5.軌跡
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「お、サヤカに朱音!二人して何やってるんでぃ」
「長曾我部様、こんにちは」
「邪魔をするなからすめ」
雑賀荘内の広く開けた射撃場で銃の手ほどきを受けていた所に元親が顔を見せた。
彼は慶次にも負けないくらいとても派手な身なりをしているがれっきとした一国の領主であり、今回は大筒などの弾の補給に雑賀へ来ているとのこと。
ならば流石にそろそろ紀伊の国を出るのだろう。
「まあまあ、邪魔しねぇから。続けてくれ」
「………いいだろう。朱音、もう一度構えてみろ。…そうだ、地面と水平に。ここを見ろ」
孫市の指先が銃の各部を指さす。
「今お前が持っている短筒は銃身が短い分、わずかなズレでも的からは大きく外れる。ここの照門の谷間からこちらの照星を見るように、標的に合わせろ」
「はい」
「余計な力みは無いな。よし、引き金は慌てて引くな、照準がズレかねない。ゆっくりと絞れ。……発射後の衝撃は肘から先を上に挙げるようにして逃がせ、――――――撃ってみろ」
言われた通りに指を絞ると撃鉄によって弾き出された弾が軌道に乗り狙った的へ吸い込まれていった。
「おおー、やるな朱音!いきなり当てたじゃねぇか!」
「雑賀様のご教示のおかげです」
「流石、筋がいいな。他のも一通り試してみるか」
「でも、きっとわたし銃は…」
「使わずとも機能を知っているのと知らないのとでは生き残る確率が大きく変わるぞ」
「…わかりました」
「気に入られちまったなァ朱音」
*
「一番使い慣れたのはどれだ?」
「やはり最初の短筒です。一番軽く負担も少ないですし、操作も簡単で…」
「ならばもう一度。今度はすべての弾をできるだけ間を空けずに狙い撃ってみろ。ただしお前の身体の様子にも注意を払え、特に負傷している左肩を」
「は、はい」
言葉のまま、一通り全ての重火器に触らせてもらうと一番自分の身に親しんだ銃をもう一度握らされた。
教えられた内容を構える前に思い出しゆっくりと持ち上げる。
慌てずに、確実に。
すると、すぅ、と照準が流れるように吸い寄せられる。
照星と狙う的だけを意識する朱音の目の色が変わっている事に気付いた元親は動揺した。
「……!おい、サヤカ」
「黙っていろ」
まもなく装填された銃弾が撃ちだされた。豪速ではないものの、一発撃って、構えを直す為の一間、また撃って一間、と安定したリズムが作られている。
迷いのない表情に唖然とし、朱音の顔を凝視していた元親の耳に孫市の冷静な声が割り込んできた。
「見事だな。全弾命中だ」
言葉を聞いた途端に少女は一気に身体の力が抜け、先ほどまでの少し緊張しているような雰囲気が戻ってきた。
しかし、
「あの、雑賀様。雑賀様も撃ってくださいませんか」
「…ふ、いいだろう」
聞かずと知れた彼女の意を汲むと孫市は自らのホルスターに差していた同じ短筒を軽く構え一気に撃ち尽くす。
朱音に持たされていたものよりもずっと重い銃声が立て続き、言うまでもなく全ての銃弾は的に喰い込んだ。10発以上はあったはずの弾は5秒もかからずになくなった。
彼女の構え、重心の位置、視線の先、的の見据え方、引き金に掛ける指の力加減諸々を見取っていた朱音は思わず息が零れた。
「すごい…」
「何を言う。まともに触ったのが初めてだというのにお前の腕も中々だ。………ああ、そうだ。お前に似たような奴がいたな………いや…」
「いかがなさいましたか」
「将来を見込んでそいつにはこれと同じ改造した威力の強い銃を渡したが…撃った衝撃が強すぎて、今のお前では身体の負担になるな」
確かに今しがた孫市が撃った銃声は重く、戦場で多く耳にした物とは違い、独特だ。
けれど最近、確か…どこかで聞いたような気もする。それは確か、
「……大坂城、で…」
「大阪城?」
「雑賀様のその銃とよく似た音を聞いた気がするんです。…そう、城から出ようとした、あの時の…」
秀吉によって大雑把ながらも作りだされた脱走路を走っていた時に突如襲ってきた朱音を追尾した耳慣れない銃声。
その銃の持ち主がこの雑賀と交流があったのだろうか。
「徳川は今は豊臣傘下にいたな。ならばその銃声は雑賀産の物で間違いないだろうな。」
「い、家康様に渡したのですか!?」
「あいつは今は素手で戦うだろう。徳川ではなく徳川軍の人間に渡したんだ。徳川家康はそいつは兄弟みたいな者だと言っていたが…」
「家康様のご兄弟の方だったのですか…」
「しかしどこかお前と似た雰囲気を纏っていてな。そいつの名を教えておこう。本多忠朝という」
その名に反応したのは元親だった。素っ頓狂な声をあげると上ずった調子のまま孫市に詰め寄った。
