6.備え
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武田も確かに男所帯ではあったがひかりをはじめ多くの女中たちも屋敷内にいたため、特に気にもせず過ごせていた。
しかし今回。出港して早々に船内で出迎えてもらったのはいわゆる剛力兵ほどの身の丈をした男衆が大半で、まさにこれぞ真の男所帯というか男臭い所帯というか。
全員が全員威勢が良いものだからまず朱音は面食らった。そのままぽかんとしていたら矢継ぎ早に乗船兵たちが話しかけてきた。
「おうおうおう!アニキから聞いていたが本当にちっせぇなぁお嬢ちゃん!」
「んで、あの雑賀の姐御のお気に入りと!」
「俺な、こっそりアニキ達の話聞いたんだがあんた豊臣にも目ェ掛けられてたんだって!?」
「な、なんだと!?こんなちっこいのが!?」
「そんなやつが何で俺らについてくるんだよ!?」
「何が目的なんだよ!ちまっこいの!」
「そんなことよりまずは嬢ちゃんの名前知りたいね!」
「あ、お前自分だけずりぃぞ!俺だって…!」
「誰かぁ…俺の頭に巻く豆絞見てないかぁ、さっきまでここに置いてあったんだけどよ……」
「どいてくれよ、ちっこい嬢ちゃん見えねぇよ!」
「ぁあ!姐御に次に発注するの、あとアレもあったんだったぁ…!」
「おらぁ!一気に何でもかんでも言うんじゃねぇ!」
いつの間にかこの船員の大半が物珍しさで甲板まで集まってきていたらしく、手に負えないほどギャンギャン騒がしくなっていた。様子を見かねた元親が一喝すると、騒いでいた者達はピタリと動きを止めた。
一同が静かになったのを確認すると元親は朱音を呼んだ。
「この台に乗ってくれ。後ろの奴らが見えねぇといけねぇからよ」
「は、はい」
物取り台の上に上がると元親がこちらを注目するよう声を張り上げた。既に視線を浴びていたのが完全な凝視に変わって、妙な緊張感に襲われるがまま朱音の鼓動が速くなった。
「野郎共!よぉく聞けよ!こいつの名は朱音だ。訳あってこれから俺らと一緒に四国へ帰る事になった。よろしく頼むぜ!」
「アニキィ!訳ってなんですかぃ?」
元親のすぐ手前にいた一人が挙手し興味深そうに問いかけた。
周囲の詰め詰め状態に密着した男衆たちもうんうんと頷き疑問への同感を示す。
「あー…なんて言おうかねぇ………こいつもな、豊臣のやっこさんに用があるんだよ。けどその身一つで会いに行って捕まりたくもねぇから、俺らと一緒に備えを整えて相見えたいそうだぜ」
「長曾我部様、備えって…!」
「あの大猿と会おうってんなら絶対要るぜ、あるいは奴の身内でもない限りな」
「………」
「というわけだ!俺らの敵になるような奴じゃねぇから仲良くしてやってくれぃ!」
わぁっと歓声が上がると朱音は受け入れてもらえた事に安堵したのか、自然と息を吐いていた。
台から降りると思い出したように元親が船員たちに告げた。
「あとな、朱音は大量の水を見るのが苦手らしいから物見台は案内してやるなよー!」
「長曾我部様!それは言わなくても…!」
「野郎共がきっと船ん中そこらじゅうを案内したがるだろうから伝えた方がいいんだよ。自ら進んで船に乗るくせに水が怖えなんて面白ぇよなぁ」
「べ、別に怖いわけでは!」
「おうおうウチの連中に負けず劣らず元気じゃあねぇか、ほいっと」
「あ、ちょ、ちょ、ちょっと!ちょうそがッ…かべさま…っ何を!」
「噛んだなァ?元親でもアニキでも好きように呼びな」
「それはいきなり持ち上げられたら…!」
妙に強がる朱音をからかいたくなったらしい。元親はひょいと彼女の後ろの襟首を掴みあげて移動し始めた。
つまりは猫掴みで連れて行かれているわけなのだが、先ほどから小さいのなんだの立て続けにコンプレックスに触れられているために一層不機嫌なふくれっ面を披露している。結果的に見た目通り、実年齢より少々幼い態度になってしまった。
「ほぉら朱音、海は絶景だろー?」
「……ッ!」
頭上に存在する物見台からの景色よりは低いのだろうが、この甲板からでもそれなりに下方の海までの高さがある。自分で部下たちに注意しておきながら面白がって海原の景色を見せた元親は朱音の反応を楽しむように笑って見せた。
案の定、朱音は先日の大坂城脱出の際の死の際の危機がフラッシュバックし、思わず元親の胴に抱き着いてしまった。加減無く腕に力を込め、声なき声で叫んでいる。尋常でない震えように元親は流石に違和感を覚えた。
「…水も高所も怖くねえのにこの二つが合わさると駄目ってのはどういうことでぃ」
「みず、ぼり…!」
「城の防衛の水堀のことか?」
「大坂で、落ち、かけて…」
「どんな状況でそうなったのかも気になるが、豊臣の城の堀とこの船の高さとはどっちが高いんだ?」
