5.軌跡
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*
「梅干しは好きか、朱音」
「はい。わざわざありがとうございます」
「遠慮はするな。好きなだけ食べるといい」
熱いお粥にやけどしないよう、慎重に口に自ら運ぶくらいには回復した朱音。木匙を咥えると口内に広がった梅干しの酸味がよく効いているのか、顔をしぼませる様子を孫市が面白そうに見つめている。
海に溺れ、雑賀荘で目を覚ました次の日の事であった。
自分の中で無理に先を急ぐことは諦め大人しく眠り続けたことで、熱も食事ができる程度には下がったようだ。
相変わらず雑賀衆の統領たる孫市の部屋に布団を敷いて、少しだるそうに上体を起こした状態でもごもご咀嚼する朱音。を、珍しいものでも見るかのように孫市の隣に腰掛けながら観察する元親。
「凄まじい回復力だな…。死にかけてたってぇのによ」
「…回復がはやいのですか。わたし…」
「………屈強だな」
「たくさん傷を作るからこそか?」
「大怪我をした事はたしかに前にもありましたが…」
「だとしたらよくねぇことだろうが」
朱音の額を軽く小突いた元親は呆れた表情を浮かべたまま続ける。
「怪我やら死にかける事が当然みたいに思ってるから、怪我も絶えねえんだろうが。もうちっと自分を大事にしてやれ」
「以前よりは、ずっと、大事にしてるつもりだったんですけど…」
しかし思い返してみると、先を急ごうとするあまり今回も怪我や体調をあまり考慮していなかったような気がした。
おかしい。確かに自分は大切な人たちとまた会うために自分自身にも関心を持っていたはずなのだが…
「難儀な奴だな。単独行動には不向きな性格だな」
心底不思議がる朱音に孫市は溜息をついた。
「いいか、朱音」
首を捻るばかりで結論に至らない様子を見かねた元親がズイと身を乗り出してきた。
「なにかやりたい事や守りたいものがあるってんなら、まず自分の事を一番に考えなきゃならねえ。こいつは傲慢なんかじゃねぇ、『自分』があってこその願いだろうが。そいつがなくなっちまったら、元も子もない。だろ?」
わかったか?と尋ねてくる元親に対し、時間をかけてその意味を咀嚼しようと試みる。しかし、すぐに不安にぶち当たった。
しかし元親はすぐに察したらしく言葉を続けた。
「普段からちゃんと大事にできてりゃ、いざという時も助けたい奴らの所に駆けつけられるだろうがよ」
「………」
「だから、自分の限界ってもんをしっかり覚えておけよ。手遅れになる前にな」
ポン!と元親の逞しい掌が小さな頭を包むように乗せられた。
「…前にも同じこと言われちゃいました」
「だろうなぁ。」
もう一つ。元親も孫市も朱音の様子を見ていて気になる点があったのだが、今この場でそれを問うことは見送った。
見境なく誰かを助ける為だけに疾走できる彼女は何を目的としているのか。何を求めて助けに走り続けるのか。
その姿に落ちる影を二人は確かに感じ取っていた。
***
「西洋のてっぽう…」
「鉄砲がどうした?」
「ここに来る前にお世話になっていたおうちの人に、この近くに鉄砲を使う集団がいると聞いていたのですが」
「確かにそれは我らのことだ」
それからまた数日後のある日。日常生活の無理をしない程度の行動をこなすくらいまで回復した朱音は見舞いに来てくれた孫市に訊ねてみた。
根拠は彼女たちが纏う火の粉の匂い。
かすかに鼻をつくその火を被る鉛の匂いが戦場を思い起こさせる。
孫市は隠す事もなく、現在は彼女が長を務める集団、雑賀衆について説明する。
「鉄筒による戦闘を主とする傭兵集団だ。我らは我らの誇りを正しく評価する者達としか契約は結ばないが故に、実力は確かだと保証する………もっとも、私…いや、我らの弱さを目の当たりにしたお前には信用してもらえないか」
「え?」
「本能寺での一件だ。織田と相対したのだが、我らは敗北した。先代が統率していた雑賀衆は壊滅寸前まで追い込まれた。……お前はその場に居合わせたんだ」
武田軍に拾われる直前、明智光秀に斬られ死の境に立ったその場所、炎に包まれた寺院。
記憶に新しい、最後の記憶を思い出す。
僧服の人や武装した人も居た。息のある人を少しでも多く見つけて、火の手から遠ざかる場所へ連れて行った。孫市達はまさにその場で救い出された者の一人であったらしい。
「『待っている人達の所へ帰ってあげなくちゃ』」
「…あ、」
「お前は我らにずっと声をかけていただろう。しかと覚えているぞ」
「事情も知らないのに、偉そうな事を言ってしまいすみませんでした」
「謝る必要はない。改めて礼を言おう、朱音」
「………」
「あまり嬉しくないようだな」
「そんなことはないです、けれど…自分の事じゃないみたいで…――――わたしのしている事は、お礼を、されるようなことじゃ…」
「………お前はそう言うと思っていた」
孫市はまっすぐな視線で朱音を射抜いた。軽蔑するような雰囲気ではないが、どこか違和感が感じられた。孫市が推察する内容を朱音は見抜けなかった。
「それよりも、お前は銃を使ったことはあるか?」
「い、いいえ。落ちていたものを拾って、威嚇程度にしか…数える程しか撃っていません」
「せっかくこの雑賀荘へ来たのだ。試しに撃ってみないか」
「ええ!?ですが、関係者でもないのに…」
「生きるために学んでおくべきだ、お前はな。身を守る術に活かすこともできよう。」
結果として強制になったが、孫市が朱音を案ずる気配は確かに感じ取れた。
.