4.おもかげ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
大坂城下町散策からはや数日。
「ええ、とても栄えていてよい町でした」
「それは良かったよ。それで、答えは?」
「残念ながら、変わらずご期待に応えるつもりはございません」
ふぅ、と半兵衛から軽い溜息が漏れた。
それも気にせず朱音はじっと半兵衛を見つめる。
「何故なんだい?素晴らしいものをたくさん見られただろう」
「秀吉さんのお考えをわたしなりにまだ理解していないからです」
一番重要な情報はまだ手に入らない。会わなかった数年間に秀吉を変えた何かを知らないでいる。
いくら立派な言葉や外見で飾り立てられても、己が完全に理解できていないうちは軽率に判断を下したくはない。
大望を掲げるのはいい。ただその望みの為の手段は本当にすべての人を未来へ導ける正しいものなのか。
その疑問はどの軍に対しても問うべきことなのかもしれないし、もう一度きちんと情勢を見直す機会になりうるかもしれない。今後もまた他人と手を取りたいと思うのなら。
「想定以上だね、意外と考えているじゃないか。意固地に拒絶するんじゃなく、自分の置かれている状況を利用して乱世の情勢を、極力主観を交えず見渡そうとしているとはね」
慎重な行動はひとまず評価するよ。と相変わらず上から目線ながらも半兵衛は素直に微笑んだ。
彼自身もそうだったのかもしれない。
冷静に、自分の信念と情勢を照らし合わせて何が自分にとってふさわしいのか。未来に何を求めたいのか。その為にはどんな行動し、何処に属すべきか。
その行き着いた先が今の豊臣軍だったというだけのこと。
「わたしとあなたは同じではありません」
「重々承知しているよ。積んできた経験も違うし、何より君の原動力は感情に依存している」
「竹中様は違うと、」
「君は依存しすぎているんだよ。けど少しは聡いようだから、これから理解してくれると信じているよ。この日ノ本が生き残り、未来永劫に繁栄していくためには何が必要か」
「わたしは大きな括りより、今を生きる人が大切だと考えます」
「最終的には同じことさ。その順序を間違えると取り返しがつかなくなるんだ」
それだけ言うと、半兵衛は背を向け座敷牢を出て行く。
彼とは何度も言葉を交わしたが、一向に通じ合える気配はない。
半兵衛自身も互いの考えが一致しないことも、かといって強制することもできないのは流石に理解しているのではないだろうか。
もしそれを承知の上でも朱音を解放しないというのなら、彼には何か特別な事情があるのかもしれない。
(まるで、何かに追い立てられているかのような……焦っている?)
彼の内側が読めず、やり取りを思い返しながら更に思考しようとしていたところ、
ダン!と、見えない場所から何かが地にぶつかる音が響いた。
重々しい音に緊張感が走る。すぐに朱音は廊下を見渡すべく格子の所まで行った。
その光景に思わず目を見張った。
牢を出たはずの半兵衛が倒れていた。
「―――――――――――竹中様!!」
倒れていた。受身を取った様子もなく倒れ伏していた。
咄嗟に鉄格子にしがみついて名を呼んだが返事はない。自分が牢の中にいる以上、彼の状態を確かめることができない。
一時の体調不良でなければ――――竹中半兵衛は病を患っている。
自分の残りの時間がないことがわかっているから、何もかも急いているのではないか。
漸く察した朱音は、彼もまた自分なりに懸命に生きようとしている信念と理由を感じ取った。
「竹中様、竹中様!――――――誰か、誰か来てください!!」
朱音の叫び声に気が付いた入口の番をしていた一般兵がやってきた。
彼らも半兵衛に何度も呼びかけているが、半兵衛の瞼は中々開かず小さく呻いている。
ここではいけない。ここで介抱できる範疇を超えている。
「どうか安静にできるところへ…!」
「あ、ああ」
牢の中の人質にそんなことを言われるとは思っていなかったのか、見張りたちは驚いた様子で朱音を見遣ったが、すぐに半兵衛を運び出していった。
死の淵。
境界を越えた先の身体。
残された人。
(やはり、慣れることはできない……)
