7.面影

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主人公

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彼と一緒に歩いた通路どころか、聳え立っていたはずの建物は倒壊してしまった。
独りだけ外に出られた。朱音は我慢していた涙がついにこぼれた。

中には彼だけでなく、きっと多くの人がまだいたはずだ。
自分だけ、また助かったのだ。

また、ひとりとりのこされた。



「いやだ…ぁ…」


――――――ただ、あの時と違うのは、まだこれが戦の最中であるという事だった。
全てが終わったわけではない。途端に朱音の耳にやっと戦場の喧騒がはっきりと届いた。そちらの方を見やると身体が戦慄した。
オヤジが呟いていた事を漸く理解した。海の水が全て消え、不自然な何かの力によって無理やり押し上げられたような泥土に富嶽は乗り上げており、陸走機能での移動もできなくなっていた。

そして、吸い寄せられるようにその人物が目に入る。
すぐに悟った。


きっと、あの人がすべてを起こした。

きっと、あの人がこんなに、こんな、めちゃくちゃに、


《どうして》じゃない

《もう、止めなくては》


《わたしが!》


朱音は甲板へ飛び出しながら全身の集中力を右腕に収束させる。その手に握る薙刀をその人物目掛けて全力で投擲した。


殺意に似た感情の塊が、彼に向かって揺るぎなく飛ぶ。疾走する薙刀は身体の関節を正確に狙っていた。
彼が狙われた身体の部位に力を込めると、刃は音を立て弾かれあっさり地に落ちる。

その次の瞬間にはその意志が既に後ろに回り込み、骸太刀を突き出していた。

即座に足場の板を片足で踏み抜きその破片で彼女に応じ、素早く間合いを空けた。


彼が、豊臣秀吉が朱音と対峙する。




「―――――朱音!なんで…ッ」


先に秀吉と刃を交えていた元親が驚愕の声を上げる。
元親の声は耳に入らないのか間髪入れずに朱音は側に落ちた薙刀を握り直しまた秀吉へ飛んだ。

先に秀吉により拳が繰り出され、薙刀でその手首に狙いを定め力の方向を逸らす。
最大限に力を逃がしたはずが薙刀は大きく軋んだ。おそらく次も同じような拳を防ごうとすればこの薙刀では折れてしまうだろう。

それでも構わず朱音は刃を秀吉の関節目掛けて幾度も強く振り出す。鍛え上げられている大柄な体躯相手にはこうするより有効と思わしき手段はない。
薙刀は全て受け流されるか避けられるかで、避けられた際に彼に吸収されるはずの力が自らの片足に集中した。

躓くように体勢を崩した隙を見逃されるはずもなく秀吉の掌が朱音を軽々と払った。


朱音ッ!!」


受け身を取れず為すがままに地に叩きつけられたところへ、元親が駆け寄った。


「こんな所へ逃げていたか……小娘」


漸く秀吉の口が開かれた。重く低い声は朱音を震撼させる。
あの牢から逃がしてくれた時の彼とは今度こそ別人だった。彼自身が言っていた「これで最後」という言葉は本当にその通りの意味だったという事なのか。あの時で、既に彼は自分自身とのけじめを完全につけてしまったのだろうか。

痙攣した全身。引きずりながらも身体を起こした朱音はそれでも秀吉を睨むように見つめる。


「あなたを止める、ために……そのために、ッ」

「下がれ朱音。豊臣がまず俺がぶっ倒す!おい、オヤジは何して――――…」


そこまで言って元親は気づいた。
血走った目の色の朱音の頬には乾ききらぬ涙の痕があった。振り返ると先ほど二人が入って行ったはずの屋内は倒壊していた。

オヤジは「新参の子にも父親みたいだと言われちまった」と笑いながら言っていて。
そして朱音は孫市からの情報から聞く限りでは幼い頃失った自分の家族、特に父親に強い執着があると聞かされていた。
だからこそ、少しでも心の傷が癒せられればとオヤジに彼女を任せていた。実際途中まではその通りに出来ていた。

だからこその今、全てが、裏目に出たのだ。


今、彼女を取り巻く気配を一言で表すのならばまさに「混沌」の他になかった。内側を駆け巡る幾重もの感情がそのまま外界へ溢れ出すかのような、気迫にも似た気配。
正面に対峙する秀吉は、もはやかつて朱音を牢から逃がした人物の影は消えていた。今は強大な力を纏い《弱き》を切り捨て支配する、そんな何者かに変り果てていた事実を知る。


