4.おもかげ
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大坂城下町散策からはや数日。
「ええ、とても栄えていてよい町でした」
「それは良かったよ。で、答えは?」
「残念ながら、変わらずご期待に応えるつもりはございません」
ふぅ、と半兵衛から溜息が漏れた。
それも気にせず朱音はじっと竹中を見つめる。
「何故なんだい?素晴らしいものをたくさん見られただろう」
「秀吉さんのお考えをわたしなりにまだ理解していないからです」
何かを見落としている気がする。会わなかった数年間に秀吉を変えた何かを知らないでいる。
いくら立派な言葉で飾り立てても、自分が完全に理解できていないうちは軽率に判断を下すべきではない。
大望を掲げるのはいい。ただその望みの為の手段は本当にすべての人を未来へ導ける、正しいものなのか。
それは、どの軍に対しても言える。今、自分はもう一度きちんと情勢を見直さなくてはいけない時期なのかもしれない。今後の為にも。
「なかなか賢明な判断だね。一方的に断り拒絶をするんじゃない。自分の置かれている状況を利用して乱世の情勢を私情を込めず、差別なしに見渡そうとしているんだね」
慎重な行動はひとまず評価するよ。と半兵衛は純粋に微笑んだ。
きっと彼もそうだったのだろう。
冷静に、自分の信念と情勢を照らし合わせて何が自分にとってふさわしいのか。何を求めているものなのか。
その行き着いた先が今の豊臣軍だった、というだけのこと。
「わたしとあなたは同じではありません」
「重々承知しているよ。積んできた経験も違うし、何より君の行動の原動力は感情に依存している」
「竹中様は違うと」
「君は依存しすぎているんだよ、朱音君。でも、これから理解してくれることを信じているよ。この日ノ本が生き残り、未来永劫繁栄していくためには何が必要か」
「わたしは国より今を生きる人が大切だと考えます」
「最終的には同じことさ。でも順序を間違えると取り返しがつかなくなるんだ」
それだけ言うと、半兵衛は背を向け座敷牢を出て行く。
彼とは何度も言葉を交わしたが、一向に通じ合える気配はない。
半兵衛自身も互いの考えが一致しないことも、かといって強制することもできないのは流石に理解しているのではないだろうか。
もし、それを承知の上でも朱音を解放しないというのなら、
彼は何かに駆り立てられているとでもいうべきか。
(何をそうも、焦っているのだろう)
彼の内が読めず、更に思考しようとしていたところ、
ダン!と何かが地にぶつかる音が響いた。
座敷牢の廊下からだ。すぐに朱音は廊下を見渡すべく格子の所まで行った。
その光景に思わず目を見張った。
牢を出たはずの半兵衛が倒れていた。
「―――――――――――竹中様!!」
倒れていた。倒れ伏していた。
咄嗟に鉄格子にしがみついて名を呼んだが返事はない。自分が牢の中にいる以上、彼を介抱することはできない。
――――竹中半兵衛は病を患っている。自分の残りの時間がないことがわかっているから、何もかも急いている。
漸くそのことを察した朱音は彼もまた自分なりで懸命に生きようとしている信念と理由を感じ取った。
「竹中様、竹中様!――――――誰か、誰か来てください!!」
朱音の叫び声に気が付いたのか、入口の番をしていた見張りがやってきた。
彼らも半兵衛に何度も呼びかけているが、半兵衛の瞼は中々開かない。
ここじゃいけない。ここでは介抱はできない。
「安静にできるところへお連れしてください!」
「あ、ああ」
牢の中の人質にそんなことを言われるとは思っていなかったのか、見張りたちは驚いた様子で朱音を見たが、すぐに半兵衛を運びだしていった。
死の淵。
境界を越えた先の身体。
残された人。
(やはり、慣れることはできない…)
半兵衛も見張り番も消え、自分以外はいない牢。自分しかいない牢。まるで取り残されたように、格子にしがみついたまま少女は項垂れた。
**********
「やっぱりここだったか!数日ぶりだな、朱音殿。元気………では、ない、な…」