半兵衛も見張りも消え、誰もいない、自分しかいない牢。まるで取り残されたように、格子にしがみついたまま少女は項垂れた。
**********
「やっぱりここだったか!数日ぶりだな、#dn=1#]殿。元気に………では、ない、な…」
半兵衛が連れ出されて少し経った頃、官兵衛以来の来客が現れた。
「徳川さま…?」
「何があったんだ。少し顔色が悪いぞ」
格子越しの朱音を覗き込み、純粋に心配している。
徳川家康。彼もまた一人の武将。きっとその手で、多くの命を奪ってきたはずだ。
一見誰にでも明るく振舞いながら、その瞳の奥で何を思っているのだろうか。一人で沈まぬ為にも今は誰かの意見が欲しいと思った。人当たりの良さそうな家康だから尋ねてみたい思いも勿論あった。
「徳川様は……、死をどうお思いですか。その淵を目の当たりにした時、何を思いますか」
「………、儂は」
朱音の真剣な眼差しを見て、家康は考え込むように石畳の上にゆっくり腰を降ろした。
彼女の問いに家康自身ももまた真剣に答えなくてはいけないと感じ取ってくれたらしい。無論綺麗事に覆った言葉は求められてはいまい。
《自分にだからこそ投げかけられたものだ》と心のどこかで理解しながら。
「儂は、人の死は本当は人では扱えないことを知っている。死は、それ一つだけでは終わらない。」
「一瞬では終わらない。一人では終わらない。永遠に続く終わりだ。儂がそれでも進むことを選ぶのは、その悲しみの連鎖を少しでもはやく終わらせるためだ。見ない振りする訳じゃない、悲しみは、多くの人の悲しみは…」
「――――全て、他の人の分も全て、あなたの中だけに留めて。ですか」
彼の言い回しで朱音はすぐに察した。
家康自身の死との向き合い方を。それによる彼の選ぶ生き方を。
覚えのある考え方に朱音の心が軋んだ。やはり優しく振舞う彼にも苦悩の影が纏わりついている。
ならば半兵衛についてではなく、この人自身とも話したい。そう感じて朱音はまっすぐ家康を見た。
「参った。やはり鋭いんだなぁ朱音殿は……」
「……誰かを守れるのなら、自分で全てを受け入れて、黙って死んでもいいと思って……」
「…………」
「でも、きっとそれでは駄目なんですよね。それではきっとあなたの側にいる、あなたが一番守りたかった人達を一番傷つけてしまいます」
「…………」
「大切に思い、守りたいからと自分の内にだけ留めているつもりでも……あなたの側にいる人たちには伝わってしまうんです。あなたと距離が近い人ほど…」
「……朱音殿も、そうだったのか…?」
憂を覗かせる家康の瞳が朱音を映す。
その瞳は知っている。
大切だから、不安な表情はさせたくないから、と。
自分を捨てる生き方ばかりを選ぼうとする瞳。朱音にはその瞳を否定する権利は決してない。
「徳川様、どうか」
「………わかっているよ。忠勝たちが儂に言いたがっていることは、」
ちょいちょい、と家康は朱音を手招きした。どうやら格子の側までもっと寄って来いと言っているようだ。
そちらへ行くと、傷だらけの硬くも優しい掌が鉄格子越しに頭に添えられた。
「朱音殿こそ、実は傷が絶えないんじゃないか?あれだけ見て動けるのだから」
「…まぁ、ほんの少しだけ…」
「ははっ、やっぱりそうか………本当に、こんな思いを、誰かと共有しても、いいものなのか」
「はい。きっと、押し黙るより悲しい、苦しいって思いを伝えた方が徳川様の大切な人は喜んでくれると思います。あなた様を見ていると心からそう思います」
誰かを守りたいのなら、自分も守らなくては。
ずっと、ずっと一緒にいられるように、と。今度こそ。
「…家康でいいぞ。ありがとうな」
鼻をひとさし指でこすりながら、疼く感情に慣れないまま礼を口にした。
それからは、家康にとって家族のような家臣、身の回りの者たちの話へと繋がっていった。
他愛もない温かい話ばかりで聞いていく内に朱音の気持ちもだんだん落ち着いていくのがわかった。後から振り返ると、そうなるよう家康が話題を選んでくれていたのかもしれない。
朗らかに自分の周りの人々について話す彼は活き活きとしている。
ならば尚更、思いやりのある彼はもっと自分の感情を誰かと共有させてもいいだろうと考えた。きっとその方が彼の周りの人達にとっても喜ばしいはずだと。