「お、城です…」
「……そいつは悪かったな」
漸く降ろされても、よほど怖かったのか元親の袴から伸びた長布を離そうとせず、元親の心にも流石に罪悪感が芽生えたらしい。しかもわりと命に関わる理由であったため余計に気まずい。
元親は後から知ることだが、朱音の左肩の負傷も水堀に向かって落下していく身体、全体重諸々を無理やり堀の石壁に喰い込ませた結果、その衝撃を全て被ったためのものである。そんなぶっ飛んだ事実に驚愕するのもしばし後。
「…と、というわけだ野郎共!海は嫌いじゃねぇんだが高い所から見るのが苦手みてぇだから気を付けてやれよ!」
「お、おう…わかりやしたぜ、アニキ……」
弄んだ張本人に言われても…という微妙な空気が漂うが一応は理解はしてもらえたようだ。言うまでもなく朱音は険しい視線を彼に送り続け、この場に孫市がいたら今度こそ身体のどこぞを撃ち抜かれていた気がして、元親は苦笑いを浮かべた。
*
「夜風はそんなに気持ちいいか?」
話しかけられて振り返ると、真っ暗な視界に小さな灯一つ。
どうやら船内の見回りをしている人らしい。海を見つめているわけではないが、真上の星空を一望出来る開けた甲板で体育座りをしていた朱音。波の動きに呼応する船体と周囲の音に身を委ねていたところだった。
「考えることがたくさんありまして」
「子どもはもう寝てる時間だろうに」
「…子どもではありません」
「聞かん坊って雰囲気が出てるぜお嬢ちゃん」
「そんな、父上みたいなことを…」
聞かん坊なんて懐かしい単語に、つい言い返したところで思わず目を見張った。
目の前にいる男性は他の船員たちと同様威勢の良さそうな雰囲気ではあるが、彼らよりはやや上の世代の年齢に見えた。筋肉のつき方も他の人達に比べると幾分控え気味な印象だ。
そうしたものたちが、よりこの感覚を加速させるのだろうか。それともまだ面影をどこかで、誰かで探そうとでもしているのだろうか。
「やや、新参ちゃんにも言われちまった。俺、渾名でよくオヤジって呼ばれるんだよ。殿…皆の言うアニキからもからかわれるし」
一応『古株』とでもいうのかな、と彼は笑みを浮かべた。
30~40代くらいだろうか、確かに見た目といい、おせっかい焼きたそうな感じといいその渾名はぴったりなのだろう。
――――たしか、最後に見た父の姿もそれくらいだった。
「―――…わたしは、戦場に立っています。自分で、選びました……それを、あなたならどう思いますか」
「………」
考えがまとまる前に先に声に出していた。
なんとなく、どことなく……父に似る雰囲気を持つ存在へ、問わずにはいられなかった。
どんな回答を求めているのかは自分自身にもわからない。
上空では数え切れない小さな光が瞬いている。肌を撫でる柔い風が緊張する身体を鎮めるかのように纏い抜ける。
相手は案の定面食らったようだった。それからじぃっと朱音を見つめて、一度目を伏してからゆっくり口を開いた。
「俺にもまだ小さい娘がいるが、そいつがいつか戦場に立ちたいとかほざいたら俺は引っ叩いてでも絶対許さないな……嬢ちゃんの親父殿も、もしかしたらそう思うんじゃないか?」
「………、」
己の心が、純粋に軋んだのがわかった。
「でもお前は………なんていうか、ここに今いることにそう不自然さを感じさせない。なんでだろうな………あ、きっとその目つきのせいだな」
「目つき?」
「戦場では迷ったやつ、躊躇ったやつからおっ死んじまうだろう。お前、それをよく知ってるだろ」
自分でそう決めた。戦場にあり続けることを選んだ。その選択はいつまでも覆ることはない。幼き頃自我が芽生え、世界を知った瞬間から自分の生きる意味を戦場に委ねた。
戦いを生むばかりの世界の廻りを、殺めることを是とする時代の流れを決して許さぬ意志を胸に。今までも、今も、これからも。
「――――なんで、もっと他のことに執着しなかったんだい」
「え…?」
「って、思うかもな、親父殿も。こんなにもこの乱世の産物に似つかわしい空気を纏っちまいやがってってな」
《乱世の産物》
つまりは認めたくはないが、他に手のつけようもなく、今の少女を受け入れざるを得ないと。……少女の父も同じように思っていたのだろうか。
「突然すみません、ありがとうございました」
「答えになってたか?」
「はい」
「満足できたなら、そろそろ寝ようや聞かん坊ちゃん」
「えー…」
「夜の海も星空映しててなぁ、綺麗なんだぞー見るかー」
「すぐにへやにもどります」
部屋の前まで足元を照らしてくれた彼の名前を聞こうとしたが、彼は“オヤジ”で良いと言った。
呼びにくいです、と朱音は苦笑を浮かべたが、もう一度礼を述べて大人しく寝床に入った。