5.軌跡
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ここは紀伊って国だよ」
「きい、ですか…あの、甲斐か加賀という国はどちらにあるかわかりますか?」
「うーん…あたしらもここいらからそう離れたことないからねぇ…」
ごめんねぇ、と謝られて慌てて首を振った。
「ねぇね!このお雑炊すっごくおいしいよ!」
「あらほんまねぇ。味付けどうやったの、朱音ちゃん」
「えっと…、知り合いが一度わたしに作ってくれて、後から作り方を教えてもらったんですけど…――――――」
日は暮れ落ちて、赤みを帯びた藍が空に広がっている。
決死の逃走から既に4日程経過している。
現在は辿りついたこの紀伊という国内の村の一家庭にお世話になっている状態だ。
必死に甲斐や加賀へ向かおうとあちこち走っていたのだが未だたどり着けないでいる。
土地勘がない上に方向音痴、ついでに言うなら今までこうした地理や国名を対して「情勢に適応しない自分には不要」と覚えようとしてこなかった事を酷く恨んだ。
(慶次によく連れて行かれた京くらいしか、地名と場所が一致してない状態じゃ、流石にまずいよね……)
「どうしたん?」
「い、いえ」
「おねーちゃん、顔色悪くない?だいじょうぶ?」
「明日発つんじゃなくて、もう少しゆっくりしていってもいいんだよ」
この家の人たちはみな優しい。
まだ4,5歳ほどの末の息子が心配そうに朱音の膝上にちょこんと座って頭を撫でた。
そっと抱きしめて応えると、きゃいきゃい楽しそうにはしゃぎだした。
「明日もあそぼー、おねーちゃん!」
「……そうですね。でも、できるだけはやく進まなきゃなんです」
「えーっ」
「その『かい』か『かが』に行きたいのか?」
「はい、」
何やら深刻そうに頷いた朱音を見て家長である父が、ある助言をした。
「わしらも地名やらはあまり詳しくはないんだが、この村を西をずっと下っていくと少し栄えた港市や町がある。そこなら地理に詳しいものもやって来るだろ」
「でも、確かあのあたりはお侍さんもたくさんいるんでしょ?危ないよぅ」
「西洋のてっぽうっていうのをたくさん使うって聞いたぞ!ねーちゃん肩も怪我してるのに!」
父親の言葉に反発する子どもたち。
とにかく知る限りの危険な情報を教え朱音を引き留めたいようだ。
しかし朱音の意志はすでに決まっていた。
*
「気をつけてな。今から出りゃ日暮れには着くとは思うが、なにしろ女の子だかんなぁ」
「気分悪くなったら休みなね?これお腹すいたら食べてな?」
「何から何までありがとうございます。お世話になりました」
次の日の早朝。
まだ陽も覗かず子供たちが起き出さない時間帯に既に出発の準備を終えた朱音は最後に数日間泊めてもらった家の父母に礼を述べた。
名残惜しそうに見送ってくれて、餞別とばかりに握り飯まで持たせてもらえた。
「縁があったらまた来てくれや。うちの倅どもがよう懐いとったでよ」
「はい、いってきます」
とてもあたたかった。本当に、もう一度会えたらいいなと心から思えて。
その表情には努めずとも笑顔が生まれていた。
********************
あの家族が教えてくれたように日が傾き始めた頃になると、人によって整備された道に出ることが出来た。
今まで山道を歩き通しだった。食事の休憩は入れたものの、急ぎたい気持ちが勝りそれ以降は休憩もしないでずっと歩いてきた。
「もう少し…」
ふぅ、と浅い息を吐いた。
あと少し、あと少しと自分に言い聞かせるように足を進めていく。
すると耳慣れない音が聞こえてきた。
ザザ……と何かがゆったり動くような音…
(知らない音…)
妙に多い額の汗を拭いながらも、自然と足をそちらへ進めていた。
脇道へと逸れ、少し深く入っていくと突然道が開け、音の正体が視界いっぱいに広がった。
初めて聞いた音と、初めて見た景色と、初めて嗅いだ香り。
「みず……?」
次に目を覚ました時、この光景を思い出すと、大坂城脱出の時の衝撃のせいで自分は水にトラウマができたのではないかとうっすら自覚することになってしまっていた。
.