半兵衛が連れ出されて少し経った位に、官兵衛以来の半兵衛を除いた来客が現れた。
「徳川さま…?」
「何があったんだ。少し顔色が悪いぞ」
格子越しに朱音を心配し、何があったのか知りたいようだ。
徳川家康。彼もまた一人の武将。ならばきっとその手で、多くの命を奪ってきたのだろう。
一見誰にでも明るく振舞いながら、その瞳の奥で何を思っているのだろうか。一人で沈まぬ為にも今は誰かの意見が欲しいと思った。相手が人当たりの良さそうな家康だから尋ねたい、というのも勿論あるが。
「徳川様は……、死をどうお思いですか。その淵を目の当たりにした時、何を思いますか」
「………、儂は」
朱音の真剣な眼差しを見て、家康は考え込むようにゆっくり腰を降ろした。
彼女のこの問いには自分もまた真剣に答えなくてはいけない、と感じ取ったらしい。綺麗事に覆った言葉は求められてはいまい。
《自分にだからこそ投げかけられたものだ》と。
「儂は、人の死は本当は人では扱えないことを知っている。死は、それ一つだけでは終わらない。」
「一瞬では終わらない。一人では終わらない。永遠に続く終わりだ。儂がそれでも進むことを選ぶのは、その悲しみの連鎖を少しでもはやく終わらせるためだ。悲しみは…」
「――――全て、他の人の分も全て、あなたの中だけに留めて。ですか」
彼の言い回しで朱音はすぐに察した。
家康自身の死との向き合い方を。それによる彼の選ぶ生き方を。
覚えのある考え方に朱音の心が軋んだ。やはり優しく振舞う彼にも苦悩の影が纏わりついている。
ならば半兵衛についてではなく、この人とも話す必要がある。そう判断して朱音はまっすぐ家康を見た。
「参った。相変わらず鋭いんだなぁ朱音殿は……」
「……誰かを守れるのなら、自分で全てを受け入れて、黙って死んでもいいと思って……」
「…………」
「でも、きっとあなたは、それでは駄目なんです。徳川様、それではきっとあなたの側にいる、あなたが一番守りたかった人達を一番傷つけてしまいます」
「…………」
「大切に思い、守りたいから自分の内にだけ留めたいのはわかります。けれどその留めている思いは言葉にしなくても必ずあなたの側にいる人たちにも伝わっています、あなたと距離が近い人ほど…」
「……朱音殿も、そうだったのか…?」
憂を覗かせる家康の瞳が朱音を映す。
その瞳は知っている。
大切だから、不安な表情はさせたくないから、と。
自分を捨てる生き方を選ぼうとする瞳。わたしにその瞳を否定する権利はないけれど。
「徳川様、どうか」
「………わかっているよ。忠勝たちが儂に言いたがっていることは、」
ちょいちょい、と家康は朱音を手招きした。どうやら格子の側までもっと寄って来いと言っているようだ。
素直にそちらへ行くと、傷だらけの硬くも優しい掌が鉄区切越しに頭に添えられた。
「朱音殿こそ、身体中に傷が絶えないんじゃないか?あれだけ動けるんだから」
「まぁ、ほんの少しだけ…」
「………本当に、こんな思いを、誰かと共有しても、いいのものなのか」
「はい。きっと、押し黙っているよりはちゃんと悲しい、苦しいって思いを伝えた方が徳川様の大切な人は喜んでくれると思います。あなたを見ていると心からそう思います」
誰かを守りたいのなら、自分も守らなくては。
ずっと、ずっと一緒にいられるように、と。今度こそ。
「…家康でいいぞ。ありがとうな」
鼻をひとさし指でこすりながら、疼く感情になれないままに礼を口にした。
それからは、家康にとって家族のような家臣、身の回りの者たちの話へとつながっていった。
他愛もない温かい話ばかりで聞いていく内に朱音もだんだんと気持ちが落ち着いていくのがわかった。
朗らかに自分の周りの人々について話す家康は本当に楽しそうだ。
ならば尚更、彼はもっと自分の感情を誰かと共有させてもいいだろうと考えた。きっとその方が彼の周りの人達にとっても喜ばしいはずだ。
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