8.交渉
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強い真昼の日差しが薩摩の地を進む一行に降り注ぐ。木陰の下にいても滴る汗も意に介さず、ただ前進を。
九州の地へ到着し目的の薩摩へ近づいたために馬を降り、徒歩に切り替えた。
皆の馬を馬小屋へ預ける時を見計らって朱音は久しく再会した幸村の元へ向かった。
先の戦場で多くの自分の兵を失ったことに、人の上に立つことの重責を身を以って知ろうと苦しんでいる最中であったが、駆け寄った朱音に快く向き合ってくれた。そのまま隣に並んで目的の『薩摩の豊臣に抗う一群』の人々に接触できる場所を探すため歩き出しながら言葉を交わす。
「厳島より、まだきちんと話が出来ていなかったな、朱音。そなたにも、なんと見苦しい姿を見せて…」
「いいえ、またお会いできて何よりです」
反射的に朱音がお辞儀をすると、幸村は慌てて正すように声を上げた。
「豊臣によって幽閉された後に長曽我部殿の所にいたと。そなたの事はあの場で初めて小助から聞いてまことに驚いたのだ。よくぞ無事で…また無理をしてはおらぬか」
「お市さまや…長曽我部軍の皆さんと、多くの方々が心配してくださったお陰か、この通り無事どころか調子が良いくらいです」
幸村の側に行きたいと、せめて薩摩の要人に見つけるまでの間だけでも、とお市と小助に頼み込んで今は黒い手を離してもらった。
それによって元親の見立てた戦装束が久方ぶりにはっきりと人目に現れた。戦闘によるほつれや破損は見られるものの、華美な雰囲気は変わらず保たれたままだ。戦う強さを基調とされている中に、女性らしさや姫らしさをも感じさせる一風変わった姿。かつての普段着であった胴着との差もあってか、幸村は少しだけ見惚れた後に、抑えようとも頬を赤らめていた。見たところ派手に肌を晒している部分があるわけでもないのに上気する自分自身に訳がわからず、少し混乱しているようにもみえる。
それでも心から思うことを口にした。
「……よく似合っているでごさる、その備え」
「元親様の見立てなんです。私の身体に合わせて縫い直したり、別の素材に変えてくださったり…とても、器用なお方で…」
言いながらも、先日の戦の顛末を思い出して朱音の声は勝手に小さくなった。あの戦に負けた元親の命は、もう。けれど今の自分の目指す相手である秀吉の事を思い出し、弱気に負けるものかと気合を入れるように首を振る。
一方で幸村は長曾我部軍の最後の様子と共に、その戦場で己を諌めてくれた者をはじめ、失った者達を思い出した。すると再び己の葛藤の声が内側に強く響いてきたために自然と俯いた。あの時の大波のように襲い来る泥水に自身も攫われていくような感覚に呑まれていきそうになる。
それも束の間、先に朱音が顔を上げ素早く幸村の腕を掴んだ。彼女に続き武田兵も幸村を護るべく前に立ちはだかるように並んだ。ぼんやり物思いに浸りかけていた幸村が慌てて皆の行動の意を理解しようと前方を注視すると、防具を纏った男が10人にも満たない程で、森の影から姿を見せていた。
相手方は確かに鎧を纏ってはいるものの武器は木を荒く切り出しただけのように見える棍棒のみ。戦闘姿勢は窺えるものの、武田方は全員全身武装の上に頭数も2倍以上はいる。
(本気で叩く気ならば伏兵やもっと数がいるはず………でもここに目の前の人達以外の気配は…)
明らかに相手側に勝ち目のない状況で朱音は首を捻る代わりに眉を顰めた。
幸村は武装している彼らが薩摩の要人か、その関係者だと考えたのか、それまで暑さから開けていた上着の前を留め、整える動作をしてから彼らに話しかける。
「貴殿らは、この薩摩を護られている方々にござるか。我ら、甲斐の国より参った武田の遣いにござる。某は真田源次郎幸村と申す者、貴殿らの長はいずこに―――――」
言葉の途中で相手方が動いた。一番前にいた男をはじめとし一斉に幸村たちを襲いかかろうと大きく前に出たものの、すぐに踵を返し、森の奥の方へ全員が一目散に逃げて行った。
呆気にとられていた幸村がハッと我に返り、すぐに追いかけるために走り出した。
