1.うたかた

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それぞれにとって知らない名で呼ばれている状況。
朱音』の経緯を説明するのはまつも一緒にいた方がいいだろう。なので今は膳が並ぶ部屋に向かいながら『ろく』の説明からする事にした。


「ろく、というのは、前田家にお世話になっていた際に名前のかわりに呼ばれていた渾名です」

「不思議な名前ね……どうしてろくなの?」

「ろくは動物が好きだったからな!」

「動物……?」

前田家には沢山の動物がいて、特にまつは彼らの力を借りて戦うこともある。
それぞれに名前がついていて、鷲の太郎丸、猪の次郎丸、土竜の三郎丸、狼の四郎丸、大熊の五郎丸という。

前田の人間に中々心を開かなかった代わりに動物たちには早いうちになじんでいた。
呼ぶまでずっと動物たちのところにいるくらいだったから、彼女の渾名として、一から五のつく動物に並ぶように

『六郎丸』そして『ろく』

というように呼ばれるようになった。
ちなみに発案したのはからかうつもりだった慶次なのだが、当時の朱音は存外不快に思わなかったようなのでそれ以降今までそう呼ばれていたのだ。


「今もそう呼んでいただいて構いませんよ」

朱音は小動物みたいだからぴったりね…」

「お市さま!そういう意味では…とにかく、小さくないです!」







「さあさあ、そちらにお座りくださいませ!」


人数が増えたということで広間へと移動しさっそく膳が立ち並んだ。
久しぶりの香りに正座をした朱音は思わずゆっくりと深く息を吐いた。なんの曇りの気持ちのない状態で向かえたのはきっと初めてだ。
膳の中の料理をじっくりと見る。昔と変わらない器と料理。こうして改めてみるとどれも懐かしく感じられて、けれど温かさも変わらず在って、こんなにも優しさに溢れていた。


「やっぱりなぁ。相変わらず、泣き虫さんだねぇ」

朱音…どうしたの?」

「いえ、すみません……その、…」


涙を浮かべたまま、朱音は顔を上げると利家とまつに向き合った。
深々と頭を下げた。


「利家様、まつ様…申し訳ございませんでした…!いままで…」


優しさをずっと避けて生きてきた。別かたれるのが怖くて拒んで逃げ続けた。
それでも尚、ずっと温かく迎えてくれて、それがうれしくて、申し訳なくて
伏せた頭と背にそれぞれ手が添えられた。ゆっくり顔を上げれば二人が目の前にいた。


「某達が見たいのはお前の笑顔だぞ、ろく」

『某はそなたの心からの笑顔を見たい』



(幸、村…)

「わ、わわわ!更に泣き出してしまったぞ!ま、まつぅ」

「大丈夫にござりまする、犬千代様。この子は…」


本当、自分は愚か者だ。
自分の感情に取りつかれこんな大きな優しさを無視し続けて…


久しぶりの、前田家の食事。
今まで食べた中で一番おいしくて、楽しかった。















「今日も朱音と市はいっしょ…」

「狭くはありませんか」

「ううん、この方がきっと温かいわ」

「あー、ずりぃ!!俺も一緒に…」

「慶次!!」

「あーもう、冗談だってまつねえちゃん!」

「布団足りてるかー朱音

「はい、大丈夫です。利家様」


日も沈んで湯浴みを済ませ、朱音が使っていた部屋に皆集合し布団を用意しているところだ。
五人でちょうど良い広さで座り込んで話をした。
織田が滅びたことで独りになったお市も、元より交流のあった前田家の二人とおしゃべりできて安心できたようだった。
しかし前田家もまた織田包囲網に参加した。そのことに関しては互いに表情を曇らせたが、お市は彼らを許した。朱音の時と同じように守りたい気持ちを理解できていたからだ。


「悲しいけれど…恨んでないわ。あのまま兄様が武を広げれば………朱音みたいな子が増えてしまっていたわ」


それは戦が終わらない以上誰がしても変わらないことだけれど、
それが自分の大切な人の手によって引き起こされて欲しくなかった。
その想いは兄には届かなかったけれど。


「前に進みたい。そう思ったから市は朱音と一緒に行くの…」

「お市様…」

「きっと、きっと大丈夫だわ」










「まいったねぇ…予想はできてたけど」

「きー…」


すっかり高く上った太陽が部屋の中を眩しくてらしている。しかし様子を見に来た慶次の目の前には、いまだにぐっすり眠っている朱音とお市がいた。どうやら二人とも心地の良い布団から抜け出すのは苦手らしい。
更に、仲がいいようでお市の腕は朱音を抱きしめていた。


「…これ、俺が起こしてもいいと思うか?夢吉」

「…きー」

「でもずっとこのままでもまつねえちゃんに怒られちまうし…」

「きー…」




「おし、いっちょやるか!」

「きーっ!」


こうして腕まくりをした慶次と夢吉にたたき起こされたねぼすけ二人。
特に朱音は寝起きの所を不意打ちで高い高いをされ一層不機嫌になった。お市はそんな彼女が面白いらしくずっと笑っていた。
早く降ろすようにと、手加減をした手のひらで慶次の顔に抗議していると慶次も派手に笑い出す。朱音は状況がよくわからず首をかしげた。


確かに変わった。変えてくれた。変わってくれた。
こうして何の変哲もない、当たり前のやり取りができるように漸くなれた。

己の幸せを感じ、少女の幸せを感じた。





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