5.軌跡
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はやく、
はやく、いかなきゃ
はやく、すすまなきゃ
はやくしないと全てがまた、手遅れになってしまう
―――――――そんな気がして
≪おきろ≫
≪起きろ≫
≪起きろ!!≫
目蓋が異常なまでに重たい。
すぐに開いてくれない。なぜ、と思うよりも強引にこじ開けた。
すると目の前にはガタイのいい男が三人程いて、ズン!と顔を覗き込まれた。
しばらく、ぱちくりと見つめられていたが――――
「「「ア、アニキィイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」」」
唐突に大声で叫ばれた。
みっつくらいの野太い声が綺麗に揃って耳を劈いた。
訳がわからない。この人たちは誰だ。そう考える前に身体は動いていた。
反射的に上半身を起こすと片足で敷布団を蹴って一気に壁際まで移動した。遅れて鈍い頭痛に襲われる。
手近に何か身を護れそうなものは……ない。
「ああ!まだ動いちゃいけねぇよ!」
三人の内の一人が朱音に声をかけたが、視界がぶれて、まともに相手の顔が、表情がわからない。声も何て言っているのかわからなかった。
呼吸が荒い。意識を集中させようとしても鎮まってくれない。
ぼんやりする頭を振ると、何かあっても応戦できるようにと立ち膝になって身構えようとした。
瞬間、左肩に激痛が走った。
「ッ、…ッ!!」
「落ち着いてくれ!俺たちはアニキの――――」
男たちの声も届かず、痛みのあまり身体が勝手に前のめりに倒れた。
「どうしたぁ野郎共!!」
バーン!と派手に襖を開け放ち、元親が乗り込んできた。
しかし、目の前の慌てふためく部下の先に俯せで倒れている少女を見て愕然とした。
「この嬢ちゃん、目を覚ましたんですが…俺たちを警戒しちまってるみたいで…!」
「でも、すごく苦しんでいるみたいなんスよ!」
「静かにしないか元親。あの娘が…――――…っ!」
元親より少し遅れて現れた孫市が倒れている少女を目にした瞬間、わずかに顔色を変えると駆け寄った。
「サヤカ…?」
「落ち着け。まだ身体を動かすな!」
冷静な態度ではあるものの常日頃の様子より孫市は感情を露わにしていた。少なくとも元親には彼女がそう見えた。
自力で身体を動かそうと藻掻く少女を押さえながら無理やり上体を起こさせると、彼女に聞こえるようはっきりと孫市は告げた。
「――――――私は、本願寺でお前に助けられた者だ。お前に危害は加えないと誓う」
(本願寺って今は炎上して無くなったっていう………)
(そうだ。確かあそこでサヤカの先代と、雑賀衆は―――――)
元親は合点がいったらしくゆっくりと朱音と孫市の元へ歩き出す。
じっと孫市の顔を見つめる朱音。しかし意識がはっきりしないのか身体の力が抜けるのと同時に視点が余計に定まらなくなったらしい。
ぽん、と頭に手を乗せてきたのは元親だった。
「大丈夫だ」
それだけ言うと穏やかな笑顔で朱音を見守った。
「………、」
力なく俯いた。漸く気持ちが落ち着いたらしい。
抵抗しなくなった朱音は布団に戻された。
状況が把握出来ていないため、何か言おうと口を開閉させるが、乾いた息しか漏れて来ない。浅い呼吸しかできないためか怠そうに、それでも瞳は閉じないよう努めていた。
「野郎共、この嬢ちゃんに飲ませる水を持ってきてやってくれ」
「了解ッス!アニキ!」
「………娘よ。我が名は雑賀孫市だ。この紀伊の傭兵集団、雑賀衆の現統領だ」
「…さ、いか…」
「無理をするな。ここにいる間、お前の身の安全は我等が保証する。気負わず休むといい」
「………わたし………いか、なきゃ…」
「…また、名も知れぬ誰かを助けに、か?」
孫市は朱音の頭を撫でながら、じっとボロボロの身体を見つめる。
―――――――少女は生きることを選択したが、生き続けることにはかなり苦労をした。
お家を失った時の衝撃はあまりに大きく、それ以降他人に心を開こうとしなかった。そのため前田家の厚意も容易には受け取れず、極力関わりも避けようとしていた。常に何かに追われるような感覚と共に生き、心が休まる瞬間は訪れない。
『誰かを守るためだけに生きる』という目標を見つける前までの精神は崩壊寸前に近く、人として当たり前の欲求すらほとんど生じていなかった。
定期的に極端な拒食状態にも陥っており、そうした栄養不足が彼女の身体の成長が年齢に沿わなかった理由である。
けれどこれからはきっと止まった成長も再開するはずだ。しなくてはいけないのだ。
沢山の、自分を大事に思ってくれる人たちがいるのだから。
そう、自分もまた大事に思うその人たちが。
「……ゆ、き、むら……」
「…急く気持ちはわかるが、そんな身体では成せる事も成せん。すべきことの順番を間違えるな」
「サヤカ、水持って来てもらったぞ」
それまで黙って二人を見守っていた元親が部下から受け取った飲み水を差し出してきた。
「飲めるか?」
「ぅ…、みず…」
なぜが嫌そうに眉をひそめた朱音。発熱しているのだから喉が渇いて当然ではあると思うのだが、どういうことかと孫市は首をひねる。
「身体が怠いのなら私が飲ませてやろうか」
「んなッ!?お、おいサヤカ…飲ませるってまさか、」
「なんだ。口移し程度で騒ぐな。これだからお前は姫若子と呼ばれるんだ」
「ば、ばば馬鹿!そいつは言うな!!」
ぼんやりと会話が耳に届く朱音。
この騒がしさは懐かしい感覚がして、案の定幸村や佐助達を思い出した。
(はやくもどらなきゃ、もどりたい…でも、今のわたしじゃまた迷惑かけるだけ…)
(焦ってもしかたない、よね……)
「のめ…ます。じぶんで…」
騒がしい二人のやり取りの内容は殆ど朱音の耳には入っていなかったのだが、そう答えたことで元親はホッと胸を撫で降ろした。
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