「ま、待たれよッ!!」
「待ってください幸村!」
「いかがした!?」
朱音が声を掛けても幸村は止まらず仕方なく隣を走り、武田の皆も幸村を追いかけながら一行は森の奥へと入り込む。
「相手の行き先が罠である可能性があります!あなた方の不慣れな地、誘導されているかも…!」
「だからとて見失っては手がかりもなくなってしまう!あの者たちがお館様がおっしゃっていた者らであるのなら、例え罠で迎え入れられようとも…!」
罠であったとしても幸村は走り続け立ち向かう覚悟を見せた。先の戦での失態に負い目を感じているせいかもしれないが、一度受けた命を全うしようとどこまでも果たしてみせようと疾走する姿に朱音は了承しように頷いてみせた。
それを見た幸村が少しだけ申し訳なさそうに、けれど己と同じように決意をすれば危険を承知でも止まるはずのない彼女に笑顔を向けた。
後を追ってどんどん森の奥へ入り込むと、やがて先ほど逃げたはずの集団が人数を増やし、またしても待ち構えるように立っていた。
武田方は彼らと先ほどよりも間合いを空け、周囲の木々やその陰などに意識を向ける。
やはり誘い込まれた。この場所は視界で確認する以上の、ずっと多くの人の気配が感じられた。
「皆様方、警戒していてくだされ」
幸村が小声で冷静に注意を促すと皆もしっかりと頷いた。
「貴殿らが、薩摩を護る一軍であれば、是非、某の話をお聞きくださいませぬか!」
距離も保ちながらもお館様に任じられた役目に準じ再び幸村が話し掛けたところで、武装している相手の中から一人年若い少年が姿を現し集団の先頭に立った。
長い髪を後ろで一括り。括った髪は派手に乱雑に、さながら野生の獣のように逆立っている。胸元から両腕を覆う篭手を纏い、下半身はところどころ破けた袴を穿いている。片手には木刀を携え、もう一方には他の者と同じように棍棒…というよりは船の櫂にも見えるものを、ビシリと幸村に突き出した。
「やいやいやい!見たか!俺さま印の伏兵戦術!つりのぶせぇ!」
「き、貴殿がこの者たちを束ねておられるのでござるか?」
他の者とは色んな意味で雰囲気の違う少年に幸村も若干困惑しながらも問いかけた。
しかし少年はだるそうに首を鳴らすと、
「んじゃ、――――――――タコ殴りにしてやれぇッ!!!」
幸村の問いには答えず、少年の合図で木の陰に隠れている者たちも皆飛び出し、一斉に襲いかかってきた。
予測していた事だけに幸村はすぐさま指示を飛ばす。
「この者らを傷つけぬようにお願いいたす!」
応、と返事を受けるとすぐ隣の朱音を見た。
すぐに幸村の意図を汲み朱音は頷いて笑んだ。
「お任せを。こういうのは得意分野です―――――――からッ」
言いながらも飛び出して行きさっそく一人の男の懐に前転で入り込むと、握られていた棍棒を下から蹴り上げてすっ飛ばした。武器を失い、手も共々蹴られていたために、一時的に身体の感覚が鈍った相手へ一瞬だけ鞘に入れたままの状態で刀を首元に突き添え《勝敗》を示すと、すぐに解放し、振り向きもせず更に人の波へ突っ込んでいった。徹底された加減、手際よく戦闘をこなす朱音に感心していると、例の少年が幸村に櫂を振り下ろしてきた。
「俺さま、つよい!」
元気に声を上げながら幸村に櫂を連続して振りかざす。特に誰からも指南を受けたわけでもなさそうな型のない、不規則な動きで仕掛けてくるため《真っ当な》戦いが基本的である幸村にとっては少年の次の手がやや読みにくいようだ。
「お前のかーちゃん、でーべそっとぉッ!」
野放図にして荒削りな戦い方に加え、稚児の喧嘩のような挑発をされ、乗ることはなかれどこの少年の武器を納めさせるべく隙を見定めながら槍を突き出していく。
「おめぇ、俺さまの二刀流を真似してんのか!?」
しかし、競り合っていた少年に至近距離から唾を吐かれ、素っ頓狂な声を上げてしまったものの慌ててすぐに後ずさる。武士同士の戦いならば有るまじき手段に驚かされるもののすぐに立て直すべく少年の動きに集中する。
「さっさと、俺さまに倒されろぉ!」
(―――――そこだッ!)
