5.軌跡
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「あとは大筒の弾を…50は欲しいっすね」
「おうよ。他はねぇか?」
「これで全部っす!」
「ぃよしッ!………おっと、見えてきたぜ!」
橙色の陽光に照らし出された巨大なシルエット。
色を濃くし始めた海の上で悠然と存在し、目的地に向けて正確に進んでいる。
「どうすか、アニキ。久しぶりの物見台からの海の眺めは」
「ああ、相変わらず最ッ高だなぁ!!」
部下に話しかけられた男は、船の前進による向かい風に紫色の上着を舞わせ、かはは!とおおらかに笑って見せた。
豪快な様子に部下も楽しそうに笑みを返した。どうやら男は部下に厚く信頼されているらしい。
「潮風はいつでも気持ちいいなァ!―――――――なぁ野郎共!!」
「「「「アニキィ―――――――!!!」」」
彼が呼びかければ大勢の部下も全力で呼び返す。
どうやら男所帯のようでこの上なく暑苦しいのだが、どこか清々しくもあるという独特の雰囲気を作り出していた。
「さぁアニキ!雑賀の姐さん所までもうすぐっスよ!」
「ああ…半年ぶりか?アイツも元気にして…―――――…ん?」
朗らかに会話をしてながら、久しぶりに訪れた紀伊国の港を見回した。
すると視界の端で何かが、海に落ちるのが目に入った。ここから約11間ほど。弓の飛距離二倍程に匹敵する離れた小さな崖のような場所からだった。
「どうしたんスか、アニキ」
「………人、なのか?―――――――――野郎ども、船を西に傾かせろ!ちょいと急げッ!!」
唐突に指示を変更したにも関わらず部下はすぐさま進路を変え、言われた方角へ船が進みだした。
甲板まで飛び降りると、まだ距離がある中その物体の正体を確かめようと望遠鏡をのぞいた。
身体が見えた。
けれど、脚が、胴が、頭が、手が、海中へ吸い込まれていった。
「――――――ガキだッ!!」
「アニキ!?」
考えるより先に己の武器を取ると海の中へ飛び出していった。
「間に合えよ……ッ!」
彼の武器は巨大な槍、柄に鎖があり船の碇によく似た刃先を備えた長槍だった。
刃を海面に着け身体を乗せると、そこから炎が爆発するように燃え盛り彼の意のままに槍ごと進みだした。
近づきながらわかってきたが、子どもが落ちた崖はそんなに高くはない。波に身体を打ち付けても死ぬことはまずないだろう。ならば間に合うはずだ。
「ここいらだったな!」
飛び上がるように長槍から降りると素早く水の中へ飛び込んだ。
水圧に阻まれながらも奥へ奥へと潜り続けていく。
暗い海の中でやがて白い光が浮き上がってきた。
子供の肌だ。
腕を強く強く伸ばした。
**********
「水遊びはいつも自分の家でしているだろう。気の抜けたまま我らの所に来るとはいい度胸だな、元親」
「や、やや!違ぇんだって!こいつぁちょいと訳があって!」
「……その娘か」
「海で溺れてたんだ!お前の所で休ませてやってくれねぇか!?」
「相変わらずのお人好しだな」
案内してやるからついて来いと背を向け歩き出したのは、男―――長曾我部元親が今回火薬を補給の頼りにやってきた紀伊の地に存在する傭兵集団の統領、雑賀孫市である。
水中に沈みかけた少女を助け出したものの未だに目を覚まさないため、慌てふためいている元親とは対照的に孫市は落ち着いた様子で歩を進めていく。
「水は吐かせたか?」
「ったりめーよ!」
「枕になるものも敷かず仰向けに寝かせていないか?」
「んなことするかよ!海の男をナメるなよサヤカ!」
「その名で呼ぶなからす!」
「イッデェ!!」
元親からはサヤカと呼ばれた孫市は容赦なく巨体の頭にげんこつを落とした。
痛むのか一瞬少女を取り落としそうになったが慌てて持ち直すと、元親は冗談の通じないやつだ、などと孫市にぶつくされる。
しかし孫市は孫市で涼しい顔のままたどり着いた簡素な屋敷の中へと歩いていく。
なんだかんだでこの二人は互いの性を承知しているようだ。
10畳程の部屋に着くと孫市はここに寝かせるよう元親に指示した。
「ここってお前の部屋じゃねぇか」
「客間はあるにはあるが、寝かせるための場所ではないからな。それに、私もその娘には用があるかもしれない」
「な、サヤカ!このガキを知ってんのか!?」
「………さあな。おい、着替えさせるから出ていけチカたん。ついでに温めた布を沢山もってこいチカりん」
「お、おい妙な呼び方すんな!」
「こっちのセリフだ」
さっさと出て働け、とばかりにしっしと手を振られた。
「…頼んだぜ」
「任せておけ」
*
「元親、ずっとここにいたのか」
一通り手当てや着替えやらができたのだろう。襖を開けた孫市が部屋の外に元親が残っていたことに驚いたようだ。
「そりゃあ、急にガキの介抱頼んじまったわけだしよぅ…」
「本当、お前は変わらないな。…だが、今からお前に報告することがある」
「あ?なんだ」
「あの娘についてだ。中に入れ」
大人しく孫市に続き部屋に入ると、先ほどまでずぶ濡れだった少女はきちんと身体や髪を拭かれ、孫市のお下がりであろう軽装を身に纏い布団の中で眠っていた。
しかし、少し呼吸が浅い。それに顔が少し赤くなっているような…
「気づいたな。水を拭き取ったらすぐに熱が出た。おそらく疲労からだ」
「こういう場合は普通、逆にすぐに体温が戻らねぇはずじゃ…」
「事実出ているのだから認める他ない」
孫市の言葉に頷きつつも、なぜあんな場所から落ちていたのか疑問がわき上がる。
「もう一つ。この娘、怪我をしている」
「なんだと!?そんなの引き上げた時はどこも…!」
「出血していたわけではない。」
孫市が少女の上半身が見えるように布団を剥いだ。
すると少女は左腕を肩から包帯で固定されていた。
「身体の腫れ具合からして海には恐らく背中から落ちた。だからこの怪我はそれ以前に負ったものだな」
相当悪化していたぞ、と険しい表情を浮かべた。
ここまでおそらく放置していた少女が信じられないらしい。戦う者が身体に気遣わぬなど有り得ない、とでも言いたげだった。
孫市とともに元親も険しい表情になった。少女の状態が想像以上に悪かったため心配しているようだ。
「あとは身体中にも切り傷や刺し傷の痕が絶えないということだ」
孫市の指が少女の首筋をなぞった。引き上げた時から首には布が巻かれていたが、そこには新しく包帯が巻かれていた。
右腕や肋骨付近の二つの刃の痕も勿論孫市は目にした。
「正直ここまでとはな」
「…なぁサヤカ。お前、さっきからどうもこのガキを知ってるみたいに話していねぇか」
「さてな」
「おい…」
「話はこの娘が起きてからだ。火薬を補給しに来たのだろう、行くぞ」
「お、おい!ここにこの嬢ちゃん置いていく気か!?」
「他の我らについているよう指示する、安心しろ」
話を打ち切るように孫市は立ち上がると部屋を出るため歩き出した。元親も後をついては行くものの、少女が心配なのか幾度か振り返る。
チラチラ振り返って女々しいぞ、とげんこつでも落とされるかと思ったがそんなことはなかった。
それどころか、孫市も最後に一度だけ振り向くとじっと少女を見つめていた。
やはりきっとこの二人の間で過去に何かがあったのだろう。
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