「あの時お前に言った言葉、忘れてはおらぬな」

「はい」

「ならば何故我の前に立つ。お前ごときが我を止めるつもりか」

「はい、止めます…止めてみせる…」

「この戦場を見てなお、過去を信じるつもりか―――――愚かなッ!!」


繰り出された拳は横から入った元親が受け止めた。
すぐに長槍で弾くと炎を纏わせ大きく振るった。


「――――テメエの相手は、この俺だァ!」


素早く突きを連続して繰り出すが全て秀吉は動じる風もなくその身のみで受け止めていた。


――――ならば、それを利用して、意識を分散させればいい。

秀吉のこめかみ目掛けて薙刀の刃が襲う。
殺気に似た、けれど殺意とはひどくかけ離れた、本気の《仕留める》為の刃。相手の身体能力・強度を分析した上での極限まで施した手加減。殺さずに戦闘不能状態に追い込むためだけに培い、徹底された意識。
繰り出した朱音の方へ僅かに秀吉の意識が向いた。元親もそれに気が付くと一層力を込めた槍の一撃が秀吉の身体に炸裂した。
体勢が崩れた秀吉の所へ更に追撃の炎が覆った。


「下がれ朱音!」


元親は朱音に向かって叫び、秀吉に掴まれていた薙刀を手放させると後ろ襟をつかんで引きはがした。
強大な拳によって砕かれた薙刀を見つつも、朱音は元親の隣に立ち、骸刀を構える。


「仕方ねェが…ここは共闘だ」

「はい」


二人は同時に飛び出す。
火力は格段に元親にあるため必然と朱音は引きつけ役に徹するのが最善の手。機敏な動きでの立ち回りを求められ、危険であってもそれが勝利への手段に違いない。戦術を説明される間もなく理解し、先に朱音が踏み出した。

飛び上がったまま彼の首元を狙い脚を出すが、すぐに秀吉の上腕が対応する。鈍い軋みが朱音の脚にのみ伝わった。
けれどここから切り返す。腕に弾かれた威力を利用し宙返るように身体を回転させて、下方から刃を突き出し秀吉の脇の間をすり抜けて彼の反対側の首筋を目掛けて振るった。
さながら軽業のような、突拍子のない確実に《仕留める》刃に秀吉は一瞬目を見開き、彼の全ての神経が朱音に奪われるが、自らに届く前に、先と同じように腕を突き出し朱音の身体に喰い込ませた。

体勢が悪かったとはいえ、嫌に簡単に払い飛ばせた、と微かに疑問が胸に生じた一瞬。朱音が吹っ飛んでいく様子を見る間もなく、その時には既に元親の槍が大きく弧を描いていた。



「《逆巻く風に―――――立てよ白波》ィッ!!」


眩い業火が富嶽一帯を激しく照らし出した。
元親の大技は秀吉に正面から当てることができた。彼に大きな傷をつけた。これで秀吉の戦闘能力は確実に削れたはずだ。

二発の攻撃を喰らい、視界が揺れ動きながらも朱音は痛みに耐えるように膝をついている秀吉の元へ元親と共に歩み寄る。


「……ひでよし、さん。もう、止めてください……たくさんの、人たちが…」


言いかけたまま、朱音もガクリと身体の力が抜け秀吉の側で手をついた。それでも彼に触れようと手を伸ばした瞬間に、元親が秀吉の抑えられぬほどの殺気に気づいた。

すぐに朱音を守ろうとしたが秀吉の手は他でもなく朱音だけを狙っていた為に間に合わない。
元親は片腕で払われ、朱音は首を締め上げられ高く突き上げるように持ち上げられた。


「テメェ!なんのつもりだッ!朱音を離しやがれ!」

すぐに反撃の為に突き出された元親の槍を忌々しそうにもう片方の腕で受け止め、そのまま柄を掴み元親の動きを封じた秀吉が朱音を鋭く睨みつける。


「…やはり情などいらぬ…!邪魔だ…妨げにしかならぬッ!」

「……ひ、……ッ…さ…」

「くっそォ…!――――――、グぁッ!」


槍を掴まれたまま元親が炎を使おうとする気配を察した秀吉が器用に片手だけで衝撃波を放ち、元親の身体が離れた船の縁まで一気に吹き飛ばされ背中から強く打ち付けた。
0距離での攻撃は彼に大きなダメージを与えたようで苦しそうに呻く声が聞こえる。


(元親さま、まで……!)