「本多ッ?ならあの本多忠勝の兄弟か!?」
「そのあたりの事情は知らないが、あの背格好からしたら息子じゃないか?」
「まじかよ……本多にガキがいたのかよ…よ、嫁さんどんな人なんだ…?」
「ほんだ、さま?」
「あ!?知らねぇのか?家康の最も信頼する腹心、戦国最強の異名を持つあの本多忠勝だぞ!?いやぁ~、しかしあいつは男の浪漫だよなぁ…!」
「ろまん?」
「放っておけ。男で子どもというのはからすなものだ」
そこまで一息で喋りさらに何か語りそうな様子の元親だったが、ふと違和感を感じまじまじと朱音を見つめた。
「朱音…お前ェ、家康と知り合いなのか?それに大坂城から逃げてきたってぇのはどういうことだ…?」
つまり朱音は何者なのかと訊ねたいようだ。ただの偶然助けられて偶然雑賀の統領との知り合いであった娘、というだけではないことに気づいたらしくじりじりと距離を詰めてきた。
「豊臣っていやあ数日前に川中島の武田上杉の合戦に奇襲をかけただろ、それで次は…」
「え…!?」
突然告げられた乱世の世情に身体に稲妻のような衝撃が落ちる。立て続けに身体が引き千切られそうな思いに襲われて、走り出そうとした腕を孫市が掴んだ。
一瞬で気が触れたように動転する目を孫市はまっすぐ見つめながら元親に静かに言う。
「……元親、情報は慎重に与えろ」
「な、なんだってんだよ」
「すまないな。今のお前には告げるべきではないと私は判断していた」
「な、ぜ……どうして…」
孫市が先に朱音の身の上を把握していたのは彼女の手荷物を確認していたからである。
―――――――あの三つの家紋が刻まれた小太刀が決定打になり、粗方の事情も調べていた。
そして彼女が知る朱音と名乗る前の、燃える寺院でまみえたあの瞬間の瞳。数日前の意識が朦朧としている中も急かされるように、駆り立てられるように、届かない場所へ辿りつこうと足掻く姿。
まるで…
「お前は豊臣の軍師に能力を見込まれて暫く軟禁されていたそうだな。しかし何らかの手段で逃げ出した、その直後だ。川中島で抗戦する武田・上杉に豊臣は奇襲をしかけたのは」
「………」
「情報は何にも優る宝故、お前に謝る道理がないのは承知しろ」
それこそが、この時代の習い。
わかっている。いい加減理解しなくてはいけないこと。生きるために、あるいは守るため、あるいは手に入れるため…望みを叶えるため。
選び取り、切り捨てる。全てを意のままにできることなど不可能に等しいことであると。
求める。求めよ。今、己が何を欲しているのか、見定めなくては。
「………武田の皆様の安否を教えていただけますか」
「豊臣の奇襲は事実上失敗に終わった。上杉も武田からも名の知れた将が討たれたという情報はない」
「豊臣軍の次の動向…その予測を教えてください」
「武田ではなく、豊臣を聞くか」
「捕まっていた時の竹中様と秀吉さんの言動や様子、大坂城で感じた空気からの推測しかできませんが…豊臣は前々から各国へ例外なく斥候を出し様子を探っています。数多の情報を得た上で奇襲を行ったとすれば、次の手を既に構えられていてもおかしくはありません」
これまで日ノ本を覆わんとしていた魔王軍と称された織田は既に滅びた。その間にも情報収集に努め、力を蓄え機を伺っていたのが豊臣であるのならば今後の行動を最も注視する必要のある一軍であるだろう。
以前の自分の行動が偶然にせよ事実を知る一手になった。それを無駄にしたくはない。
真実を求める目が二人を射抜く。
「………不思議な嬢ちゃんだな。いいぜ――――――中国の毛利とも同盟を組んだ豊臣は次に俺の治める四国へ攻めてくると踏んで間違いねぇよ」
「元親…」
「そのためにこの雑賀荘へ火薬の調達に来てたんだよ。豊臣との戦に備えて、だ!………で、ここまで知った嬢ちゃんよ、どうするんでぃ?」
何をする気だ?と、どこか楽しそうにむしろ見透かしたように視線を返してくる元親。そんな彼を少し忌々しそうに孫市が睨むが、朱音は元親の目の前に立った。
基本的に行動を把握されたり阻害されるのは不本意であるがたまには乗ってみてもいいかもしれない。掴みどころがないと評価されることが多い少女は珍しく悪乗りするような表情を浮かべた。
「わたし、大坂城を出る時に秀吉さんに言ってきました。秀吉さんが非道の道に進み続けることを許さないって、諦めないって伝えました」
「四国へ連れて行ってください。もう一度、今度こそ、あの人と話をする場に向かうために!」
今度こそ、今を生きる自分として彼に会いたい。
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