
抱きしめられながらも困惑の色を表す朱音の様子を見かねた武蔵がストレートに思った言葉を投げつけた。
「でも朱音困ってるぞ。嫌がってんじゃねーのか」
「い、いえそんな事は…!心配していただけるのはありがたいのです。でも、…どうしてここまで、とは…」
「………いなくなっちゃうのが嫌、だけじゃだめ?」
背に顔を埋められてお市の表情が見えなくなった。間を開けて返された答えに朱音はお市の意図がそれだけではないような雰囲気をうっすら感じ取った。
側にいた幸村や小助の様子も伺うと幸村は朱音と同じように疑問そうに顔をしかめているが、小助はどちらかと言えばお市と同じような、何か伝え足りないものを無理やり呑み込んでいるようにも見えた。
「小助、」
「えっ、えと、」
幸村が事情の説明を求めるように名を呼ぶが、小助は幸村が相手だというのに言い淀んだ。
「で!朱音はどーしたいんだよ。おれさまたちと身体動してぇのか、そいつらと一緒にいたいのか!」
このままではこじれそうな雰囲気が感じ取れたのか少し乱雑に武蔵が言葉を投げかけた。
「喧嘩になるくれーなら、おめーが選べばいいだろ!」
「、そうですね…」
実直な態度が返って朱音にとって好ましい。多少呆気にとられながらも自らの意志を決定しようと試みる。
きゅ、と微かにお市の腕の力が増した。言葉にはならずとも…まるで《行かないで》と言われたような気がした。
「今日はお市様たちと見取稽古にします」
元々自身も置いて行かれた身。張り裂けそうな想いは十分すぎるほどに心得ていた。
「ねぇ、島津様には何を言われたの、朱音」
「わたしが、悩みの中にいる幸村を救う手立てになるかもしれない、と」
「朱音ちゃんは、それになんて答えたの?」
「……手立てに繋がるかはわからないけど、伝えたい事はある、と」
眩しい太陽の下、灼熱の光を照り返す白砂の上に腰掛けながら言葉を交わす。
視線をすっと奥に持って行った先では、幸村と武蔵の手合せが行われようとしているところだ。彼らの様子をお市と小助と共に見守っている。
武蔵に誘われるまま、それとも自身の気の迷いにまだ悩んでいるのか、開始の立ち位置を指されても深く考えずそこへ素直に立った幸村。その周辺の砂浜には何か仕掛けのような不自然な盛り上がりをしている箇所が既にいくつか確認できるのだが……。
なんとなくこの手合わせの結果が予見できたが、手出しは叶わないだろう。
「朱音は今の真田さんを、どう思っているの?」
「そうですね…」
やがて始まった手合せ。基本的な戦闘能力は幸村が圧倒しているようで、武蔵が押され気味だ。だが、幸村の動きに所々不自然な間が見受けられる。間が隙になって優位に立っていようと次の瞬間には吹き飛ばされていた。
「今の状態では、戦場に立ってほしくありません」
根性だけは人一倍持ち合わせる彼はすぐに立ち上がると、再び武蔵へ飛びかかる。しかし不自然な隙は定期的に生じ、その度にまた飛ばされては戻って、の繰り返しが定着しそうだった。
やがて武蔵がこのしぶとさには埒が明かないと判断したのか、仕込んでおいた無数の石を幸村に投擲し始めた。幸村は器用に避けていくが、武蔵が彼の立ち位置を誘導していることには気づいていないようだ。
「きっとあの人は今、とても大きな問題で苦しんでいる。簡単には解決できないかもしれない」
「貴女様が記憶を失うまで悩み続けて、答えを探し続けたことだからかな」
「はい。……結局、わたしにとって納得できる答えもなかった」
さて、彼はどうなのだろうか。
雄々しい悲鳴と共に案の定、幸村は地面にあらかじめ隠し作られた落とし穴に嵌まっていた。地表から姿が消え、武蔵は嬉しそうに飛び跳ねている。
「幸村様もきっと解決はしないと」
「今の時代のままでは、もしかしたら誰にも出来ないことなのかもしれません」
「なら、朱音はどうするつもりなの?」
「………お市さま、一緒にいるって言いましたけど、」
今がその時だと思います、と静かに立ち上がった朱音はお市をじっと見つめた。
その意をすぐに汲み取ったお市は、やはり表情を歪めたが、朱音はそれ以上に既に意を決していたようだ。
「……朱音、どうしても?」
「はい。珍しく、今のわたしは戦うことが目的です」
「留める為に?」
「いいえ。進んでもらう為に、です。小助、苦無を一つお借りしたいです」
武器を預けた場所には取りに行かず、側の小助へ忍道具の借用を申し入れた。
小助も既に朱音の意図を察しているらしく、躊躇いしながらも苦無を差し出した。それを受け取って懐から出した包帯のような長紐で刃の機能をなくす為に覆っていく。
「いいの?あの方相手に、使い慣れていない武器でなんて、」
「十分だと思います、今なら」
利き手の中で借りた苦無を転がし、その質量、遠心力などを正確に把握した朱音は足を前に出した。
「朱音…!」
お市が不安そうに声をあげたが、朱音は立ち止まらない。ただ一度振り返って、安心させるための笑顔を向ける。
「大丈夫です。お市様のおかげで今のわたしはいつよりも万全です。きっと、できます」
そうは言ったものの確証はない。けれど信じられる。信じたい。少なくとも自分自身の内側では目的ははっきり定まっている。だから砕けはしない、投げ出すようなことも。結果がどうなろうとも、それでも……この意志に則って全力でぶつかるだけだ。
朱音は向き直ると悩める彼の元へ足を進めた。
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