大きく見開かれた目に痛みが灯る。
現在進行形の喪失が加速する。あの瞬間の焼き回しがまた実現されそうな気に陥る。何年にもおよび憑りつかれた想念が内側で激しくのたうち回る。

取り残されたその心に思いが膨張し破裂する。
それはついに、形となって。


――――――――――――――――バチリ、と細い首を掴んでいた腕に熱が走った。



「何ッ!?」


抵抗できるはずのなかった朱音から何かの強い攻撃を受け防衛本能が働き彼女を投げるように離した。
またしても身体が大きく床に叩きつけられたが、朱音は両手で身体を支え立ち上がろうと努める。


(今のは……まさか…)

自分を攻撃した力の正体、身に覚えのある気配と感覚を元に推察しかけたところで、秀吉は思わず目を見張る。

少女から何かが溢れ出している。
実際に目に見えなくても大きな渦が彼女の周りを取り巻いて見えたのだ。

その姿は遠く離された元親にも感じ取られるほどに強く暗く重いものだった。

使え。在るのならば。惜しまず、此処で。
漸く立ち上がった彼女はじっと秀吉を見つめる。そしてまた開いた距離を詰めるために一歩一歩、今にも崩れそうな脚を前に出す。


「わたしは、いやです。人が、死んじゃうの、」

「死は、ひとりじゃおわらない、一瞬じゃおわりません、」

「あなたは、遠い未来の繁栄を視ていると、伺いました、では、この今と、過去の人々は?」

「―――――――――切り捨てれば、それで終いになるなんて、有り得ない!!」


バチリ、バチリ、と朱音の結われていた髪が解け、何かの力に動かされるように舞い上がる。

正面に対峙する秀吉が先程とは違う様子で今度は大きく表情を歪ませた。彼にとって、何か…誰かとこの朱音が重なるのだろうか。あるいは以前にも同じようなことを誰かに言われたのかもしれない。
もしもそうだとしたら、きっとその誰かは今はもうこの世にいない相手なのだろう。


「………本気で死に急ぐか、貴様、」

絞り出された秀吉の声はなぜか真実から目を背けた、ただの強がりのように朱音には聞こえた。


「いいえ、しにたくないです。さっき首をしめられた時に、そう、思いました。はじめてでした。心から、しにたくないって思ったの。みんなのところに帰りたいって思えたの、」

「ならば何故背を向けぬか!」

「わたしはしぬまで、己の目的のために、生きていたいからです、矛盾、してるかも、ですね」

一瞬、息を飲む音を立て、俯いてグッと胸を押さえる仕草をしたものの、朱音は骸刀を納めて姿勢を持ち直し、止まらず秀吉へと向かっていく。


「きっと――――――――」


言葉は遮られた。
再び朱音の身体は秀吉に掴まれ地から離れた。
やはり掴み上げた腕には先ほどと同じ力が更に信じられないほど強い衝撃になって走り抜け、激痛に変わるがそれでも秀吉は離さない。
離せば己は彼女に敗北する。そんな気さえした。


「その目が不快だ。貴様は、何者だ……!」


今度は首ではなく胴を掴まれて苦痛に呻く。しかし一呼吸の後、朱音は自然と静かな笑みが浮かべた。

笑んだのは、秀吉の『人らしさ』を確かめることができたから。人として必要な感情の存在が窺えた。
それゆえまだ、手遅れになりはしないのだ、と。
だから素直に思い浮かんだ言葉を伝える。

それがついに、秀吉を戦慄させた。


「――――――――わたしが、どなたに、見えたんですか」


彼の核心に触れたのか、考える間もなく握り潰さんと容赦なく力が籠められる――――――――


朱音ッ!!」


間一髪で間に合った元親の決死の槍が秀吉の腕を弾いた。
力の加減なく必死で繰り出された一撃だったのだろう。秀吉の手から解放された朱音の身体は元親の攻撃の衝撃波に乗せられ、天高く舞い上がり、そのまま船の外まで飛ばされた。






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