7.面影
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高く高く天高く放り出された身体。
意識はとうに手放されていたために、舞い上げられた後は万有引力に沿って落ちていくだけだった。
秀吉が干上がらせた海であった場所にこの高さから落ちれば下が泥土であろうと流石に死ぬ。いよいよ朱音の長い人生が終わるはずだった。
「やっと………会えたわ………!」
温かく、柔らかい声がした。意識が声に反応して引き上げられ、重い重い目蓋を何とか持ち上げるとそこには見知った女性が朱音を力いっぱい抱きしめていた。
艶やかな長い黒髪に白い透き通った肌。
武田の屋敷では一緒にお話ししたりからかわれたりもした。一人で離れたりしなければ、彼とも共に今も一緒に旅をしていたであろうお方…
「おいち、さ、ま」
「朱音…!よかったぁ…!生きててくれて…、」
「朱音ちゃん、」
「こ、すけ、」
まだ少年といった出で立ちの金色の髪を持つ武田の忍・小助とお市が朱音を助けたのだ。
加賀を出て、朱音を追って二人で厳島まで辿りついた時にはすでに海水は消え、富嶽も座礁した後だった。
それでも富嶽の中に朱音がいるはずだと確信し、尋常なく焦っていたお市に小助は付き従い可能な限り富嶽に接近していたところ、天に飛ばされた朱音を見つけ、お市は自身を護る黒い根の国からの手を翼の形に変え空に上がり彼女の身体を受け止めたのである。
大切なものを抱きしめるように、お市の腕の中に納まる朱音は意識が朦朧としながらも感謝の気持ちで胸が溢れ返った。
お市が受け止めてくれたのだ。初めて心から願った「しにたくない」という気持ちごと。
「……朱音、嫌だって思うかもしれないけど、この場所からは引くわ。これ以上ここにいると、あなたは死んでしまうから…」
「…でも、ひでよし、さんと…もとちか、さま…」
「うん、うん…でも、市は朱音に生きててほしいから…安全なところにいくまで、どうか、今は眠っていて…」
宥める優しい言葉は安らかな子守唄のようで、朱音は惜しむ気持ちを眠気に呑まれると同時に手放した。
「お月様、急いで逃げましょう」
「わかってるよ。こっちこっち」
朱音を護る為に黒い手の一部を纏わせた状態で小助へ朱音を預けるとあらかじめ、周囲を探りながらここまで来ていたのか、迷いのない足取りで小助が先導する。
何事もなく、速やかにこの場から撤退するはずだった三人の前に一人の人物が現れた。
「あれは……」
「気づかれてたか!…あいつ、豊臣の…!」
「―――――やれやれ、この戦場には変わり者ばかりが引き寄せられるようだね」
銀色の短い髪を風に揺らしながら、竹中半兵衛がお市と小助の前に立ちはだかっていた。
彼以外の付き人はおらず、どうやら単身で陸地まであと僅かであるこの場所までやって来たようだ。
「お市殿…と、そこにいるのは織田残党の忍かな。こんなところで何をしているんだい?」
「………あなたには関係ないわ、竹中様」
「僕と貴女の間には関係がなくても、貴女が庇っているそこの娘には少し用があってね」
瞬間、お市も小助も険しい表情で一気に殺気を放つ。
無数の苦無を構えた小助が睨め殺す勢いで半兵衛を見据える
「豊臣…なぜこの方を攫ったりしたんだ!」
「おや、もしかして君は加賀か甲斐の者なのかい?………まぁ、忍ごときに割る口はないね」
「あなたたちが、邪魔しなければ……朱音はずっと市たちといられれば、こんな傷つくことはなかった…!」
ブワッ!と朱音を覆う黒とは別物の、確実に相手を殺すための無数の手が地から湧き出した。
二対一の状況、慎重に間合いを測りながらも半兵衛は憶測を巡らせる。
この場でこの二人とやりあってまでこの少女は再び手に入れる価値が本当にあるのだろうか。
二人の口ぶりからして朱音と合流したのはつい先程とみるのが妥当。それに今の闇影に包まれた朱音は派手に怪我をしているようで、この先使い物になるのかも怪しい雰囲気があった。
(大坂にいる彼の事もあるし、なにより今この場は豊臣の戦場………必要以上に気が急いたな、見逃すべきだったか)
しかし、もはやお市と小助にその気はないのだろう。惜しみない敵意と殺意を半兵衛に晒している。
「いいのかい、はやくしないとそこの少女は死ぬだろう。こちらに引き渡せば手荒な真似はしないよ」
こちらの撤退を目論む意図は決して伝えない。
あくまで意思は変えていないように振舞い、頃合いを見て、奴らが自発的に引かせるように仕向ける他に手段はないと半兵衛は踏んだ。
「…朱音は、渡さない…!」
言うがはやく、お市の黒い手が真っすぐに半兵衛に襲いかかった。攻撃範囲が広い上に威力は未知数。黒闇の腕を初めて目の当たりにしたため、刀の攻撃が通じるかもわからず半兵衛は回避に専念する。
「逃がすかよ!―――――行け!『数多の蛍火』よ!」
追撃として小助が放った光の群蛍が黒い手に集中していた半兵衛を足元から救い上げ、宙に浮かせた。
その隙を逃がさず黒い手が半兵衛の身体を捕え掴み上げた。そのまま地面に叩きつけようとしたのだが、ふとお市の頭に朱音の言葉が浮かんだような気がした。
ひたり、と、攻撃を止め、お市は半兵衛を素っ気なく地に落とした。
すぐに小助が何事かと市の元へ駆け寄った。
「、どうしたの!?」
「……多分ね、朱音は、この人が死んじゃうのも嫌だと思うの」
「そんなこと!……ある、かも」
ふわふわと深い闇に包まれて眠っている朱音を二人はじっと見つめると、半兵衛がまだ動けないでいるのを確認する。
せっかくだからと二人して倒れている半兵衛の前に仁王立ちで立つと強く言い放った。
「覚えておけ豊臣の軍師!俺たちがアンタを殺さないのは!」
「朱音に免じてだから…ね?」
「………、」
さっさとこの場から離脱していく一行を見つめながら、半兵衛はぼんやりと考える。
(この手の人徳ってこわいなぁ……、泥だらけになっちゃったし、同盟相手の元就君にどう言い訳しようか、)
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