少年からすれば体制を崩したままに見える幸村に留めを刺そうとしたのか大きく櫂が振るわれた。
その大振りこそが隙を生じさせる決定打。
幸村は素早く少年の懐に入り込み槍の先を首元まで突き出した。
この少年には前置きよりもさっさと本題に入った方がいいと判断し硬直体勢のまま最初の話へ戻そうとする。
「薩摩の長が貴殿ならば、是非某の話を、」
「うるせっバーカ!」
敵に首を押さえられているというのに反抗心を剥き出しにする無鉄砲な少年に殺すことが目的ではないからこそ槍を握りなおして脅す。
流石に少しは恐れたのか少年はグッと言葉を詰まらせた。
「……貴殿とは別に、そうたる方がおいでならば、何卒お目通りを願いとうござる!」
槍の穂先を突き付けられ動きを封じられた少年は観念したように武器を下げると後ろへ大きく下がった。
しかしすぐさままた構える姿勢を見せ、元よりこれで衝突が終わらずとも不思議ではないと感じていたのか幸村も再び二槍を構えた。
一瞬、両者が睨み合ったものの先に武器を降ろしたのは少年だった。
大きく息を吐くと、一度動きを封じられたにも関わらず、先と変わらぬ態度で笑顔を見せながら話し掛けてきた。
「おめぇ、なかなかやるじゃねぇか」
「…おお!話をお聞きくださるか!では、改めて…」
自分たちを認めてくれたのだと、安堵した幸村が槍を背中に納めた瞬間、また少年の目がギラリと光った。
どうやらこれこそが少年の作り出した『隙』らしい。したり顔で再び櫂を振るわれ流石に反応できなかった幸村は雄叫びを挙げながら派手に飛んで行った。
「どぅわぁああぁぁぁあああああッ!」
飛ばされた先の木に大きく身体を打ち付けたのだが、気づけば戦闘を終えていた武田勢も少年側の者達も殺伐とした空気が消え吹っ飛ばされた幸村と少年とのやり取りを楽しそうに見ていた。
当の少年も完全に一泡吹かせたと言わんばかりに櫂を肩に担いで己を称え叫ぶ。
「俺さま最強!宮本武蔵に敵はねぇっ!」
「ひ、卑怯でござるぞ…」
もっともな幸村の発言だが、相手がこの少年―――武蔵であればそれも大した意味をなさず、ただ虚しく響いた。
それでも交渉へ持ち込むべく立ち上がった幸村に耳を掻きながら呆れたように武蔵が見据える。
「はぁ~ぁ、おめぇしぶてぇなぁ……そんなに会いてぇなら、特別にじっちゃんに会わせてやるよ。着いてきなー」
櫂を担いで蟹股でのっそのっそと歩き出した武蔵に何とか話ができたと幸村が今度こそ安堵の息を吐いた。
しかし、
「――――ぁ、ぁ、いや、ですっ!も、もう本当にぃいいわぁあああん!」
先に人の波に駆けていったはずの彼女の悲鳴が聞こえてきて何事かと慌てて幸村がそちらへ振り返った。
視線の先では大きな黒い手に包まる…拘束されている朱音が抵抗しているところだった。身体は幸村が再会した時のように、再び腕たちに包まれて完全に地と離れて浮遊してしまっている。
「朱音……市と約束したでしょう…?」
拘束者のお市が不機嫌そうに悲しそうに朱音に言い聞かせている。お市の隣に立つ小助は苦笑いを浮かべながらもため息をついていた。
「お、お市殿……何故朱音をそのような…」
「真田さんには言ってなかったわ。朱音は市と、戦っちゃダメって約束してたの…」
「左様でござったか……しかし、なぜ、朱音は調子が良いと」
「それでもダメなの」
「………」
武蔵の率いる集団と交戦している内にお市に捕まったらしい。必要以上にぐるぐる巻きに覆われてぎゃんぎゃん悲鳴が上がるが御者のお市の意がなければ解放されることはまずないだろう。
「これで一緒に進もうね、朱音…」
「そ、そんなぁ…!」
「うふふ…、さぁ、行きましょう…」
結局幸村自身に出来ることはなく、朱音には申し訳ない気持ちを残したまま武蔵の後を追った。
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